第255話 ザパリョーネの多彩な攻撃
「ちょこまか動くお前たちをまとめて相手にするのは面倒だ。別のやつらを呼び出してやる」
ザパリョーネが巨体を引きずらせて、わずかに後退した。
「アルビオネの雑兵どもならば、相手にならんぞ」
「ちがう。俺の真の僕だ」
ザパリョーネが空をあおぎ、雄叫びを発した。
耳をつんざく怒声がカタリアの山々へとどろいていく。
「なんだ?」
「前にしつこく攻撃してきた、あの黒い鳥でも呼び出すのか?」
ザパリョーネの声に山の木々がふるえているか?
足もとから、地響きのようなものが聞こえている……?
「なんだよ、いったい――」
かたい地面から突然、黒い何かが飛び出した。
それはヘビのような細長いかたちで、開いた穴の前にずしりと降り立つ。
「な――」
ヘビたちが次々と地面から躍り出てきた。
ぎょろりと赤い目を向けてくる。
茶色のぶあつい鱗で防御された身体は、ザパリョーネと同じだっ。
「さぁ、行け。そいつらを殺せ!」
ザパリョーネの僕たちが一斉に飛びかかってきた。
彼らは大きな口を開けて、するどい牙を突き立ててくる。
「うおっ!」
「小型版のザパリョーネの大軍かよぉ!」
なんとも厄介な存在か!
斧でたまらず反撃するが、数が多いっ。
腕や足をかまれて激痛が走った。
「はははは! そいつらは俺の子分だが、他のヘビどもといっしょにするな。どんなに大きい魔物だって倒してしまう猛者どもだからな!」
くっ、ニョルンや他のヘビの魔物たちとは違うということか。
「くそっ、はなれろ!」
ルーベンもヘビたちに噛みつかれて、対処に追われている。
「ぐわっ、巻きつくな!」
ウバルドは左足に巻きつかれて、長剣で剥ぎ取ろうとしていた。
俺の右腕にもヘビが巻きついてきた。
全身の力で腕を圧迫されて、筋肉のきしむ音が聞こえてきそうであった。
「お前などに腕をへし折られる俺ではない!」
巻きついた末に二の腕に噛みついたヘビの頭を左手でつかむ。
力まかせににぎりつぶして、力をうしなった胴体としっぽをふり落とした。
「あっ、足が……っ」
ウバルドは両足を巻きつかれたかっ。
「今たすけるぞ!」
青の斧を地面に落として、ウバルドの両足に巻きついたヘビたちの頭をにぎりつぶす。
胴体を乱雑にふりほどけば、もうだいじょうぶだ。
「たっ、たすかった!」
「この者たちの身体はかたいが、ザパリョーネほどではない。力まかせに攻撃すれば、じゅうぶんに対処できる」
「わ、わかった! ……って、そんな考えなしの戦い方ができるのは、お前だけだっ」
次はルーベンか。
「くそっ、はなれねぇ!」
ルーベンは腹に巻きつかれているのか。
ヘビを強引に引きはなして彼を解放した。
「ありがてぇ!」
「あばらの骨は異常ないか」
「ちょっといてぇな。こいつら、けっこう力が強いぜ」
こんなところで戦力を消耗させるわけにはいかない。
残ったヘビたちは一撃でまとめて倒す!
地面に置いた青の斧を颯爽とひろい上げて、様子をうかがっているヘビたちに接近する。
「これでもくらえ!」
青い水晶体のような刃を地面にたたきつける。
衝撃とともに逆氷柱が次々と発生し、津波のようにヘビたちに向かっていく。
「すげえ!」
逆氷柱はヘビたちを吹き飛ばさない。
すり抜けるようにヘビたちを中に閉じ込めて、身体の自由をうばう。
ヘビたちは抵抗することすら許されず、氷の墓標の中で生命活動を停止させた。
「お前の斧は、こんなこともできるのか」
ウバルドが氷に閉じ込められたヘビたちを見やる。
「青の斧は、極北の地で長い時間をかけて生成されたものだ。ゆえに氷をあやつる力を宿しているのであろう」
「氷の属性をもつ武器というわけか。伝承やつくり話で登場する氷の剣のようだな」
「そうだな。氷の剣がどのような武器であったのか、俺はよく知らないが、おそらく青の斧と似た性質をもっていることだろう」
青の斧は、氷の斧か。
「魔法を使えないグラートの能力を補う、相性抜群の武器ということか。うらやましいかぎりだぜ」
「ウバルドなら炎の剣がいいか。それとも風の剣がいいか。風の方が相性はよさそうな気がするが――」
「ウバルっ、グラート!」
ルーベンの悲鳴に似た声が聞こえた。
後ろにいるルーベンに特段気になる様子はないが。
「どうした、ルーベン」
「いや、ザパリョーネの野郎がいねぇんだよ」
なんだとっ。
ウバルドとあわてて辺りを見まわす。
カタリアの関所を隠すように鎮座していた、ザパリョーネの姿がどこにもない。
「あんなでかいやつが、どこに消えたんだ」
「子分たちと戦わせてるうちに、しっぽを巻いて逃げちまったとか?」
「やつが逃げなきゃならない状況じゃなかっただろ」
ウバルドの言う通りだ。
足もとからまた地鳴りのようなものが聞こえてくる。
「なんか、地面がまた揺れてねえか」
「そうだな。やつの仕業か?」
この地鳴りは、いやな予感がする。
「ふたりとも、ここからはなれるのだ!」
地面をけった直後だった。
地中から強烈な力が放出されて、俺たちは四方に飛ばされてしまった。
何が起きたのだ!?
視界がぐるぐるとまわる状況だが、青の斧の重さを使って回転を止める。
亀裂の走る地面にかろうじて着地して、敵の攻撃を警戒した。
俺の前に、巨体のザパリョーネが鎮座していた。
塔のように、高い位置から俺を傲岸と見下ろしている。
「先ほどの途方もない攻撃は、お前の仕業か」
「当たり前だ。大地をあやつる俺ならば、地面にもぐることなど造作もないこと」
僕たちをつかって注意を引きつけ、その隙に地面へもぐっていたのか。
「お前は大地をあやつるドラゴンであったのか」
「そうだ。アルビオネにはさまざまなドラゴンがいる。炎をあつかう者や、ヴァール様のように毒や闇の力をあつかえる者。雷や風をあやつる者に、お前のように氷や冷気をあつかう者などがな」
ゴールドドラゴンのゾルデは雷をあつかっていた。
「ドラゴンにもいろいろな種類がいるというのは知っていたが、お前のように大地の力をあやつる者と戦うのは初めてだ」
「そうか。ならば、今日でお前の戦いの終止符を打ってやることにしよう!」
ザパリョーネのまわりの地面が動き出す。
やつのまわりに浮き出した岩石のようなものは、地面から切り取られた土のかたまりか。
「消えろっ、死神!」
巨大な土のかたまりが襲いかかってくる。
にぶい音を発して、俺を押しつぶすつもりかっ。
地面にぶつかるとこなごなに割れて、破片の一部が顔や肩を殴打した。
「まだまだぁ!」
巨大な縄のような影が――ザパリョーネが長いしっぽをふりまわしてきたのか!
「ぐっ!」
高速でせまる黒いかたまりをよけることができない。
斧を盾にしたが、強烈な勢いを殺すことができなかった。
吹き飛ばされて、うまく着地できずに頭をまたぶつけてしまった。
ザパリョーネは強い。
アルビオネのドラゴンたちの中でも、五指にかぞえられる強さなのではないか。
生温かい液体が額から流れ落ちる。
左手ですくい上げた鮮血は、頭についた土がまじっていた。
「しねっ」
ザパリョーネがまた岩石のような土のかたまりを飛ばしてくる。
目を見開いて、巨大な土の合間をぬうように攻撃をかわす。
ザパリョーネが続けてしっぽをふりまわしてくる。
同じ攻撃は二度も通じん!
地面をけって素早く後退し、攻撃が終わった直後に斧を引っさげて突撃だっ。
「なにっ」
「くらえっ!」
ザパリョーネの懐に入り、青の斧を斬り払った。
青く冷たい刃がザパリョーネの腹を深くえぐった。
「ぐっ!」
青の斧であれば、やつのかたい鱗も裂ける。
後退するザパリョーネにしつこく近づいて攻撃をしかけていく。
だがザパリョーネは巨体に見合わない素早さで、俺の攻撃から逃れていた。