第254話 巨大な邪竜の鱗を引き裂け
ザパリョーネが大きく長い身体を動かす。
彼の巨体が地面を擦るたびに、砂が舞い上がって視界を悪くする。
「こんなでっけえやつが、あんなちいさいやつに化けてたのかよぉ!」
ザパリョーネの身体は巨大ガメのガレオスのように大きい。
ヴァールやゾルデにも引けを取らない体躯だ。
「何を今さら驚いている。お前たちは、わが国の僕たちを何体も倒してきたんだろう」
空高く上げたザパリョーネの頭が急降下をはじめた。
「ぐおっ!」
巨体に見合わない素早い動きは、しなやかな鞭のようだっ。
だが、鞭と決定的に異なるのは、重量と破壊力だ。
ザパリョーネが地面を揺らせば、立てなくなるほどの地響きが発生して足をとられてしまう。
「そうら、何をぼさっと突っ立っているか!」
ザパリョーネの果敢に顔を突き出してくる。
巨大な鉄球のような顔面が地面に激突し、土が岩の破片のように飛び散った。
「はっ!」
青の斧をふるう。
ザパリョーネの首をかすったが、上空へ逃げられてしまった。
「俺は、お前たちを小さい人間などと侮りはせん。骨がばらばらにくだけるまで痛め尽くしてくれる!」
ザパリョーネの長い首が上空で大きく旋回する。
「しねっ!」
右から轟音を発して顔を地面にたたき……違う。なぎ払いで俺たちを吹き飛ばすつもりか!
「くっ!」
「ぐおっ」
塔のように大きい身体はよけられないっ。
ザパリョーネの重たい首にぶつかった瞬間、馬の衝突に勝る力が発生して、宙に投げ出されてしまった。
遠くまで飛ばされて、肩と背中を地面に打ちつける。
「ルーベン、ウバルド。無事かっ」
「おっ、おう……」
ザパリョーネは途方もない強敵だ。
「やべえぞ、おい」
「あんなやつ、倒せるのか」
ふたりとも、身体をふらふらさせているか。
「強敵でも倒さねばならん」
「だけどよぉ!」
ザパリョーネが大きな身体をゆらしながら突撃してくる。
「おとなしく、ここでくたばれ!」
ザパリョーネが首を上空から降ろしてきた。
あの巨体の下敷きになれば、やつが宣言した通りに全身をばらばらにされてしまうっ。
「させるか!」
青の斧を倒して受け止める。
数頭の馬が乗りかかったような、すさまじい圧力が全身を押しつぶそうと攻撃してくる。
「ぐぅっ」
「無駄だ。ひ弱な人間の力では、俺たちを受け止めることはできん!」
ヴァールをはじめ、アルビオネの支配階級の者たちはいずれも巨体だ。
オーガや巨人フォルクルすら凌駕する身体は、それだけで強力な武器となる。
「グラート!」
「このままやられてたまるかっ」
ルーベンとウバルドが起き上がり、武器をザパリョーネの首に突き刺す。
だが、
「くそっ、かてえ!」
「ヘビみたいな気持ち悪い見た目なのに、鱗のかたさはドラゴンと同じかよ!」
ザパリョーネの身体は大きいだけではないのかっ。
「はっはっは! 当たり前だっ。翼や手足をつけてるやつらだけがドラゴンなのではない。俺のように、身体の長いドラゴンもたくさんいるのだ!」
ザパリョーネがさらに圧力を強めてくる。
「このやろぉ!」
「なんてかたいやつなんだっ」
このまま押し負けてたまるか!
「俺たちをなめるな!」
両腕に潜在力を集中させる。
「はっ」
「うおっ!?」
瞬発的に力を解放して、ザパリョーネの巨体を押し返す。
「これでもくらえ!」
青の斧を引き、高速で斬り上げる。
青い閃光が左斜めに突き抜け、ザパリョーネのかたい鱗を切り裂いた。
「やった!」
「ぐっ」
ザパリョーネの首から鮮血が飛び散る。
長い身体を伸ばして後退したか。
「やはり、お前だけは油断ならんか。俺の身体をやすやすと切り裂くとは」
「当たり前だ。お前のようにかたいドラゴンたちを、何体倒してきたと思っているのだ」
「ぐっ、自国の連中がお前を怖れるわけだ。死神めっ」
その罵倒は、褒め言葉と受け取っておこう。
「だがっ、お前はここで死ぬのだ!」
ザパリョーネが大きな口を開けて、紅蓮の炎を吐いた。
「ちっ」
炎は青の結晶の力で防げる。
青の斧を炎に向けて氷壁を出現させる。
「なにっ」
アダルジーザが使うクリスタルウォールと同等の効果がある障壁だ。
大楯を五枚ほどならべた長さの氷壁が炎を遮断してくれる。
炎は氷壁の上と左右に広がるが、俺たちの身体を焦がすことはできなかった。
「ルーベン、ウバルド、左右に展開してザパリョーネを攻撃だ!」
「おっ、おうっ」
「わかったっ」
火炎放射が止まった。
ルーベンとウバルドが走り出し、ザパリョーネを左右から挟み込む。
「俺たちもやってやるぜ!」
「武器がだめなら魔法はどうだ!」
ルーベンは渾身の突きでザパリョーネの鱗を裂く。
ウバルドは得意の風の魔法で真空波を発生し、ザパリョーネを遠くから攻撃した。
「おのれっ、こしゃくな!」
ザパリョーネが巨体をすばやく動かす。
地響きで俺たちの足をからめとり、同時に巨体を旋回させて俺たち全員をまとめて吹き飛ばす。
「ぐおっ!」
地響きと広範囲の攻撃は曲者だ。
「ちいさいやつらの分際で、ちょこまかと動きやがって」
ザパリョーネが頭を地面に打ちつける。
山がくずれるほどの地震が発生し、また足をすくわれてしまった。
「待て!」
「や、やめろっ」
地面が割れ、数本の太い亀裂が放射状に伸びていく。
亀裂によって足場をうばわれたら、動きにくくなってしまう。
「死ねぇ!」
ザパリョーネの怒声とともに炎がまっすぐに放射された。
「くっ」
青の斧をかまえている時間はないっ。
亀裂に足をとられないように、慎重に足場をえらびながら跳躍する。
「逃がすかっ」
ザパリョーネの顔がまた空高く上げられた。
しなる首から遠心力が生まれ、重たい頭が地面にたたき落される。
大爆発が起きたような衝撃が発生し、俺は吹き飛ばされてしまった。
強い……!
アルビオネのドラゴンたちを圧倒する攻撃力と、強固な身体。
地震を発生させる特殊能力にくわえ、炎まで扱える。
ゴールドドラゴンのゾルデにまさる強さだっ。
「どうした、死神。お前のしぶとさなら、この程度でやられたりしないだろう」
魔物たちによく見られる驕りも感じない。
「ならば、お前に特大の刃を食らわせてくれる!」
立ち上がり、青の斧を後ろへ引く。
「はっ!」
全力で空を斬り、巨大な真空波を発生させた。
「なにっ」
真空波が飛んでいく姿を見届けずに、斧を引きながらザパリョーネに突撃していく。
「こんなもの!」
ザパリョーネは巨体に見合わない素早さで、真空波をうまくかわした。
「こんな攻撃で、俺を――」
あの攻撃がかわされるのは計算しているっ。
地面をけり、空高く舞い上がってザパリョーネの頭をとらえた。
「なんだとっ」
「くらえ!」
青の斧をふり下ろす。
青玉のような刃がザパリョーネのかたい鱗を裂いた。
だが、首を斬り落とすほど深く斬り込むことはできなかった。
「ぐっ、きさまっ」
怒るザパリョーネが、俺の目の前で大きな口を開けた。
炎を吐くつもりか!
空中でうまく身動きがとれないっ。
「しねっ」
赭い炎が熱風のように襲いかかってくる。
「グラート!」
青の斧で防御したが、氷の障壁をうまく発生させることができなかった。
「ぐっ」
業火の無数の針のような衝撃が皮膚を焼く。
全身に激痛が走り、着地に集中することもできず、背中を地面に打ちつけてしまった。
「くたばれ、死神!」
ザパリョーネが首を大きく伸ばす。
早く逃げなければ、あの巨体に押しつぶされてしまうっ。
「やらせるか!」
「グラートをたすけろ!」
ルーベンとウバルドの声!
ルーベンが横から突っ込み、槍をザパリョーネの胴体に突き刺す。
ウバルドも火の玉を放って、ザパリョーネの注意を引きつけてくれた。
「くそっ、ざこどもがっ」
ザパリョーネが首を横に動かして、ルーベンたちをにらみつけた。
「逃げろ!」
「くおっ」
ザパリョーネがルーベンたちを攻撃したが、ふたりとも間一髪のところで逃れていた。




