第253話 カタリアを守護するのは、地竜ザパリョーネ
アルビオネの追っ手を撃退しながら、カタリアを目指した。
俺たちの居場所は完全に知られているのか、三度にわたってアルビオネの攻撃を受けた。
正面からの激突を回避しつつ、しつこい追っ手をしりぞけて、三日かけてアルビオネから脱出することができた。
「ドラスレさまっ、もうだめです。ここで着陸します!」
カタリアの関所を目前にして、イルムが大きな身体をふらつかせながら着陸した。
地上へ降りるなりイルムは倒れ込んで、俺はディベラとともに街道へ投げ出されてしまった。
イルムの前に投げ出されて、背中を強打してしまった。
「ディベラ、だいじょうぶか」
「は、はい。なんとか……」
ディベラは頭の後ろを強く打ちつけたのか、地面に寝ころんだまましばらく動かなかった。
「後頭部を打ったか。むりをしない方がいい」
身体を起こし、肩や背中についた砂を落とす。
ここはヴァレダ・アレシアとアルビオネをむすぶ街道か。
木も原っぱもない荒野がひろがり、地面のあちこちに折れた矢や槍が落ちている。
岩壁は何かの衝撃によって大きくえぐれ、岩の破片があたりに飛び散っていた。
「アルビオネの正規軍の姿が見えないな。カタリアを突破してしまったのか」
ディベラに手を差しのべる。
引っ張るように彼女を起こした。
「ご迷惑をおかけしました。すぐに治るでしょうが、頭が痛みます」
「むりをするな。戦いが終わったら医者に診てもらうのだ」
ルーベンやウバルドを乗せたイルムたちも降りてきた。
イルムたちは死んでこそいないが、全身を血でよごしている。
これ以上の飛行はむりであろう。
「グラート。こっからは徒歩で行くのか?」
「そうだな。イルムたちにむりをさせすぎてしまった」
「だよなぁ。どのくらい飛んだのか、もうわかんねぇくらい飛んでたんだもんなぁ」
ルーベンがイルムに近づく。
ぐったりする彼らの頭をさすっていた。
「ドラスレ様。わたしたちはイルムたちとともに、ここに残ります」
ディベラが頭の後ろをおさえながら言う。
「よいのか? ここはアルビオネのすぐ近くだ。危ないぞ」
「この近くで隠れられる場所を探します。わたしや動けないイルムがいては、足手まといになりましょう」
俺やルーベンたちだけで行動した方が、戦いやすいのは一理あるが……。
「グラート。諜報員のねえさんの言う通りだぜ。俺たちに躊躇してる時間はないはずだ」
ウバルドの強い言葉が判断を後押しした。
「わかった。イルムたちをまかせるぞ」
「はい。ドラスレ様のお仲間も、わたしたちが預かります。ドラスレ様は早くヴァレンツァへ!」
ルーベンとウバルドを従えて出発だ!
「へっ。また、俺ら三人だけになっちまったな!」
ルーベンが鋼鉄の槍を下ろして、不敵な笑みを浮かべる。
「この戦闘狂が。王国が滅んでるかもしれないっていうのに、今の状況を楽しんでやがる」
「王国のやつらにはわりぃが、大きな戦いがあるとわくわくしちまうんでな」
ルーベンの気持ちはよくわかる。
「信じらんねぇ。これからアルビオネの大軍とやりあうんだぞ。俺は行きたくねぇよ」
「とか言いながら、しっかりついてきてるじゃねぇか! たよりになるぜ、相棒っ」
「うわっ、抱きつくな!」
ルーベンもウバルドも士気は充分か。
「カタリアをいっきに駆け抜ける。脱落するでないぞ!」
「おうっ!」
「俺は後ろで見守ってるだけだからなっ」
ほどなくしてカタリアの関所が見えてきた。
堅牢な扉は閉められているが、城壁はほとんどくずれ落ちている。
凶悪なドラゴンたちに破壊しつくされた末の姿だ。
城壁の石片が地面に転がり、近くに生えていたであろう木々も倒壊していた。
「ひどい状態だな。アルビオネのやつらに破壊されたのか」
ウバルドが声をわずかにふるわせる。
「そうであろう。ヴァールが本気になれば、関所など簡単に通過させられてしまう」
「この関所のそばには、でっかい要塞があったんだろ。それなのに、持ちこたえられなかったのか!?」
無論、カタリアの要塞から支援を受けていたのであろう。
しかし、ヴァールの前には無力同然だったか。
「おい、グラート。あの関所のまわりに、なんかいんぞ」
ルーベンがカタリアの関所を指した。
言葉の通り、倒壊した関所のまわりを黒い影がうごめいている。
アルビオネの正規軍か。
リザードマンや、オーク、コボルトたちで構成される兵たちは、いずれも鋼鉄の鎧に身をつつみ、使い古した兜をかぶっている。
五十名くらいか? それほど多くなさそうだ。
「カタリアの守備をまかされている者たちか。いっきに駆け抜けるぞ!」
「オーケーっ!」
青の斧を引っさげて突撃する。
「アルビオネの者たちよ! わが名はドラゴンスレイヤー・グラート。お前たちを殲滅し、ヴァレダ・アレシアをまもるために帰ってきた!」
アルビオネの者たちが俺たち三名を捕捉する。
「なんだ、あいつら」
「ドラゴンなんとかって、言ってなかったか?」
俺たちの正体に気づかないか。のんきなやつらめっ。
「おい、あいつ」
「真ん中の、バカでかい斧をもったやつ、もしかして」
「ヴァール様を怖れさせてる人間じゃないのか!?」
アルビオネの兵たちが一斉に弓矢をかまえた。
「敵だぞ、撃てぇ!」
脆弱な矢など、当たるものか!
三方から飛来する矢を、斧のひとふりでたたき落とした。
「くらえ!」
カタリアの関所の前で跳躍し、青の斧を地面にたたきつけた。
地割れとともに大きな亀裂が走り、大蛇のようにアルビオネの兵たちに襲いかかっていく。
「うっ、うわぁ!」
地面を割る衝撃が関所にぶつかり、アルビオネの兵たちを容赦なく吹き飛ばした。
「グラート、さすがだっ」
「いつ見ても、すげぇ攻撃だな!」
アルビオネの雑兵など、大したことはない。
「このままここを走り抜けるぞ!」
「待て!」
関所の上から男の声が鳴りひびいた。
関所の上の回廊に立っているのは、浅黒い肌が目立つ背の高い男だ。
赤く邪悪な目で俺たちを凝視している。
ヘビのようなその濁った目は、ザパリョーネか!
「グラート。やはり、ここにあらわれたか」
「ザパリョーネよ。姑息な考えで俺をマメルティウスに呼び込んでも無駄だ。お前たちを葬るために、俺はどこからでも生還する」
「ち。どうやら、その通りのようだな」
ザパリョーネが俺を見下ろし、不敵な笑みを浮かべる。
「だが、お前の到着は遅すぎた。ヴァール様はとっくにここを越え、ヴァレンツァまで侵攻している。お前たちの都も直に落ちるだろう。今度こそ、お前らの負けだ!」
ぐっ。そんなことはない!
「復活したヴァール様に敗れたお前なら、わかるだろう。あの方はただ復活なされただけではないっ。古代の遺物で大きな力を得られているのだ!
さらに、ゾンフに散らばった自身の魔力を結集されて、かつての力を完全に取り込むおつもりだ。わかるだろう? 今のヴァール様が、いかに強大なお方なのか」
ゾンフ平原に撒かれた自身の魔力を吸収することができるのか。
「完全復活を遂げたヴァール様を想像しただけで、ぞくぞくする! 今度こそ人間たちを滅ぼして、われわれが大陸の覇者となるのだ!」
俺たちが、そう簡単に倒されるものか!
「グラートよ。お前を通すわけにはいかない。お前は唯一、ヴァール様をおびやかす危険な存在だ。万が一、お前があらわれたときは、身命を賭してここを守れと厳命されている」
「ザパリョーネ、ヴァールの腹心であるお前は強い。だが、俺は新しい武器を手に入れた。この前のようにはいかないぞ」
「それは、俺も同じだ。この前のように手加減はせん。全力でお前を倒す!」
ザパリョーネが空を見上げて咆哮した。
上半身を保護していた鎧がはずれ、やつの身体が膨張していく。
「お、おい。これから、何がはじまるんだよ」
「ザパリョーネはドラゴンの亜人だ。本来の姿にもどるつもりであろう」
ザパリョーネの身体は、空へとどんどん伸びていく。
「本来の、姿って……」
塔のように、高く……なんだ、この姿はっ。
「あいつの正体って」
「ヘビなんじゃね!?」
巨大なヘビの魔物だったのか!
「そうら、いくぞ!」
広大な空を隠すように伸びたザパリョーネの巨体が、そのまま真下へと降りてくる。
「ぎゃっ!」
「うおっ!」
塔よりも重いであろうその身体が大地をゆるがした。