表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
252/271

第252話 空中の飛竜の群れとの激闘

 それにしても、思慮深いヒルデブランドにしては浅はかな作戦だ。


 ヴァールの強さと怖ろしさを知らないのだろう。


「お前たちは実に愚かな献策をした。ヴァールはお前たちが思っているほど簡単にあやつれる者ではない。あの男の粗暴な本性はひとたび解放されれば、目の前の障害が消滅するまで暴れ続ける」


 ベネデッタが左手をふるわせている。


「お前たちは、あの男を過小評価しすぎている。ヴァールは、かつてヴァレンツァを消滅寸前まで追い込んだ男なのだぞ。やつは今度こそヴァレンツァを滅ぼすつもりだ。いや、ヴァレダ・アレシア全土を火の海に沈めるつもりかもしれない」

「うるせぇよ!」


 後ろからサンドラの怒声が聞こえた。


「あっ、待て!」


 彼女はルーベンの制止を無視して俺に斬りかかってきた。


 彼女がふるダガーを青の斧で受け止める。


 鋭利な刃が斧の腹に当たり、高い音がひびいた。


「てめえこそ、ヒルデさまを過小評価してんじゃねぇよっ。ヒルデさまが、アルビオネのバカどもに負けるわけねぇだろ!」

「ヒルデブランドはたしかに強い。周到な作戦を練る頭脳ももっている。だが、それでもヴァールに勝つのはむずかしいぞ」

「うるせぇよ! だったら、あたしら全員が協力すりゃいいんだろっ。アルビオネなんかにあたしらが負けるもんか!」


 ヴァレダ・アレシアの全域に支配圏をひろげているオドアケルが戦力を結集すれば、ヴァールに対抗できるかもしれんが。


「このガキっ、グラートの邪魔をすんな!」


 ルーベンが後ろから飛びかかったが、サンドラに逃げられてしまった。


「ヴァールって言ったって、ただのドラゴンだろうがっ。他のやつらよりは強いのかもしれねぇけど、暴れるだけしか能のない野郎なんかにびびってんじゃねぇよ!

 お前は前にヴァールっていう野郎を倒したんだろ。それなのに、なんでびびってんだよっ。意味がわかんねぇ!」

「お前たちはヴァールの怖ろしさを知らないから、そのように勝手なことが言えるのだ。やつを他のドラゴンといっしょにするな。やつがその気になれば、ヴァレダ・アレシアも簡単に滅ぼされてしまう。途方もない魔王をよみがえらせてしまったのだ」


 サンドラが口をつぐむ。


「そんな、ことは……」

「お前たちはアルビオネに逃げれば直接的な被害を受けずに済むかもしれない。だが、ヴァールは人間に慈悲など与えないぞ。ヴァレダ・アレシアの征服が済めば、次にお前たち人間を酷使しだすのは目に見えている」


 サンドラの口から「ひっ」と声がもれた。


 ルーベンも鋼鉄の槍を下ろして、


「前にも聞いたかもしれねえけど、ヴァールっつうのはそんなに強いのか?」


 俺の様子をうかがうようにたずねた。


「強いぞ。まちがいなく、地上で最強の男だ」

「そんなに、すげぇのか」

「やつの膂力りょりょくや身体能力の高さがずば抜けているのはもちろん、類まれな戦闘センスに死を怖れない意思の強さ。数多の敵を葬ってきた経験に裏打ちされた自信の高さ。どれも引けを取らない。

 あの男は戦うために生まれた存在なのだ。目の前に敵があらわれれば、倒れるまで戦うことをやめない。つねに戦いを求めて強敵を探す。だれよりも強いが、だれよりも戦いに純粋な男。それがヴァールだ」


 マドヴァで対峙したヴァールは、以前と変わらなかった。


 風貌はまったく異なってしまったが、子どものような純粋さはヴァールそのものだ。


「ヴァールが前にヴァレンツァを襲ってきたときは、大変だったな」


 ウバルドが長剣を下ろした。


「カタリアとかサルンの関所が一日で破壊されて、ヴァレンツァは大混乱だった。最後の関所もすぐに突破されて、王国の連中は全員青ざめていた。

 俺は昔からヴァレンツァを拠点として活動してたが、ヴァレンツァがあんなに混乱したのは、後にも先にもなかったな……ああ、サルヴァオーネがクーデターを起こしたときもかなり混乱してたか」

「そうだな。サルヴァオーネのクーデターもかなり酷かったが、ヴァールの侵攻ほどヴァレンツァに恐怖を植え付けた事件はなかったであろう。

 ヴァレンツァの民も宮廷も、ヴァールの怖ろしさをよく覚えている。ヴァールの侵攻を知れば、また大混乱に陥ってしまうであろう」


 ヴァールはカタリアを越えてしまったか。


 サルンは。ドラスレ村は、無事なのかっ。


「けっ。大人のくせにびびりやがって。かっこわりぃ」


 サンドラが悪態をついたが、どこか強がっているように見えた。


「めんどくせぇから、この辺でおさらばしてやるよ。びびってるやつらなんか相手にしても、おもしろくねぇし」


 サンドラが負傷したベネデッタに、そっと目くばせをしていた。


「めんどくせぇ、っつうか、お前らもびびってるだけだろ」

「うるせぇ!」


 ルーベンが確信を突くと、サンドラがいきがってつばを吐いた。


「次に会ったときは、てめえらの顔から目ん玉ひんむいてやっからな。おぼえとけよ!」



  * * *



「ドラスレ様! だいじょうぶですかっ」


 上空の木陰の向こうからディベラの声が聞こえる。


 けがをしたイルムたちが、ゆっくりと降りてきた。


 ディベラたち諜報員が地上に降りて、倒れた敵の姿を確認していた。


「ドラスレ様、おけがはありませんか」

「だいじょうぶだ。お前たちも無事のようだな」

「はい。空で鳥の魔物に襲撃されましたが、彼らはすぐにどこかへ消えていきました」


 司令であるベネデッタの支配力がうすれたためか。


「わたしたちを襲ってきたのは、やはり人間だったのですか。どうして人間が、アルビオネにいるのですかっ」

「この者たちはオドアケルだ。彼らはヴァレダ・アレシア東部の反乱に失敗して、アルビオネに寝返ったのだ」


 ディベラが目を見開いた。


「ばかな! 人間が魔物に寝返るなんて、浅はかにもほどがあるっ」

「そうだ。オドアケルは安易な考えの末にヴァールの復活を手助けして、結果的にヴァレダ・アレシアの滅亡へと導いてしまっているのだ」

「そんな……」


 このような暴挙をゆるしてはならない。


「急ぎヴァレンツァへ戻りましょう! イルムが乗りつぶれることなど、気にしている場合ではありませんっ」

「そうだな」


 イルムに飛び乗り、暗く湿った森を飛び立つ。


 高い樹木の外に出ると澄み渡った空が広がっている。


 ストラの姿は見えない。だが、すぐにまた襲われるかもしれない。


「カタリアへまっすぐ向かいます。急行すれば一日で到着するでしょう!」

「わかった。お前たちの判断にまかせる!」


 ディベラがイルムに鞭を打つ。


 イルムが悲鳴のような声を発して、大空を高速で駆けめぐる。


「しっかりつかまってください! 風圧でふり落とされないようにっ」


 全速力で飛ぶイルムの速度はすさまじい。


 馬の全力疾走の二倍か? いや三倍か。


 馬の速度をはるかに超える飛行で、アルビオネの広大な土地をぐんぐん飛び越えていく。


「イルムたちよっ。どうかカタリアまでもってくれよ! 俺たちを勝利に導いてくれっ」


 カタリアは遠い。


 イルムの全速力をもってしても、簡単には踏破できない距離だ。


「ドラスレさまっ、あちらに敵の影らしきものが」


 左の奥の空に出現した鳥の群れは、ストラか。


 いや、違う。あの角々しい翼は、飛竜だっ。


「見つけたぞ、人間ども!」


 ベネデッタに使役されていない、アルビオネの航空部隊か。


「ヴァール様をおびやかす人間どもだ。かかれぇ!」


 飛竜たちが巨体をひろげる。


 まっすぐ突進して、俺たちを墜落させる気か!


「ディベラ、右に逃げろ!」

「はっ」


 飛竜たちの突進をかろうじてかわす。


 青の斧を右手に持ち、戦闘態勢をととのえる。


「逃げるな!」

「こいつらを絶対に生きて帰すなっ」


 アルビオネの士気はすさまじい。


 ヴァールの侵攻が進んでいるのは、うそではないであろう。


「くらえ!」


 突進してきた飛竜をすれ違いざまに斬り伏せる。


 青の斧を引き下げて、すくい上げるように斬り上げて飛竜の首を斬り落とした。


「くそっ、何をやってるか!」

「たかが人間風情に負けるな!」


 彼らは目を血走らせながら、果敢に攻め立ててくる。


 空中で火を吹き、あるいは長いしっぽで俺たちをふり落とそうと攻撃をしかけてくる。


 これが魔物の本性だ。


 力にまさる魔物たちは、まわりくどい戦術を嫌う。


 ドラゴンといえども魔物の一種だ。


 魔物の本性から大きく外れることはない。


 ディベラがイルムをたくみにあやつり、飛竜たちの攻撃をかわしてくれる。


 そして、彼らの隙を突いて、青の斧で一刀の下に斬り伏せていった。


「どうしたっ。お前たちの力はそんなものか! 魔物は人間よりも力で勝っているのではなかったのかっ」

「ぐ、ぐぐっ」

「力で勝るお前たちが、たかだかひとりの人間を怖れて、こんなまわりくどい作戦で人間たちの国を攻め落とそうとしている。それを恥ずかしいと思ったことはないのか!」


 俺もまわりくどい作戦は好きではない。


 互いの力をぶつけて、消耗し尽くすまで戦う。これこそ武人の本懐だっ。


「おっ、おのれぇ」

「人間風情がっ、調子に乗るな!」


 飛竜たちが怒り狂う。


 しずかだった空が彼らの怒声に侵されていく。


「グ、グラート!」

「あんまり、やつらを刺激するな!」


 いや、これでいい。


 まわりくどい考えは嫌いだ。


 俺はドラゴンスレイヤー。数多のドラゴンたちを斬り伏せてきた者だ!


「お前たちをここで倒す!」

「ぶっ殺せぇ!」


 飛竜たちを青の斧で斬り伏せる。


 肉を斬り、翼を斬り落とし、しっぽまで斬って亡き者にする。


「な、なんだ、こいつは……」


 アルビオネのドラゴンたちよ、お前たちはそれほど脆弱なのかっ。


 飛竜の放った炎は、青の斧が防いでくれる。


 遠くはなれた敵は氷でこおらせ、左右から同時に攻められても斧と氷で同時に反撃できるのだっ。


「さぁ、こい! 死にたいやつは、どんどんかかってこいっ。戦う気がない者は、俺の見えない場所へ消えろ!」


 体内を駆けめぐる血が沸騰しているのを感じる。


 これだ。俺が長い間さがし求めているものは。


 ――そうだっ、グラートっ。もっと来い! 俺様にもっと怒りをぶつけろ!


 ヴァールよ。すぐにお前に会いに行くぞ!


「なんなんだ、このバケモノはっ」

「こんな人間、見たことないぞ」


 飛竜たちが空中で巨体をふるわせている。


 なんと見苦しいことか。


「こんな戦い、やってられん!」

「俺たちはここで足止めしたんだ。もう充分だっ」


 魔物の社会は弱肉強食の世界だ。


 相手が人間であろうとも、力をしめせば刃向かわなくなる。


「ヴァール様は、もう人間の国を攻め落としてる。お前たちも人間の国にもどって、ヴァール様にぶっ殺されるがいい!」


 半数ほどまで減った飛竜たちの生き残りは、みにくい捨て台詞を吐いて俺たちからはなれていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ