第251話 ベネデッタと再戦!
「ドラスレ……っ」
彼女の白くて美しい顔がゆがんでいる。
俺を憎む気持ちは変わらないか。
「しね!」
ベネデッタが右手をふり上げる。
上空で何かが凍る音が聞こえて、岩石のような氷が落下してきた。
「くっ」
右に飛んで攻撃をかわす。
氷がくだけ、足下に冷たい破片が飛び散った。
「今日こそ、お前を殺してやる!」
連続で氷の魔法を放つか!
巨大な氷のかたまりをかわし切るのは難しい。
落下する氷を斧で切り、致命傷を避けるのだ。
「うおっ!」
「ぎゃっ」
ルーベンとサンドラの悲鳴が聞こえたぞ。
「やめろ、ベネデッタ。お前の仲間も被害を受けているぞ!」
「だまれ!」
彼女は次々と氷の魔法を放ってくる。
「貴様がっ、わたしに指図するな!」
預言石で強化されたベネデッタの魔力は絶大だ。
岩石のような氷が木をくだき、アルビオネの山を押しつぶしていった。
仕方がない。青の斧で氷の魔法を相殺する。
「しねっ!」
ベネデッタが両手を前に突き出す。
放つ魔法を変える気か。
青い刃を顔の前にかまえる。
冷気が吹雪のように放出されて、白い霧で視界を遮られた。
「ベネデッタっ、やめろ! あたしらも凍死させる気かっ」
サンドラの悲鳴が後ろから聞こえる。
ルーベンとウバルドも、持ちこたえてくれよ!
ベネデッタが放つ冷気はかなり強いようだが、青の斧が冷気を遮断してくれている。
青くひかる障壁が斧から発生して、冷気から守ってくれているのだ。
この斧が秘めているのは破壊力だけではない。
無限の可能性をもつこの斧の力を、もっと引き出してみたいものだっ。
冷気の放出がおさまったタイミングで斧を下ろして突撃する。
「はっ!」
左足をふみ込み、解放した力を斧に伝播させて強烈な一撃を放った。
衝撃が津波のように木々を押し流す。
巨木も岩も一瞬でくだけ散り、鬱蒼としげっていた森に一本の道があらわれた。
「やったか……?」
後ろの木陰からウバルドが出てきた。
俺が倒した木々を見やって、顔を青くした。
「また、とんでもない力を出しやがって」
「すまない。やりすぎてしまったようだ」
俺と青の斧の力は万全のようだ。
「さっきの女は、死んだのか?」
「わからないが、ベネデッタならば、俺の攻撃を安易に受けたりしないであろう」
倒れかけた木のそばに、ベネデッタの姿があった。
彼女の服がはだけ、あらわになった右肩から血が流れている。
「きさま……っ」
俺の攻撃をかわしたが、深手を負わすことはできたか。
「その腕ではもう戦えまい。おとなしく引くのだ」
ベネデッタが俺をにらみ、うすい唇をふるわせている。
「ヴァールがヴァレンツァを攻め落としても、お前たちに何も利益はないはずだ。それなのに、どうしてヴァールに加担するか」
ベネデッタはこたえない。
するどい眼光で俺に反意をしめすだけか。
「俺たちを妨害するようにと、ヒルデブランドから命令されたのか?」
ベネデッタが左に飛ぶ。
けがをしていない左手を突き出して、雷の魔法を放ってくる。
「そのようなものは効かぬ!」
青の斧を盾にして攻撃をふせぐ。
青の結晶は魔法を遮断する力もあるようだ。
天から落下した光のエネルギーを相殺し、破壊力を無害化した。
「きさまが、われわれの邪魔をするからだっ」
「なんだと」
「きさまらが妨害するから、わたしたちはアルビオネに逃げるしかなかったのだ!」
ラヴァルーサの戦いでオドアケルが敗れて、アルビオネに逃げていたのか。
「わたしたちだって、アルビオネに協力などしたくなかった。だが、他に行く当てがなかったのだ。しかたなかろうっ」
「どうりで、いくら探してもお前たちを見つけられないわけだ」
「ふん。王国の追っ手など、すべて返り討ちにしてやったがな」
オドアケルの残党狩りはもう中断されている。
ベルトランド殿の指揮で残党狩りは続けられていたはずだが、アルビオネの侵攻によって中断せざるを得なかった。
「無論、アルビオネの連中に王国を盗らせるつもりなどない。王国にアルビオネをぶつけて、お前たちが疲弊するのを待つ。そう、ヒルデブランド様はお考えなのだ」
アルビオネに協力する素ぶりを見せて、共倒れを狙っているのか。
「なるほど。あの男が考えそうな戦略だ」
「仮にアルビオネが王国を滅ぼしたとしても、疲弊したやつらをわれわれが攻撃すれば簡単に倒せる。お前たちが笑っているのも、今のうちだ!」
ベネデッタが電撃を放ってくる。
青の斧でふせぎ、紫電の閃光が森をひからせた。
「ヴァールは、亡者の監獄という超文明の遺物を使い、腹心に乗り移るかたちで復活した。あの道具と手段を持ち出したのも、お前たちだろう」
ベネデッタがまた口を閉ざした。
「死者の復活など、天におわす神でなければ成しえない技術の研究を、預言士たちは行っていたのだ。俺も預言士の遺跡を調べるまで、このようなことが実現できるなどと、考えたことすらなかった。
預言士と超文明の研究に余念がないヒルデブランドならば、亡者の監獄の存在を知っていてもおかしくない。ヴァールを復活させるという好餌でアルビオネの魔物たちに取り入り、ヴァレダ・アレシアの滅亡まで目論む。とんでもないことを考える男だ」
やはり、あの男を生かしておくのは危険だ。
「ヴァールの復活など、わたしたちにとってはどうでもいいこと。古代の利器で、魔物が本当に復活するなんて、夢にも思っていなかったからな」
ベネデッタがあざ笑った。
「それでは、死者の復活など成功しない前提で、アルビオネの者たちをたぶらかしたのか」
「そうだ。ヒルデブランド様が冗談半分で提案したら、やつらが真に受けたのだ。単純で愚かな連中だ」
ベネデッタは魔物使いだが、魔物の意思や考えを尊重しないのか。
「だが、わたしたちにとっても都合がよかった。ヒルデブランド様があの利器の有効性を調べてみたいと、考えておられたからだ。
あの利器で死者が復活できるというのならば、わたしたちもあの利器を使う。復活できないというのであれば利用しないまでのこと。
アルビオネのやつらには脱帽したよ。わたしたちの言うことを信じて、王国まで魂を取りに行ったのだからな」
「ひでぇ」
ウバルドが非難しても、ベネデッタは鼻で笑うだけだ。
「下等な魔物どもも、使い様によってはわたしたちのためになる。利用しやすくて、たすかるよ」
「俺も魔物なんかに同情する気はないが、さすがに胸くそ悪くなるぜ。王国にしのび込んだっていうことは、捕まった連中だっているんだろ」
「そんなものは知らん。危険を冒すかどうかは、やつら次第。わたしたちは提案しただけだ。やつらが王国の連中に捕まろうが、関係ないことだ」
「関係はあるだろう。お前らがアルビオネの連中をけしかけたんだろうがっ」
ウバルドが反論しても、ベネデッタは表情ひとつ変えなかった。
「お前たちだって、何百、何千という魔物どもを屠ってきたのだろう。それなのに、なぜ魔物どもに肩入れするか。お前たちの考えこそ異質だ」
「肩入れなんてする気はないがな。だが、お前たちの仲間にならなくて、よかったと思うぜ。敵とはいえ、だれかを平然と利用するやつらに、まともなやつはいないだろうからな」
俺もウバルドの意見に賛成だ。
「魔物使いとして、あるまじき考えだな。魔物の意思や命を大切にできない者に、彼らをあやつる資格はない」
「だまれ!」
ベネデッタが放出する魔法は効かぬ!
「アルビオネの魔物どもを殺戮し尽くしてきたお前が、えらそうなことを抜かすな!」
ベネデッタが青い顔で右の肩をおさえていた。