第250話 オドアケルのサンドラが襲来!
マメルティウスの監獄を脱出してから、立て続けにねらわれている。
度重なる魔物の襲撃は、決して偶然ではない。
魔物たちをあやつる司令がどこかにいて、俺たちを攻撃するように指示を出しているのだ。
「敵はこちらの位置を把握しています。すぐにまた敵の攻撃を受けることになるでしょう」
空へと退避していたディベラたちが降りてきて、俺たちに告げる。
「そうであろうな。やつらはなんとしても、俺をここで足止めしたいらしい」
「ヴァールがヴァレダ・アレシアへの侵攻を開始した以上、わたしたちには一刻の猶予もありません。イルムを乗りつぶす覚悟で帰還を目指さないといけないのかもしれません」
泉の湧く場所でイルムたちを休ませる。
彼らのラベンダーのような美しい羽根が、黒い血でよごれていた。
「イルムは貴重な移動手段だ。乗りつぶすわけにはいかない」
「しかし、ヴァレンツァが攻撃されてしまったら、元も子もありません」
「そうだが……お前たちは貴重な足をうしなうことになるのだぞ」
イルムをうしなえば、彼女たちの諜報活動はかなり制限されてしまう。
それだけは、なんとしても避けたいが。
頭に包帯を巻いたディベラが、うすく笑った。
「馬が乗りつぶれるのと同じです。騎獣にも寿命があります。それに高額な乗り物ではありますが、また買いそろえることができます。陛下もきっと納得していただけます」
心の広い陛下は俺たちを責めたりしないだろうが。
それで、本当にいいのだろうか。
「グラート。悩んでる余裕はないぜ。俺らには時間がないんだぞ!」
ルーベンが強い言葉で言う。
ウバルドもうなずいて、
「諜報員のねぇちゃんたちの言う通りだ。ヴァールを止められるのは、お前しかいないんだぞ。こんなところで躊躇してる場合じゃないだろ」
皆の意見は一致しているということか。
「そうだが、つらい旅をともにしてきたイルムたちに申し訳ない」
「そんなことを言ってる場合か! ヴァールに都が滅ぼされてもいいのかっ」
「そうですよっ。イルムを犠牲にしてヴァレンツァの万民を救えるのならば、安いものです。イルムたちもわかってくれます」
負傷しているイルムたちに鞭を打つしかないか。
立ち上がり、翼を休めるイルムたちの場所へ向かう。
イルムたちは俺を仲間だと認識している。
近づいても警戒するどころか、逆に頭をなでて欲しそうな顔をする。
イルムの大きな頭は、やわらかい羽毛でおおわれている。
触ると、ほのかにあたたかい。
「お前たちは寒い北の山に向かっても、文句ひとつ言わずに命に服してくれた。それなのに、さらに厳しい要求をお前たちに突きつけようとしている。俺たちは身勝手だ。お前たちの気持ちを考えず、おのれの正義を押しつけて、お前たちの命すら奪おうとしている」
イルムたちは目をぱちくりしているだけだ。
大きな口を開けて、返事をしてくれているように見えた。
「お前たちのことは忘れない。どうか、俺たちをヴァレンツァまで――」
どこかでしげみのこすれる音が聞こえた……!
「敵だ!」
敵のなんとしつこいことか。
俺たちの居場所をどうやって把握しているのか。
次の魔物は、クマか。それともフェンリルか。
しげみから姿をあらわしたのは、黒い影のような……人間?
彼らは片膝をついて、ボウガンのような武器をかまえているぞ。
「人間!? なんで、人間がこんな場所にいるんだ」
「ここはアルビオネだぞ!」
ルーベンたちも異変に気づいて声を荒げた。
「ききっ。やぁーっと、見つけたぜ。ドラスレ」
この子どものような声、聞いたことがある。
しげみから出てきた、ネズミのような女。
派手なピンク色のリボンをつけて、存在感を無駄にアピールしている。
子どもと同じ背たけに、派手な胸当て。
俺を路傍の石のように見くだすのも、相変わらずか。
「サンドラ! お前はサンドラじゃねぇかっ」
ルーベンの声に「ぁあ!?」とサンドラが反応する。
「だれだよ、お前……って」
「なんでお前たちが、アルビオネなんかにいんだよ!」
「それはこっちのセリフだ! ルーベン、てめぇ、ヒルデさまを裏切りやがったな」
やはりオドアケルがアルビオネに加担していたのか。
「るせぇ! 俺はな、お前らみたいに卑怯なマネをするやつが嫌いなんだよ。だいたい、俺は王国に降伏したんだから、お前らは俺を許したりしねぇだろうが」
「そんなの知らねぇよ。ヒルデさまを裏切ったお前がどうなるか、知らねえとは言わせねえよ」
「だまれ! てめぇらなんかに殺されてたまっかっ。俺はな、お前らみたいな後ろ暗いやつらなんかときっぱり縁を切って、これからは真っ当に生きるんだ。そのためには、てめぇらを何回でもぶっ倒してやるぜ」
ルーベン、よく言った。
「クソ裏切り野郎の分際でぇ……っ」
サンドラは目じりを上げて、悪魔の形相でルーベンをにらんでいた。
「サンドラ、何をしてるんですか」
次に姿をあらわしたのは、ベネデッタか。
彼女はすぐに俺に気づき、きつくにらみつけてきた。
そしてルーベンの存在にも気づいて、困惑の表情をわずかにふくませた。
「よぉ、ひさしぶりだな」
「ルーベン、お前が、なぜ……」
「俺は王国の真っ当なギルドに入って、グラートの手伝いをしてるんだよ」
「なんですって!?」
「悪いが、あんたらをぶっ殺してグラートをたすけるぜ。俺はもう、お前らのところになんざ、戻りたくねぇんだ」
ルーベンは完全に改心した。
俺も、真っ当な道を選んだお前を全力で応援するぞ!
「おのれ、裏切り者が……っ」
ベネデッタがボウガンをかまえる者たちに合図を送る。
「ディベラたちは上空へ逃れるのだ!」
オドアケルの者たちが放った矢が襲いかかってくる。
「こんなもの……!」
大喝し、青の斧をふって気流を生み出す。
「うわっ」
瞬間的に発生した空気の強い流れが、ボウガンの矢とともに敵を吹き飛ばした。
「くそがっ」
「相変わらずの、バカ力め……!」
サンドラが身体を低くかまえる。
急接近してダガーをひからせてくる。
「死ねっ、ドラスレ!」
彼女の高速剣技は苦手だ。
大振りの斧では、ダガーの高速剣技を受け切れない。
「ここで会ったが百年目。てめぇをぶっ殺してやんよ!」
サンドラの粗暴な性格も、以前と同じか。
「やめるのだ。ヴァレダ・アレシアがアルビオネの手に落ちてよいのか!?」
「うるせぇ! 腐った連中が支配してる国なんざ、あたしらはこれっぽっちも認めてねぇんだよ。アルビオネの連中にくれてやった方がマシだっ」
お前は、正気かっ。
「ヴァレダ・アレシアがアルビオネに乗っ取られたら、お前たちだって住めなくなるのだぞ。それでもよいのかっ」
「うるせえよ。そうしたら、今度はあたしらがアルビオネの連中をぶっ殺せばいいだけだろ。お前の知ったことじゃねぇよ!」
この女の言っていることは無茶苦茶だ。
「お前たちはヴァールの恐ろしさを知らないから、そのように軽く考えられるのだ。あの男は、俺たち人間を石ころのようにしか見ていない。お前たちが刃向かえば、たちまち炎で焼かれてしまうぞ!」
「だから、そいつをヒルデさまがぶっ殺してくれるって言ってるんだよ! ザコみたいなお前とは違うんだ。ヒルデさまだったら、絶対にいい国をつくってくれるぜ」
この女のヒルデブランドへの盲信は、常軌を逸している。
「ヒルデブランドは、たしかに強い。だが、それでもヴァールは倒せないだろう。悪いことは言わない。アルビオネに加担するのだけはやめておけ」
「うるせぇよ。敵のお前が、あたしらに指図してんじゃねぇよ!」
何を言っても無駄か。
「サンドラ、いい加減にグラートからはなれろっ」
ルーベンが横から割って入り、サンドラを蹴飛ばした。
俺の前に、怒りをあらわにするベネデッタが立ちはだかっていた。