第25話 第三の関所・クレモナでドラゴンたちと激闘
「エルマさまが、やられたぁ!」
「逃げろ!」
サルンの関所を占拠していた魔物たちが、せきを切ったように逃げていく。
どのくらいの魔物がいるのだろうか。百はゆうに超えている。
「さすがです、グラートさんっ。腕はまったくおとろえてないですね!」
シルヴィオが双剣の力をといて、子どものようにとびはねる。
「あたりまえだ。プルチアでも激戦の日々だった」
「そうだったんですか!?」
「ああ。カメのバケモノとか、岩の巨人とか、いろんな魔物がいたぞ。すべて倒したが、いつ死んでもおかしくない戦いしかなかった」
ガレオスも岩の巨人も、つよかったな。先ほどのエルマなど、くらべるまでもない。
「だから、プルチアの人たちに、あんなに感謝されてたんですね。さすがグラートさんっ。グラートさんはやっぱり最強だ!」
「ふふ、うかれすぎだ。ここが戦場であることをわすれてはいけない」
「はっ。すみません!」
シルヴィオが律儀に頭をさげる。
「長いあいだ、グラートさんが戦線から離脱されてたのではないかと、少しだけ心配してたんですよ。でも、思いすごしだったようですねっ!」
「ああ。まったく心配しなくていい。俺の斧も、戦いたくてうずいているようだからな!」
アダルジーザもとなりでにこにこしている。
「脇の骨とか、肩のけがは大丈夫だよね」
「ああ。まったく問題ないぞ」
「痛くなったら、言ってねぇ。すぐに回復するから」
「わかった。あてにしてるぞ!」
サルンの関所の魔物は追いはらった。
だが、関所をとりかえすことが目的ではない。
「俺たちがサルンを奇襲したことは直にアルビオネの本隊へ知らされるだろう。今回は奇襲が功を奏したが、次はおなじようにいかない」
「うんっ。そうだね」
「アルビオネの本隊は最後の関所を越えてしまったかもしれない。だが、急げば間に合う」
「第三の関所……クレモナの関所ですね」
そうだ。クレモナの関所は都ヴァレンツァの喉もとだ。
「今から馬を走らせれば、二日でクレモナに到着するだろう。急ぐぞ!」
「は!」
「早く行こう!」
陛下にヴァレンツァの国民たち……どうか、無事でいてくれ!
* * *
魔物たちの反撃を突破し、最後の関所であるクレモナに到着したのは二日後の夜だった。
クレモナの関所も、魔族によって無残に破壊されていた。
「クレモナまで、占拠されているな」
「間に合わなかったかっ。くそ!」
ここが突破されたということは魔族はすでに都へ侵入している……。
「ヴァレンツァが、攻撃されちゃったってことぉ?」
「おそらくな。だが、都はまだ落ちていないはずだっ」
「急げば、まだ間に合うってことだよね!」
「そうだ!」
迷っている時間などない。強行突破だ!
「アダル、シルヴィオっ。いくぞ!」
「うんっ」
「早く都にもどりましょう!」
関所の前で、魔族の兵たちが隊列をととのえていた。
俺が関所を突破してきていることは、すでにやつらの本隊に知らされているだろう。
「きたぞ!」
「あいつが、ドラゴンスレイヤーだっ!」
オークやゴブリンたちが、矢をいっせいにはなってくる。
「マジックバリア!」
弓矢の攻撃はアダルジーザの魔法で無効化できるっ。
「どけぇ!」
ヴァールアクスを右手でぶら下げる。
大きくすくい上げるように斬りはらって、魔族の歩兵どもを血祭りにあげる。
「ぐぎゃぁ!」
「引くな! たたかえぇっ」
ここの守りはサルンの関所とまったくちがう。
「グラートっ」
「アダルも感じたか。この士気の高さはやつらの本隊と見てまちがいないだろう」
ヴァールアクスで前の兵をなぎはらっても、次の兵が剣をふりあげてくるっ。
「ええいっ、下がれ! 俺たちはヴァレンツァに急がねばならないのだっ」
魔族の数も、サルンの関所などとはくらべものにもならないっ。
「くそっ。幻影剣でいくら斬っても、きりがない……っ」
いったん下がるか?
だが、悠長に作戦を立てなおしている時間は――。
「ヴァール様のかたきっ」
リザードマンのような魔物が、長剣をかまえてとびかかってきた。
ヴァールアクスで彼らをまとめてほうむったが、討ち損じた一体に馬の顔面を斬られてしまった。
馬は激痛で発狂し、大きくいなないた。前肢をふりあげて、
「くっ!」
「きゃぁ!」
俺とアダルジーザはふりおとされてしまった。
「グラートさ……くっ!」
まずい。馬がなくなったら、都に帰れなくなるっ。
だが、激痛であばれまわる馬は魔族の剣によって斬られてしまった……。
「われらのヴァール様をなき者にした厄災め。貴様らの命もここまでだっ」
破壊された関所の前を、黒い何かが浮遊している。
緑色のかたい鱗に、うすい皮膜ののびた翼。
ワニやトカゲのような尻尾に、火炎をはき出す大きな口とアゴ、か。
「ドラゴンスレイヤーなどと、ふざけた名を僭称する貴様を、ここでぶち殺す! 皆の者、かかれぇ!」
ドラゴンたちが夜空へと上昇し、いっせいに急降下をはじめる。
「逃げろ!」
「きゃっ」
アダルジーザの腰をとって、左にとぶ。
ドラゴンたちの攻撃は直撃こそしなかったが……ものすごい突風だ!
風の強い力に吹き飛ばされて、後方の地面になんとか着地した。
「グラート!」
前から押しよせる赤いものは……炎のブレスか!
「よけろ!」
ドラゴンの強力なブレスはアダルジーザのマジックバリアでも防げない。
アダルジーザと左右に展開するように炎をかわす。灼熱が魔族の守兵ごと地面を焦がした。
「どうした。貴様の力はそんなものか。貴様ごときにやられてしまったヴァール様が、かなしんでおられるぞ!」
あのドラゴンたちはヴァールの腹心だった者たちだ。
強烈な攻撃もさることながら、あの鉄壁のような意思で攻撃されたら、ひとたまりもない……っ。
「ほざくなっ。ここが、お前たちアルビオネの本隊だろう。まとめてほうむらせてもらうぞ!」
「ふ。ここが本隊だと? バカめっ。本隊はすでにヴァレンツァを攻撃してるわ!」
なにっ。この者たちが指揮官ではないのか!
「人間の矮小な都など、ゾルデがすでに落としていることだろう。わっはっはっは!」
ゾルデというのが、この者たちの親玉か。
「ゾルデ、とは何者だ」
「ゾルデは今はなきヴァール様の忠臣。第二軍団長のゴールドドラゴンだ。大したことはない男だが、貴様ら人間どもを先に抹殺してやろうということで、協力してやったまでのこと」
そんな者が、アルビオネの残党軍を指揮していたのか。
「ここで死ぬ貴様らが知ったところで、なんの意味もないわっ。殺せぇ!」
ドラゴンたちが、また急降下をはじめた!
かわしても第二波の突風がふきつけるが……来ることがわかっていれば、ふんばれるっ。
「ぐっ」
「きゃぁ!」
「ふたりは他の魔族を攻撃だ!」
ドラゴンは五体。
多いが、この数なら……いける!
「しねぇ!」
ヴァールアクスをかまえて、ドラゴンが接近するのをまつ。
「ちまよったかっ。その身体、バラバラにしてくれるわ!」
ドラゴンが、ヴァールアクスのとどく距離に――。
「はっ!」
ヴァールアクスを引いて、俺も突進だっ。
わずかに左にとんで、同時にヴァールアクスをふりはらった。
ヴァールアクスの刃から、かたい肉体を切断する感触が伝わってくる……!
「ぎゃあぁ!」
顔を下げて突進してきたドラゴンの顔からまっすぐに、その身体を横に分断した。やつの突進の力を利用して。
「なんだと!?」
「早く殺せ!」
次のドラゴンが地面におりて、太い腕と爪で切り裂いてくる。
ドラゴンの攻撃をヴァールアクスで受ける。衝撃が柄から両腕に伝わってくる!
「さすがドラゴンだっ。ヴァールほどではないが、すさまじい力だな!」
ガレオスにもまさる戦闘力! きたえあげた力と力のぶつかり合い。これが戦いだ!
「俺の全力を、その身に受けろ!」
左足をふみ込んで、ヴァールアクスをふりかぶった。
両手で操作するヴァールアクスは遠心力を得て、地面を破壊しつくすほどの威力を生み出す。
「ぐが……っ」
ドラゴンの首もとから斬りつけて、力づくで首を斬り落とした。
さぁ、二匹倒したぞ!
「グラート、さんっ。すごい……」
「やった!」
三匹めのドラゴンは遠くから炎のブレスをはき出してくるだけかっ。
「接近戦では俺に勝てないと判断したか。臆病者め!」
「だ、だまれ! 貴様は黒焦げになれ!」
「ドラゴンの名をけがす不届き者めっ。地獄の底でヴァールがかなしんでいるぞ!」
臆病者のブレスなど、ヴァールアクスの風で吹き飛ばせるぞ!
「な、なに……」
赤い波のような炎が、右と左に分かれる。
眼前にあらわれた炎の道を、まっすぐに駆け抜ける。
「しねっ!」
三匹めのドラゴンの前で、跳躍する。
上空でヴァールアクスをふりおろして、うろたえるドラゴンを縦に両断した。
「俺たちが、か……勝てない、だとっ」
「こいつが、ヴァール様を倒した……男」
残る二匹のドラゴンはすっかり上空で怖気づいてしまったようだ。
「どうしたドラゴンどもっ。お前たちは魔族の頂点に君臨する者たちだろう。かかってこい!」
「くっ、くそ……」
「俺にはお前たちとゆっくり遊んでいる時間がないのだ。お前たちが攻撃してこないというのであれば、俺から行くぞっ」
ヴァールアクスを地面にたたきつけて、真空波を発生させる。
「ぐっ」
「よけろ!」
渾身の力を込めたが、器用によけられてしまったか。
「こんな戦い、割にあわん!」
「人間たちの都など、貴様にくれてやるわっ」
二匹のドラゴンは大きい翼をはためかせて、クレモナの関所から去っていった。