第249話 オドアケルの影
ヒルデブランドは、アルビオネの軍事侵攻に加担しているのか?
人間が魔物たちの野望に加担することは、通常ならばあり得ない。
ヒルデブランドがアルビオネと特殊な関係を築いているのであれば、別かもしれないが……。
イルムを連れてアルビオネの南をめざす。
空に上がるとストラの群れに襲われる可能性があるため、危険だ。
ストラの襲撃で受けた傷を悪化させないためにも、陸路を探して地道に進む必要があった。
「さっきのやつら、また出ないよな」
ルーベンがあたりの木陰を警戒する。
夜のように暗い森は、明かりを灯してもまわりがほとんど見えない。
「オドアケルの仕業だったとしたら、厄介だぞ。あいつらは地の果てまで追ってくるからな」
ウバルドも腰に差した剣の柄をさわりながら、あたりを警戒している。
「ウバルも、オドアケルのこと知ってんのか?」
「あたり前だ。サルヴァオーネと戦ったときに、オドアケルの連中から散々狙われたからな」
「ほぇぇ。あいつら、そんなこともやってたんか」
ルーベンは、サルヴァオーネとオドアケルの関係を知らないのか。
「そんなことを……って、ルーベンはかつてオドアケルにいたんだろ」
「そうだけどよ。オドアケルって、めっちゃでかいギルドだからさ。ラヴァルーサとかカゼンツァ方面の連中しか、俺は知らないんだよ」
「言ってる意味がよくわからんが、ようするにヴァレンツァにいたオドアケルが、何をしてたのかは知らないっつうことか?」
ルーベンがそっとうなずいた。
「ギルマスのヒルデさまにちらっと聞いただけだけど、オドアケルって王国の全域に進出してるらしいんだよ。ヒルデさまのいたラヴァルーサが本拠地だったんだけどさ。
当然、ヴァレンツァに入り込んでるだろうし、ラグサとか人が多い場所にもだいたい進出してるから、ギルメンが何人くらいいて、よそでどんな活動をしてるのか、ギルメンたちはまったく知らないんだよ。
その辺はヒルデさまも教えてくれなかったし、ギルメンたちもよそにはあんまり関心なかったみたいだしさぁ」
オドアケルは、それほど大きいギルドだったのか。
「オドアケルって、そんなにでかかったんだな」
「そ。だから全国の情報を集めるのなんて簡単だし、この前みたいに戦争だってできちゃうんだよ。この前の反乱は、王国のよその地域の連中が呼応しなかったから、失敗しちゃったみたいだけどさ」
ルーベンから告げられる衝撃の事実に慄然としてしまった。
ルーベンだけが不思議そうに首を左右に動かしている。
「あれ、どうした? みんな」
「あなたが先ほど言ったことが事実だとしたら、ヴァレダ・アレシアは途方もない内患に気づいていない可能性があります」
ディベラがイルムの手綱を引きながら、重々しく口を開いた。
「内患……っていえば、そうか」
「オドアケルはラヴァルーサを拠点とし、宮殿のあるヴァレンツァに支部を置いていることは知っていました。ヴァレンツァの支部は宮廷の特殊部隊が処理し、すでに封鎖しておりますが」
そのようなことを宮廷が行っていたのか。
「ラグサやよその大都市にもオドアケルが進出している可能性は、宮殿でも議論が交わされていました。しかし、これほどとは……」
「オドアケルの規模と財力をなめない方がいいぜ。この前の戦争でだいぶ消耗しちまったけど、かつてはヴァレンツァの宮殿をしのぐくらいの財力があったらしいぜ。ヒルデさまの受け売りだけどさ」
ルーベンを介したヒルデブランドの主張は、それほど誇張されていないだろう。
「短期間とはいえ、ヴァレンツァの正規軍を苦しめた者たちですからね。かなりの財力を有しなければ、あれほど大規模な軍事蜂起はできなかったでしょう」
「金とか、そういうのはよくわかんねぇが、オドアケルだけでも千人単位の規模だからな。王国に不満をもつ住民を扇動すれば――」
森のどこかでしげみのこすれる音がする……!
「敵だっ」
青の斧をかまえてディベラたちの前に立つ。
前のしげみが大きくゆれて、黒いかたまりが飛び出してきた。
「グラート!」
「ドラスレさまっ」
クマか? それともグランドホーンのような野獣か!?
青の斧を倒して黒いかたまりを受け止める。
巨大な頭に黒い身体。
人間の数倍はあろう体重に、がっしりとした筋肉。
「バイソンのような魔物かっ」
魔物が鼻息を立てながら頭を押しつけてくる。
大きな蹄で地面をふみしめて、なんとしても俺を押し倒したいようだ。
「たいした力だが……力の勝負なら俺は負けんっ」
左足で地面をふみ、全身の力を青の斧に込める。
両手を押しつけ、牛の魔物を押し返した。
「すげっ」
牛の魔物は受け身もとれずにあおむけに倒れた。
「先ほどと同じだ。群れて襲ってくるぞ!」
しげみがまた音を立てる。
別の魔物がまた飛び出して、今度はウバルドに襲いかかった。
「う、うわぁ!」
ウバルドは危険を察知するが、逃げるのが遅れた。
「ウバル!」
ウバルドは左の肩を殴打して、後ろへ吹き飛ばされてしまった。
「ディベラたちはイルムに乗って上空へ退避! ルーベンはウバルドを支援するのだっ」
「はいっ」
「おう、わかったぜ!」
この牛の魔物は厄介だ。
攻撃は突進のみであるが、重たい攻撃は一度受けただけで致命傷につながる。
しげみから牛の魔物が次々とあらわれる。
彼らは狙いを正確に定めず、行進するように俺たちに突撃してくるのだ。
「ぐおっ、なんつう重さだ……」
ルーベンは鋼鉄の槍を倒して、牛の魔物の突撃を受け止めている。
だが、後続の魔物の突撃がかさなれば、ルーベンといえども受け止め続けることはできないだろう。
「強引に押し返そうとするなっ。横に受け流せば簡単にさばける!」
「おっ、おう!」
突進してきた魔物を右側へ受け流す。
前方へ力のすべてを放出している彼らは、あっさりと横に受け流される。
がら空きになっている尻と背中に青の斧をふり下ろす。
魔獣の彼らは、遺跡のガーディアンのように頑丈ではない。
青の斧のひとふりで真っ二つに切断された。
「俺だって負けねぇぞ!」
ルーベンも魔物を左へと受け流し、鋼鉄の槍を魔物の尻にたたきつける。
魔物にダメージはあたえられるが、致命傷にはならないか。
「こいつら、何頭いるんだ!? いちいち相手にしてたら、きりがないぜっ」
牛の魔物たちは十頭以上もいる。
何もせずに通り過ぎた者たちは、森の向こうで引き返してふたたび突撃をしかけてくる。
「はっ!」
突進してきた魔物のかたい頭を、青の斧の石突きで突き飛ばす。
飛ばされた魔物は背後の魔物にぶつかり、玉突き的に倒れていった。
「お前たちとずっと遊んでいる時間はないのだ。いっきに倒させてもらうぞ!」
青の斧の冷たい力を解放する。
斧をふりかぶり、強烈な斬り払いと同時に極寒の力を前方に放出した。
冷気が通過した地面を凍らせながら、魔物たちに襲いかかる。
冷気は魔物たちを地面に縫い付けるように凍らせ、一瞬で身体の自由をうばった。
「すげぇ。グラートは雪の帝王になっちまったのか」
青の力のおかげで新たな力を得ることができた。
この冷たい力は、ヴァールが放つ地獄の業火に対抗することができるであろう。
冷気の波から逃れた数匹の魔物たちが、あきらめずに突進してきた。
「ルーベン、残りの魔物たちの対処をたのむっ」
「まかせとけ!」
ルーベンが猛り、槍のするどい穂先を魔物の頭に突き立てる。
「てめぇらはいい加減にあきらめやがれ!」
槍を強引に押し込めて、魔物たちを後ろへ吹き飛ばした。
「俺だって傭兵のはしくれ。魔物なんかにやられてたまるかっ」
残った魔物の頭をふみつけ、巨体を槍で串刺しにする。
魔物たちは冷気を受けて弱ったのか、押し込める力がかなり低下したようだ。
「これで終わりだぜ!」
ルーベンが槍の石突きで魔物を吹き飛ばし、倒れた魔物にむかって跳躍した。
上空から槍を突き立てて、最後の一頭の腹を容赦なくえぐった。