第247話 アルビオネの西を迂回しヴァレダ・アレシアへ急げ
シルヴィオとジルダを木のそばに寝かせているが、様態はかなり悪い。
川で汲んだ水をあたえるが、体調はすぐに回復しないであろう。
「グラートさん……たすけていただ、いて……ありがとう、ございます」
シルヴィオが身体を起こそうとするが、力が入らないようだ。
彼の細い身体を両手でしっかりと支える。
「俺たちのことは気にするな。お前たちの救出に行くのが遅れて、すまなかった」
「そんな……俺たちが逃げ遅れたのが、悪かったんですから……」
シルヴィオがノドをつまらせる。
水をすぐにあたえるが、ノドもしばらくこのままであろうな。
「よほど過酷な場所に押し込められていたのだな」
「はい……水すら、ろくにあたえられませんでしたから」
「そうか。あとは俺たちにまかせるのだ。お前たちは身体の回復だけを考えるのだ」
シルヴィオが笑顔を見せてくれたが、頬がやつれていた。
「こんなに弱っちまったんじゃあ、戦えねぇよなぁ」
ルーベンも俺のとなりに来てシルヴィオを見下ろす。
せき込む彼を見て、残念そうに言葉をもらした。
「つーか、こいつ、俺と戦ったことあるよな?」
「あるだろうな。カゼンツァで対峙したときではないか?」
「ああ、あのときかぁ」
シルヴィオはルーベンを思い出さないか。
いや、身体の具合が悪いから、そこまで気がまわらないのか。
「あのときに戦ったやつだったら、だいぶ戦力になったんだろうがなぁ」
「仕方ない。シルヴィオもジルダも大切な臣下だ。ふたりとも、うしないたくはない」
「じゃあ、今回は俺らだけで戦うしかねぇな」
ウバルドは焚き火をはさんだ向こう側に移動して、寝転がっている。
ジルダの様子は、ディベラの部下たちが看てくれている。
「ドラスレ様。陽が昇ったらカタリアの要塞へ向かいましょう」
夜中の沈黙が訪れた頃に、ディベラが言った。
「そうだな。イルムの翼であれば、一日か二日でカタリアに着くか」
「そうですね。まっすぐ進むことはできませんから、もう少しかかるかと」
アルビオネの警備が敷かれている地域は飛び越えることができない。
「アルビオネの西をまた迂回するか」
「そうするしか道はないかと」
「だったらもう思い切って、まっすぐに南下しちまえばいいんじゃね?」
ルーベンの言葉に対し、ディベラが首を横にふる。
「アルビオネの攻撃を受けて、イルムの翼が傷つけられたら、最悪飛べなくなります」
「そうかもしれねぇけどよぉ」
「カタリアまで直進したい気持ちはわかりますが、イルムはあなたがたほど頑丈ではないのです。敵が罠をしかけているというのであれば、なおさら警戒すべきです」
ディベラの言う通りだと思う。
「はぁ。空の旅っつうのも、思ってたより自由じゃねぇんだなぁ」
ルーベンが木の幹にもたれかかった。
「飛ぶ場所もそうだし、飛べる時間もわりと制限あるし、馬より面倒なんじゃね?」
「それは否定できません。イルムは繊細な騎獣ですから」
「でも、馬じゃアルビオネの国境は越えられねぇもんなぁ」
ディベラたちが駆るイルムには何度もたすけられた。
こたびの影の殊勲者たちだ。
「サルンに残したアダルたちも、心配だ」
アダルジーザは、今もサルンに留まっているのだろうか。
アルビオネの者たちに襲われていないだろうか。
他の者たちは? ビビアナや、ドラスレ村に残ってくれた者たちは。
「カタリアの戦況が無事でしたら、ドラスレ様はサルンに戻った方がよいかと」
「そうだな」
アダルジーザやドラスレ村を想像したら、いても立ってもいられなくなってきた。
西に落ちた陽は、まだのぼらないか!
「アルビオネの軍がカタリアで足止めされていることを確認して、わたしたちはサルンに戻りましょう。もしサルンまで侵攻されていれば、ヴァレンツァに向かってアルビオネを挟撃できます」
ディベラの冷静な思考が戻ったか。
「わかった。ディベラの献策を採用しよう」
「ありがとうございます。アルビオネの軍を退けるまで、わたしたちはドラスレ様にお供いたします。わたしたちを手足のように操って、王国を勝利に導いてください」
ディベラたち諜報員の真剣な表情を受け止める。
「俺たちももちろん戦うぜ! 王国は別に好きじゃないが、この国が魔物だらけになったら、たまんねぇからな」
ルーベンも右手を強くにぎりしめていた。
「お前たちの力も当てにしているぞっ。ヴァールが率いるアルビオネの南征軍は精強だ。俺はひとりでも多くの仲間がほしい」
「仲間っていったら、夢幻の連中はどうなんだ? あいつらも、グラートが呼べば来るんじゃないか?」
「夢幻のギルメンたちは、おそらく宮廷の招集に応じてヴァレンツァやクレモナの警備についているだろう。オリヴィエラ殿ならば、この危機をほうっておかないはずだ」
「あのおばさん、そこまで考えてんのかなぁ」
夢幻の力も借りたい。
こたびのヴァールとの戦いは総力戦になるか。
あらゆる力を結集して、あの男を倒す。
前の戦いを越える激闘になることは必至であろう。
* * *
ディベラの提案に従い、アルビオネの西の山を迂回する。
日の出とともにイルムを飛ばして、日中は飛行と休憩をくり返す慎重な進行だ。
「敵国ながら、アルビオネの空は澄み渡っています。このまま飛行を続ければ、二日後にはカタリアに着くでしょう」
アルビオネの空は冷たい。
しかし、きれいな空気は魔物の国と思えない新鮮なものだ。
「アルビオネの西は警備が薄い。慎重に進めば無事に王国へ帰れますよ」
「そうであってほしいな」
ルーベンやウバルドを乗せたイルムも、俺たちからはなれた場所を飛んでいる。
アルビオネの西部は山と緑ばかりで、いくら進んでも代わり映えしない。
上空から眺望しているかぎりだと、ここが魔物の支配する国には思え――。
「ドラスレ様っ、前方にあやしい影があらわれました」
ディベラのいつになく緊迫した声が聞こえた。
「どうした」
「あちらをご覧くださいっ」
ディベラが左下に降下しながら右の一点を指す。
澄み渡る空と雲しかなかった場所に、ちいさな黒い影が浮かんでいる。
影はひとつだけではない。
ふたつ、みっつ……十は軽く越えているか?
「なんだ、あれは」
「わかりません。ですが、このあたりを巡回しているアルビオネの偵察部隊である可能性がありますっ」
アルビオネの偵察部隊――。
「以前にアルビオネの上空でドラゴンたちと戦ったな」
「そうです。あの手の輩がアルビオネの空を定期的に飛び、わたしたちのような侵入者を警戒しているのです」
右手を上げて、後ろを飛ぶ者たちに合図を送る。
空路を急激に変えると敵にあやしまれる。
空路をわずかに変えて衝突を回避しつつ、敵にあやしまれないように進行を止めない。
この飛び方が、敵と遭遇するときにもっとも効果的なのだそうだ。
「なんとか、やりすごせそうか?」
「わかりません。こればかりは運です」
ヴァレダ・アレシアへの帰還を目前にして、なんとも厄介な者たちと遭遇してしまったようだ。
敵と思わしき影たちは、十体どころではない。
前方の空に黒い雲を浮かび上がらせるように、わらわらと数を増やしていくぞ。
「あれは、ドラゴンなのか? 数が多すぎるぞっ」
「もしや、アルビオネの航空部隊……!?」
航空部隊……飛竜たちで構成するエリート部隊なのか!?
敵もこちらに気づいているようだ。
彼らは高速で飛びながら、俺たちと距離を近づけてくるっ。
「まずいぞ、敵はこちらに気づいている!」
「急ぎ退避します!」
もしや、マメルティウスの監獄から周辺の砦へ指令が飛んだのか。
アルビオネの幹部たちは、なんとしても俺をヴァレダ・アレシアに戻さない気か!
「ドラスレ様っ。あの一団はドラゴンたちではありません!」
なんだとっ。
ドラゴン以外の航空部隊ということは、怪鳥か。
それとも他の空飛ぶ獣かっ。
黒い影たちは、影ではなく正真正銘の黒い身体の者たちであった。
ふさふさとした毛におおわれて、左右ではためかせているのは大きな翼だ。
ワシのような怪鳥だが、身体の内側から首の先まで人間のような白い肌をのぞかせている。
この鳥の魔物を、俺は見たことがある!
「ドラスレ様っ。あの鳥の魔物は、なんですかっ」
あれは、ストラの群れだ……!