第245話 正体をあらわした看守長エヴェリラを倒せ
「ええい、何をしているっ。その人間どもを早く殺せ!」
エヴェリラの白い顔が怒りでゆがむ。
飛びかかってきた魔物を蹴り飛ばし、他の者を青の斧の石突きで突き飛ばす。
「これでもくらえ!」
左足をふみ込んで、力まかせに青の斧を斬り払った。
解放された潜在力が柄から青い刃にわたり、絶大な破壊力を生み出す。
十体以上もいた看守たちが衝撃で吹き飛び、同時に身体が上下に引き裂かれた。
「す、すげぇ」
「グラートの怒りがついに炸裂かっ」
この斧さえあれば、どのような困難であっても乗り越えられる!
「敵はたった三人なんだぞっ。なぜお前たちがやられるのだ!」
エヴェリラが悲鳴のような声を上げる。
俺たちに襲いかかってきた看守たちは地面に伏し、後ろで様子をうかがっていた者たちは俺たちを怖れて後ずさりをはじめていた。
「これがアルビオネの監獄か。口ほどにもない」
青の斧を地面に突き立てる。
にらみつけると、インプやゴブリンの看守たちは「ひっ」とさらに後ずさりをした。
「かっかっか! なんでい、すげぇ数だったから、ちょびっとばかしびびっちまったけど、大したことねぇな!」
「ふん。ルーベンとグラートがバケモノすぎてるからだっ」
ルーベンとウバルドも無事のようだ。
エヴェリラの青白かった顔が、りんごのように赤くなっていた。
「愚かな、人間どもが……っ」
「お前の自慢の手下たちは倒したぞ。だまって道を開けるというのであれば、これ以上お前たちに危害はくわえない。どうする?」
エヴェリラの怒りに満ちた表情から、降参の意思は感じとれない。
「ふざけるな!」
彼女が全身をふるわせて、夜空の月をあおいだ。
上半身が大きくふくれ上がり、ローブのような衣服がやぶり捨てられていく。
「な……なんだ!?」
亜人から本来の姿へもどるのか。
ドラゴンのように身体がみるみる大きくなっていく。
上半身は人間とドラゴンをかけ合わせたようだ。
かたい筋肉でおおわれた身体は毒々しい深碧色だ。
腰に大蛇が取り付けられているように、ヘビの長いしっぽが伸びていた。
鞭のようなものが高速で飛んでくる……!
「くっ」
「うわっ!」
違うっ。エヴェリラが巨体を動かして長いしっぽをたたきつけてきたのだ。
ドラゴンの尾に勝る威力だ。直撃を相殺できず、背後の建物に背中を打ちつけてしまった。
「愚かな人間どもがっ、貴様らをここでたたき殺してくれるぅ!」
エヴェリラが高速で突進してくる。
巨体と思えない身軽さだっ。
「よけろ!」
背中の痛みを感じながら左へ飛ぶ。
監獄の建物にエヴェリラがぶつかり、石の壁が枯れ木のように粉砕された。
「なんなんだっ、このヘビ女は」
「けっこうやべぇぞ!」
エヴェリラが紫色の霧を吐き出した。
これは目くらましか?
霧はそれほど濃くない。視界をさえぎられるほどではない。
「お前たちは絶対に逃がさんぞ。地の果てまで追ってやるぅ!」
エヴェリラが右腕をのばし、するどい爪で斬りかかってきた。
攻撃を青の斧で受け止める。
かたい爪が当たり、金属音のようなものが聞こえた。
「はっ!」
青の斧で反撃する。
青い刃が空を斬り、真空の刃がエヴェリラの胸を斬りつけた。
「ぐおっ! きさま……っ」
この斧であれば、ドラゴンのかたい鱗も軽々と切り裂ける。
続けて青の斧を斬り払ったが、エヴェリラが巨体を跳躍させて俺の攻撃をかわした。
「こしゃくな……」
彼女がまた紫色の霧を吐き出した。
これは、毒か? 手足の力がわずかに入りにくくなっているように感じる。
「くくっ。やっと毒がまわったか」
紫色の霧の向こうでエヴェリラが笑った。
「この毒は遅効性だ。鼻と口から吸い込んだ毒がゆっくりと全身にまわり、身体の自由をうばっていく」
この毒はデバフの効果をもつ魔法と同じということか。
「同時に全身へ激痛をあたえる。わたしは言うことを聞かない囚人に対し、この毒を使うのだ」
「ヘビがもつ毒と同じだということか」
「そうだ! だが、お前たちを苦しめるのは、毒だけではないっ」
エヴェリラが口笛のようなものを吹いた。
周囲で何かがちぎれるような音がした。
「な、なんだ……?」
エヴェリラと同じくラミアに変化する者たちがいるぞ。
あれは、女の看守たちか!?
「お、おい……」
「他のやつらもおんなじなのかよぉ……っ」
ラミアとなった者たちが毒の爪をふり下ろしてくる。
「くっ」
青の斧で受け止め、反撃で一体の敵をしとめる。
ラミアたちは何体いる? 十体は優に超えているか。
「お前たちはここから出してやらん。お前たちは、わたしたちの国へ不法侵入した犯罪人なのだからな!」
ラミアたちは遺跡のガーディアンたちのように、主に忠実に行動してくる。
仲間が斬られても、ひるまない。
腕を斬り落としても、俺たちを攻撃することをやめない。
「グラートっ」
それにくわえ、意識が時おり切れそうになる。
エヴェリラが撒いた毒のせいか。
「こんなのっ、どうやって切り抜ければいいんだよっ」
まずいっ。このままだと、包囲を突破できない……!
「無駄だ無駄だぁ! お前たちは死ぬまで、ここに捕まり続けるのだっ」
そんなことはさせない!
青の斧が光を発している。
先ほどの氷の力を使うことができるのか?
いちかばちか、やってみるか。
「ルーベン、ウバルドっ、さがれ!」
右手に力を込めて、斧の石突きを地面に突き刺した。
「な……っ」
凍てつく力が一瞬で八方へ突き抜ける。
エルブス山に吹く冬の嵐が、襲いかかってきたラミアたちを氷像へと変えていく。
「なんだ、これは」
「すんげぇ、冷てぇのがやってきたぞっ」
やはり、この斧には氷の力が宿っている。
極北の地でつくられた青の結晶は、冷気の力を支配する物質でもあるのか。
「何が起きてるんだ、さっきから!」
エヴェリラは部下たちが凍っている理由がわからないのか。
「お前の部下たちはすべて倒した。あとはお前だけだ!」
エヴェリラの白い顔と上半身が、また赤くなった。
彼女が全身をのばして跳躍した。
城壁を飛び越えられそうな高さまで飛び、巨体で俺を押しつぶそうとしてくる。
「死ねぇ!」
急いで後退した俺の目の前に彼女が圧しかかった。
舗装された地面が割れ、強圧が地上と地中の両方へ瞬時にひろがった。
「うわぁ!」
突風に似た衝撃を殺すことができない。
ふたたび吹き飛ばされ、別の建物に背中を打ちつけてしまった。
あの女を早く倒さなければ。
「死ねっ、愚かな人間!」
毒に全身が侵される前に決着をつける!
エヴェリラが急接近して、また空へと跳躍した。
足のしびれを感じながら右に飛び、別の建物の壁を蹴って高く跳んだ。
「むだなあがきを……!」
エヴェリラが着地し、強圧で俺たちをまた吹き飛ばそうと攻撃してくる。
衝撃波を空中で受けたが、上空で身体を旋回させて衝撃波を相殺させた。
「なにっ」
青の斧の重量を生かせば、この程度の衝撃をふせぐのは容易だっ。
しびれて力が出せなくなる前に、渾身の一撃でエヴェリラを倒す!
「これで終わりだっ」
青の斧をふりかぶり、彼女の頭上に刃をふり下ろす。
冷たい刃は彼女のかたい鱗を裂き、落下の動きに合わせて胴体まで斬り裂いていく。
着地と同時に、斧は彼女の巨体をまっぷたつに斬り裂いた。




