第244話 看守長エヴェリラとアルビオネの進軍
「愚かな人間たちを捕まえろ!」
エヴェリラの号令によって看守たちが動き出した。
手にしている木の棒や剣をかかげて、俺たちに飛びかかってくる。
「お前たちなどにやられるものか!」
青の斧をかまえ、乱雑にたたきつける。
青い力が解放されて、看守たちを小石のように吹き飛ばす。
「な……っ」
「に、人間風情がぁ……っ」
襲いかかってくる者たちを青の斧で斬り払う。
青の斧の破壊力は絶大だ。
一振りしただけで、十匹の魔物の首が飛ぶ。
さらに斬撃の衝撃により、後ろにひかえた者たちを吹き飛ばしてしまうのだ。
「す、すげぇ」
「グラートのばか力が、完全によみがえったかっ」
この斧の力はまるでヴァールアクス……いや、それ以上だっ。
「さすが、ヴァール様を倒したという人間。よくやる」
エヴェリラと名乗った看守長が低い声で笑う。
「だが、あがいても無駄だ。人間ごときでは、わたしたちには勝てないのだからな!」
次にあらわれたのは女の看守か?
彼女たちも黒い制服で身をつつみ、つばの広い帽子で目元まで隠している。
手にしている武器は、革の鞭か。
「かかれ!」
女の看守たちが襲いかかってくる。
しなやかな鞭が夜の空気を裂いて、俺たちの身体を打ちつける。
「くっ」
「いってぇな、こいつら!」
革のかたい表面が、外套ごしに強烈な衝撃をあたえてくる。
打ちつけられた場所は皮膚がやぶれ、肉にまで傷をつけていた。
「女だからといって容赦はせん!」
青の斧を一閃し、女たちをまとめて吹き飛ばす。
ウバルドも風の魔法で支援してくれる。
「人間の分際でこしゃくなっ。だが、わたしの攻撃はかわせないぞ!」
エヴェリラが手にしているのは黒い鞭だ。
女の看守たちが使っていた革の鞭と違うのか?
「そうらっ、いくぞ!」
黒い鞭が飛び、夜の風を切り裂く。
エヴェリラの鞭は早く……長い!
「ぐおっ!」
鞭の太さも違う。
さらに鞭の先にダガーのような刃まで取り付けられているのかっ。
「わたしの鞭さばきは他のやつらと違うぞ。この鞭で、何名もの囚人を拷問してきたのだからな」
エヴェリラが低い声で笑った。
「このっ、サディストがっ」
「くく。看守はサディストでなければいけない。囚人どもを痛めつけ、おのれの無力さをわからせるのが、われわれ看守なのだからな」
この女は、囚人を痛めつけることになんの抵抗も感じないのか。
「さぁ、少しくらいわたしを楽しませてみろっ、愚かな人間ども!」
このような歪曲した考えをもつ者などには負けん!
青の斧を横に倒し、エヴェリラの放った鞭を受け止める。
「なにっ」
鞭の先が斧の長い柄にくるくると巻きついた。
「なんだ、その武器は。氷でできているのか!?」
「お前にこの斧の性質を教える義理はないっ」
青の斧が冷たい光を放ちはじめた。
なんだ? この斧は自分の意思をもっているのか?
この冷たい光は、冷気か? 巻きついた鞭を凍らせている。
「なんだこれは!? 鞭がっ、動かない……」
「青の斧が、鞭を凍結させてしまったのか」
なんという力だ。
これが、青の結晶に秘められた力なのか。
「ち、人間め。みょうな武器を使いおって……っ」
エヴェリラが鞭から手をはなし、後ろに飛んだ。
けわしくなった顔から余裕の笑みが消えている。
「これでわかっただろう。お前たちでは俺を捕まえることはできない。死にたくなければ、そこをどくのだ」
「それはだめだ。お前たちを捕まえろという、オリアレス様からのご命令だ」
「オリアレスというのは、ヴァールの軍を指揮する参謀であったな。その者は俺をヴァールと戦わせないように、俺をここまで誘導したというのか? 卑怯な戦いを嫌うヴァールが、腹心にそのような命令を下すとは到底思えないが」
ヴァールは敵ながら正々堂々とした戦いを好む男だ。
こたびの戦いでも、きっと真正面から俺と戦って、完膚なきまでたたきのめしたいと思っているはずだ。
エヴェリラがうすい唇をゆるめた。
「ヴァール様は、たしかにそうかもしれない。だが、わが国の民たち全員がそう思っているわけではない」
なんだとっ。
「ヴァール様を倒したという憎き人間。お前はヴァール様の最大の障害だ。お前さえいなければ、ヴァール様は人間の国を確実に攻め滅ぼしてくださる。そう、オリアレス様はお考えなのだ」
俺はそれほどまで、アルビオネの者たちから危険視されていたのか。
「ヴァール様は軍をまとめ、何日も前から人間の国へ攻撃を開始されておられる! お前をここで封じ込めれば、人間の国などヴァール様がたやすく滅ぼしてくださるっ。わたしたちが大陸の覇者になるのだ!」
ヴァールが、ついに軍を動かしたのか……?
そのような報告はディベラたちから受けていないぞ。
「ヴァールがついにヴァレダ・アレシア討伐の南征軍を動かしたというのか」
「そうだ。お前はもしや、そんなことも知らずに南の主戦場から遠い、こんな僻地までのこのことやってきたというのか?」
なんということだ……。
ルーベンとウバルドも唖然と言葉をうしなっていた。
「はーっ、はっはっは!」
エヴェリラが血相を変えて、狂ったように笑いはじめた。
「飛んで火に入る夏の虫とは、貴様のことだ! われわれの罠とも知らずに、まんまとやってくるとはっ。おごり高ぶった人間たちよ、今度こそ、お前たちの負けだ! お前たちを絶対に人間の国など帰したりはせんぞっ」
エヴェリラが凍りついた鞭をはなす。
鞭はやがて力をうしない、ガラスのように砕け散った。
ヴァールがついにヴァレダ・アレシア討伐の南征軍を動かした。
俺はそれを知らずに、アルビオネの北で魔物たちに取り囲まれている。
「アルビオネとヴァレダの戦いが、はじまってたのかよ」
「そんなの、聞いてねぇぞ」
ルーベンとウバルドもくちびるをふるわせている。
「おごり高ぶった人間どもが。愚劣なお前らに、ついに裁きの日がおとずれる。ヴァール様がっ、お前たち人間を根絶やしにするのだ。なんと素晴らしいことか」
エヴェリラは自分たちの勝利を確信している。
あざ笑い、俺たちを完全に見下していた。
だが、この屈辱を受け入れるしかない。
俺はヴァールとアルビオネの動向に気を配らず、おのれの欲望を満たすことばかりを考えていたのだ。
ああ、失策だ。
俺は、愚か者だ。
いや、愚か者なのか?
大切な臣下をたすけ、敵地の奥深くまで向かっていくことが失策だというのか?
そんなはずはない!
「愚かな人間が。ヴァール様が人間の国を滅ぼすまで、ここにずっといてもらうぞ」
エヴェリラが笛のようなものを吹く。
まわりで俺たちの様子をうかがっていた看守たちが、急に動きだした。
彼らは大きな円を描くように配置して、俺たちを取り囲んだ。
「お前たちも今日から囚人たちの仲間入りだっ。その無駄に大きな身体、死ぬまで鞭を打ちつけてくれるわ!」
看守たちが手にした得物をふり上げてきた。
「てめぇらなんぞに負けるか!」
ルーベンが鋼鉄の槍をひと薙ぎする。
太った看守たちを一撃で吹き飛ばす。
攻撃を当てられなかった敵には、強烈な蹴りを顔面にあたえていた。
「俺はっ、こんなところで絶対に捕まらんからな!」
ウバルドも長剣を抜いて必死に抵抗する。
鋭利な剣先で看守を斬り、つかみかかってきた相手を強引に引きはなす。
ふたりとも決死の力で多勢の看守たちを撃退してくれる。いいぞ!
「こしゃくなっ。人間風情の分際で……」
エヴェリラが耳ざわりな笑い声を止めた。
「お前は俺たちを愚か者と笑った。だが、俺はそうだと思わない」
「なんだとっ」
「お前たちを倒し、すぐにヴァレダ・アレシアへ帰還すれば充分に間に合う。大切な臣下をたすけるのは寄り道などではない。お前たち魔族を倒すための布石だ!」
おのれの行動を悔いたりしない。
俺は目の前の敵を倒して前に進む。それだけだ。