第242話 広大な監獄の地下から仲間を探し出せ
地下の監獄部屋へと続く階段はすぐに見つかった。
建物の中へと入り、一階のロビーから階段が見えたのだ。
「地下は暗いだろう。明かりを用意した方がいいか」
部屋のすみに積まれていた松明をウバルドが取り出す。
火を灯し、暗闇のような階段を下りていく。
階段は螺旋状につながっているようだ。
ヴァレンツァの地下牢とさほど違いはない。この監獄もかなり広そうだ。
「グラート。地上に戻る階段って、ここ以外にもあるんだろ?」
「わからないが、たぶんあるだろう。階段がひとつしかないと非常時に対応できなくなるからな」
この監獄はかなり広い。
地下のフロアは、いくつもの監獄部屋が回廊によって仕切られている。
回廊はまっすぐではなく、監獄部屋を沿うように何本にも枝分かれしている。
「それにしても、なんなんだ、この監獄は。部屋と廊下がごちゃごちゃじゃないか」
後ろを歩くウバルドがうめくように言った。
「そうだな。ヴァレンツァの地下牢と違って構造が複雑だ」
「複雑なんじゃない。部屋の配置が雑なんだよっ。どんな設計をしたら、こんな複雑怪奇な監獄ができあがるんだ」
このあたりの間隔は、俺たち人間と魔族で異なるということか。
それとも計算された部屋の配置なのか――。
「おい、お前」
突然のかけ声に、胸に巨大な矢が刺されたような衝撃が走った。
まずいっ。ついに見つかったか!?
「お前だよ。そこのでかいやつ」
声がするのは右の監獄部屋か。
扉の上部の小窓から顔をのぞかせているのは、コボルトか?
「なんだ」
「俺はいつになったらここから出られるんだ。俺はなんもやってねぇって言ってるだろ!」
どうやら、俺たちを看守だと思い込んでいるようだ。
「それは俺たちが判断できることではない」
「な……んだとっ」
「ここを出ることばかり考えていないで、おのれの中で悔いることがないか考えるのだ」
コボルトの顔が怒りの色に染まる。
激昂する彼からはなれるように、ウバルドから言われてしまった。
「ここで捕まってるやつらの相手なんかするな! 余計な揉めごとを起こしたいのかっ」
「いや、そうではないが……」
「あんなやつらの言葉に耳を貸す必要なんてない。さっさとお前の臣下を探すぞ!」
まわりの監獄部屋から、低いうなり声のようなものが聞こえてきた。
「おい、ウバル。あんま大きな声出すなよっ」
寝静まっていた者たちが起きてしまったのか。
「おい、お前」
「こっから早く出せぇ!」
「おらっ、お前らだよっ」
「聞いてんのか!」
囚人たちが狂ったように騒ぎ出す。
怒鳴り声が地下のこもった空間にひびき、思わず耳をふさぎたくなるほどの騒音へと変化するのに時間はかからなかった。
彼らの中には扉を何度もたたく者もいる。
よほど劣悪な環境なのか、囚人たちの怒りは常軌を逸していた。
「わーわーっ、うるせーうるせー!」
「ほらっ、言わんこっちゃない! グラートがこいつらを無駄に刺激したからだぞっ」
ここまで騒ぎを起こさずに潜入できていたのだが……考えが甘かったかっ。
「ていうかお前ら、人間じゃねぇのか!?」
「人間がっ、こんなとこにいるわけねーだろ!」
まずい。ここから早くはなれなければっ。
「おい、逃げんな!」
看守たちに気づかれる前に、ここから早く脱するのだ!
囚人たちの罵声が左右から飛んでくる。
扉をたたく音も騒々しいが、相手になどしていられない。
突き当りを左へ曲がり、またあらわれた曲がり角を右へ走り抜ける。
地下へと続く階段らしきものが回廊の奥にあらわれたぞ。
「あの階段も降りるのか!?」
「そうするしかないだろうっ」
このフロアにシルヴィオとジルダはいないっ。
監獄の最下層まで降りるのだ。
「こんな無計画に進んでいいのか!?」
「しかたねぇだろっ。どういう構造なのかわかんねぇんだから!」
ルーベンとウバルドも仲間割れするな!
「シルヴィオとジルダはこの先にいるっ。俺を信じてついてくるのだ!」
「適当なこと言ってごまかすな!」
螺旋状の階段を駆け下りる。
地下二階のフロアも同じような構造だ。
枝分かれする細い回廊と、左右につなげられた監獄部屋。
明かりが一定の間隔で設置されているが、ほとんど暗闇だ。
扉の小窓から部屋の様子が確認できるが、部屋の中も暗くて中にだれがいるのか確かめるのはむずかしい。
「このフロアにもいなそうか?」
「わからないな。見た感じ、シルヴィオとジルダはいなそうだ」
ふたりはどこにいる!?
この監獄に捕らえらているのではないのかっ。
「もっと下の階か?」
「そもそも、ここにはいないのかも……」
そんなことはないっ。もっとくまなく探すのだ。
「危険だが、もうひとつ下の階に降りよう」
「おうよっ」
「くそっ、こうなったらもう、どうにでもなりやがれ!」
監獄部屋の中を確認しながら、さらに下の階へとつながる階段を探す。
地の底まで延々と続いていきそうな螺旋階段を降りて、着いたのは地下三階か。
このフロアも上の階と同様、たくさんの監獄部屋が配置されているようだ。
「なぁ、グラート。こん中から、お前の仲間をほんとに見つけられんのか?」
ルーベンの口から弱気な言葉が吐き出される。
「そのはずだ。あきらめずに探し出してほしい」
「探してやりたいのは山々だが、手がかりが他にないからな」
彼らを探し出す情報がもう少し得られればよいのだが……。
いったん引き返すか?
いや、ここまで降りてきたのだ。もう少しだけ、ねばって探し出すのだっ。
「すべての監獄部屋を調べるまで、俺は捜索をあきらめたくない。もう少しだけ、俺に付き合ってくれ」
「おうよ」
あのふたりはここにいないのか?
ディベラの部下たちが得てきた情報は誤りで、マドヴァのあの戦いでシルヴィオとジルダは命を落としてしまったのでは……。
そんなはずはない! 弱気になるなっ。
扉の小窓をのぞき、監獄部屋の中を調べていく。
このフロアの監獄部屋は空き部屋が多い。
上のふたつの階の部屋はすべて魔物が収監されていたというのに。
「グラートの仲間はいそうか?」
「わからない。だが、このフロアの監獄部屋は上の階と様子が異なっている」
「様子が異なってる……?」
ルーベンとウバルドも監獄部屋をのぞく。
「この部屋はだれも収容されていないな」
「上の階の部屋は魔物たちが入れられていたが、ここは違うようだ」
扉の模様も上の階の扉と違う?
ドアノブになぜか鎖が巻きつけられている。
「この扉、鍵がなんか厳重じゃね?」
「そうだな。上の階は鍵がかけられているだけであった」
獰猛な魔物を押し込めるための代物なのか?
ゆっくりと考えている時間はない。次の監獄部屋だ。
このフロアの監獄部屋はやはり空き部屋が多い。
魔物が入れられている部屋もあったが、このフロアに異質なものを感じずにはいられなかった。
「もしかして、当たりなんじゃね?」
「そうかもしれんな」
監獄部屋を端から確認していく。
五つ目くらいの監獄部屋であったか。ついに人間が収監されている部屋を見つけた。
「おいっ、グラート!」
その部屋を発見したのはウバルドであった。
「どうした」
「ここにっ、人間が入れられてるぞ」
なんと……!
やはり扉が銀の鎖で縛られている部屋で人間を発見した。
彼は室内のベッドに横になっているようだ。
暗闇の中で身じろぎをしないから、目を覚ましているのかどうかわからない。
「失礼。俺たちはヴァレダ・アレシアからやってきた人間だ。あなたのお名前をお聞かせねがえないか」
まわりの部屋に届かないように、そっと声をかけてみる。
仰向けになっていた彼の腕と肩が、もぞもぞと動いた。そして、
「だれだっ」
彼も誰何してくれたが、水をほとんどあたえられていないのか、声がかなり枯れているようであった。
「俺はサルン領主グラートだ。ドラゴンスレイヤーと名乗った方が伝わりやすいか」
「ドラ……!? グっ、グラートさ……っ」
彼が起き上がろうとしたが、ノドをつまらせてせき込んでしまった。
いや、そんなことはいいっ。
「お前はシルヴィオか!」