第24話 魔族たちの背後を突け! サルンの関所に突撃
プルチアから早馬を飛ばして、三日目の朝にはサルンの近くにまで到達した。
周辺の村はすべて滅ぼされている。生存者はひとりもいない。
「ひどい……」
「これが、やつらのやり方ですっ。人間を見れば、見境なく襲う。ケダモノです!」
村の家屋はすべて焼きつくされている。家から立ちのぼった黒煙は曇天のかなたへとのびていた。
「報讐雪恨か。やつらはおそらく、都の占拠など考えてもいないだろう」
「ただの恨みつらみだけで進軍したっていうんですか! そんなバカなことがありますかっ」
「やつらにとって、ヴァールはそれだけ絶対的な存在だったということだ」
アルビオネの連中の恨みは深い。ヴァールの残党と侮れば、殺される。
「俺たち人間と魔族、どちらかが倒れるまで、この戦いは終わらないのだろうな」
「戦いなんて、したくないけど……」
「何を言ってるんですか! やつらが降参しないのなら、徹底的にたたきのめすまでですっ。そうでしょう!?」
人間と魔族で、わかり合えればよいのだろうが……。
廃墟と化した村を越えて、森を抜ける。
草原や街道にも、魔物によって食い殺された人々の死体が転がっている。
「この人たちも、魔物に殺されちゃったの?」
「そうだ。アルビオネの連中のしわざだろう」
「くそっ! やつらめ、地獄の底に突き落としてやるっ」
下馬して死体を検分する。
年齢は三十代……四十代か? 子どもの死体も転がっている。
胴体から腕が引きちぎられて、血がなくなるまで地面に流れたのだろう。
「グラート。埋葬、するの?」
「いや。残念だが、そんな時間はない。この者たちに魔族の侵攻をおしえてもらおうと思ってな」
お前たちの分まで、俺が生きよう。だから、力をかしてくれ。
地面に痕としてかたまった血は湿り気がまだ残っている。
胴や腕も、腐敗がそれほど進んでいないな。
「魔族はおそらくサルンにいるだろう。ふたりとも、気を引きしめるのだっ」
「うん……っ」
「もちろんですとも!」
フクロウの鳴く森を越えて、荒れ地を駆けるとサルンの関所が見えてきた。
「あそこ……!」
「ああ。サルンの関所だっ」
関所に立てられているはずの王国の旗が、すべて消えている。
関所のぶあつい壁はこわされて、門もとりはずされているか。
それなのに、関所の空はしずけさをたもっている。王国の人間の姿が、どこにも見えない。
「グラートさんっ」
「わかっている。あの関所はもう魔族の手に落ちている」
関所の空を自分の空のように飛んでいるのは翼竜だ。
関所の前には無数のテントが張られていた。
「いくぞ。このまま突っ込む!」
「りょうかいですっ」
ヴァールアクスをかかげて、突撃だ!
「ドラゴンスレイヤー推参! アルビオネの魔族どもめ、覚悟しろっ」
馬をテントにぶつけて、ヴァールアクスをふりまわす。
「な、なんだ!?」
「人間、だとっ」
テントをかこんでいたのはオークやゴブリンどもか。俺の敵ではない!
「死ねっ、鬼畜ども!」
「バフなら、まかせて!」
アダルジーザとシルヴィオも懸命に戦ってくれる。いいぞ!
「なんで、こんなところに人間がいるんだっ」
「かかれぇ!」
オークたちが石斧や長弓をとって、襲いかかってきた。
「ふっとべぇ!」
馬からおりて、ヴァールアクスをふりはらう。
斧は空を切り、真空の刃でオークたちをまとめて吹き飛ばした。
「ぎゃぁ!」
「なんなんだっ、こいつは!」
飛んでくる矢は、アダルジーザがかけてくれたバリアですべて防げる。
シルヴィオの双剣を使ったスピード殺法も、あいかわらずの威力だ!
「敵はたった三人だぞっ。なんで倒せないんだ!?」
お前たちごときで、俺たちが倒せるかっ。
「ふんっ!」
ヴァールアクスをひと薙ぎしただけで、十体の魔物の首がとぶ。
「その斧っ。その巨体! まさか……」
空で戦局を見まもっていた竜たちが、気づいた。
俺は戦いの手を止めて、ヴァールアクスを地面に突き立てた。
「さっきも名乗ったが、ここであらためて宣言しよう。俺はドラゴンスレイヤー・グラートだ。お前たちの主だったヴァールを討ちとったのはこの俺だ!」
大勢の魔物が、いっせいにどよめいた。
「お前たちはヴァールの無念をはらすために進軍しているのだろう。ならば、都ではなく俺にむかってこいっ!」
「な、なんだとぉ……」
魔物たちは戦意を喪失しているな。口ほどにもない。
「ヴァール様を殺った人間は死んだんじゃなかったのかっ」
「だから、協力してやったのに……」
なぜかは知らないが、俺は死んだことになっていたようだ。
アルビオネの軍は寄せ集めの集団だ。俺に大きな恨みをもっているのは一部の者だけだろう。
「残念だが、俺はここにいる。うそだと思うのなら、何人でもいい。かかってこい!」
「ぐ、ぐぅ……っ」
「俺にむかってくるなら、よし。むかってきたくないのであれば、尻尾をまいてアルビオネに引きかえすのだな」
「グラートさん!」
シルヴィオが駆けよってきた。
「なぜ、やつらを逃がすのです!? やつらは村や関所を焼きはらった張本人。ヴァレダ・アレシアの国土をふみにじった者すべてを、たたき殺すべきですっ」
「それはだめだ。過剰な殺戮は過剰な怨念を生む。俺たちがすべきことはやつらの殺戮ではない。都と国民の救出だ!」
ヴァールの残党狩りはいずれ再開しなければならないだろう。
だが、今は都の安全を第一に確保するのだ。
「ドラゴンスレイヤーだか知らねえが、かっこいいこと、ぬかしてくれんじゃねえか」
サルンの関所から、のっしのっしと近づいてくる巨体がある。
俺の二倍以上はあろうかという体躯に、太い腕。丸太のような足。
おそらくオーガか。
「ヴァールも、こんなちいせぇ野郎にやられちまうなんて、よわっちい野郎だぜ。あんなやつに付き従ってたなんて、恥ずかしくて言えやしねぇ」
「ほう。ヴァールの配下にも、お前のような不届き者がいるのだな」
「不届き者だと!? 俺たち魔族の世界を、貴様らみたいなひよわな人間どもといっしょにするなっ! 俺たちの王は絶対的な強者っ。人間なんぞに殺されるやつなど、俺たちの王ではないわ!」
オーガが右こぶしでなぐりつけてきた。
俺がふんでいた地面にこぶしがめり込んだ。
「ヴァールを殺した野郎はこのエルマ様がぶっ殺してやる! そうすれば、この俺様がアルビオネの王だっ」
エルマというオーガが巨体を生かして攻撃してくる。
その巨体を押しつけるたび、地面が氷のように破壊される。
「ふん、ちいせぇ野郎が、ちょこまかと逃げやがって」
だが、この程度の者であれば、プルチアのガレオスや岩の巨人の方がはるかに強かったぞ!
「お前はさっきから、自分の巨体をほこらしげにかたってくるが、身体がでかければいいというものではない」
「なんだと!?」
「貴様ごときでグラートさんを倒せるものかっ。いくぞ!」
シルヴィオが双剣を引いて、かがむように腰を落とした。
すばやい突進はツバメのように……速い!
「しねぇ!」
エルマというオーガは力まかせの攻撃しかしてこない。
やつの剛腕は驚異であるが、
「当たらなければ、どうということはない」
エルマの拳はシルヴィオの残像しかなぐれなかった。
「はっ!」
エルマの右腕が、宙をまった。
「ぐぎゃぁぁぁ!」
「まだまだっ」
シルヴィオのスピード殺法はすさまじい。
幻影剣と呼ばれる魔法の双剣を駆使して、俺では絶対にマネできない驚異的なスピードで敵を斬り倒す。
「こんな、はずは……」
エルマは全身を斬られて、血で紅く染め上げられていた。
シルヴィオ……さすがだ。
「グラートさんっ。後はおまかせします!」
「わかった!」
地面におろしていたヴァールアクスをとって、両手でかまえた。
「や、やめ、やめ……」
エルマよ。お前の名も心にきざんでおくぞっ。
「さらばだっ!」
全身の力をヴァールアクスに集約する。
ヴァールの黒い魔力をえた刃はエルマのふとった胴をまっぷたつに切断した。