第239話 最強の斧よ、今こそ覚醒の時!
西門のそばの厩が開く時間を待って、俺はシモン殿の屋敷を後にした。
ヴァレンツァの市街がなんだか慌ただしい。
槍をたずさえた兵が街道を闊歩し、殺伐とした空気に支配されている。
「ディベラ。アルビオネがついに動いたのか」
「わかりません。しかし、そうなってもおかしくない状況です。アルビオネで動きがあったのかもしれません」
大きな荷物をしょっている民間人が列を連ねている。
ちいさな子どもを連れた家族。男性がひとりで行列を待っている姿も確認できる。
老夫婦も、裕福な身なりの者たちも平等に列を乱さずに待機していた。
「アルビオネの攻撃にそなえて、民間人を今のうちに避難させるのか」
「おそらく、そうでしょう。アルビオネが攻めてくるのも時間の問題ですから」
「急いでアンサルディ殿の洞窟へ戻らなければ」
厩で借りていた馬を返し、イルムに乗り換える。
翼をひろげ、青い空へと飛翔する。
「ドラスレ様もサルンへ戻りたいでしょうが、時間がありません。カタリアのトレヴィシア山に戻ったら、次の行動にうつりましょう」
「了解した。イルムの操作、当てにしているぞ!」
不安定な地上と違い、空は澄み渡っている。
上空の風は少し冷たいが、熱を帯びた身体をほどよく冷ましてくれる。
サルンとカタリアの山々が、アルビオネをさえぎるように連なっている。
お前たちが悠久の時を経て守ってくれているこの国を、俺も守る。
この緑ゆたかな大地を、アルビオネの魔物たちに蹂躙させない!
高速の空の旅を続け、陽が暮れた頃にアンサルディ殿が住む洞窟へ到着した。
洞窟に人の気配がない。アンサルディ殿は留守なのか。
ダニオは? ルーベンとウバルドはどこに消えたのだ。
「ただでさえ静かな洞窟から物音ひとつ聞こえませんね。あなた様のお仲間はどこに行ってしまったのですか」
「ルーベンとウバルドだな。わからない。俺に何も告げずにここを去らないと思うが……」
一抹の不安を感じながら、洞窟へと入る。
洞窟の底からただよっている、湿り気のある空気がいつも以上に冷たく感じられた。
洞窟の最深部まで降りると、白い布の上に置かれた青の斧を発見した。
俺とディベラが発ってから、だれもこの斧に触れていないのだろう。
アンサルディ殿はぼろ布のような掛け布団をかけて、横になっていた。
「む。だれかと思ったら、お前か。ドラスレ」
「遅くなってすまない。文献の解読を済ませてきた」
アンサルディ殿から借りていた文献を返す。
アンサルディ殿がむくりと起き上がって、文献を受けとった。
「青の結晶の力を引き出す方法は、これに書かれていたのか?」
「ああ。預言石によって潜在力を引き出すのだそうだ」
シモン殿から教えられた方法をアンサルディ殿に説明した。
俺の話を彼は半信半疑で聞いていたようだが、途中で言葉をはさむことなく、最後まで耳をかたむけていた。
「青の結晶に秘められた力を、その紫色の石で解放するのか。にわかには信じられんな」
「そう思うのは無理もない。あなたはこの預言石を初めて見るだろうからな。預言石は人や物、あらゆる物質や生命体に潜在されている力を引き出す効果があるのだ。
預言石を人に使えば爆発的な力を引き出すことができるし、火や石などのエレメントに使えば生物と同じように活動させることができる。青の結晶と同じく預言士が遺した物質であるから、相性はいいはずだ」
青の斧の前に座り、シモン殿からいただいた預言石をそばに置いていく。
青の斧から発せられている光が、わずかに強くなった気がした。
虹色にかがやく亡者の監獄もまんなかに配置する。
青の斧と、預言石と、亡者の監獄。超文明の遺物がここにすべてそろった。
「これから、どうやって斧の力を解放するというのですか」
「わからない。預言石と亡者の監獄を斧にかさねて念じるしかないか」
青の斧を引き寄せて、預言石を刃と柄にかさねる。
亡者の監獄を乗せると、虹色の光が強くなったぞ。
「何が、起こるというのだ」
亡者の監獄のまんなかに開けられたちいさな穴から、七色の冷たい光が放出されはじめた。
幻想的な光だが、全身から怖気が走るのはどうしてだ。
七色の光が斧の上でちいさな渦をつくり出す。
極光の渦だ。この不気味な光景は、ヴァールが復活したときと同じだっ。
「あれぇ、おっさん、帰ってきたのぉ?」
部屋の外で寝ぼけ眼をこすっているのはダニオか。
ダニオは目をしぱしぱさせていたが、部屋の異様な光景に気づいて目を見開いた。
「な……っ、なに、これ」
預言石と青の斧がひかり出す。
青の斧から、強く押し出されるような力を感じるぞっ。
「な……んだっ。どうなって……」
アンサルディ殿も青の斧の圧倒的な力を感じて、言葉をうしなっていた。
「斧の力が……いや、青の結晶の潜在力が、預言石によって解放されているというのですか」
預言石が音を立てて割れる。
青の斧の光が強くなっていく。
亡者の監獄から放たれた虹色の極光が……いや、あればゾンフ平原で集められたヴァールの魂の残滓だ。
ヴァールの魂の一部がゆっくりと降りて、青の斧に吸収されていく。
「ヴァールの力を、青の結晶が吸収したというのか」
これが、青の結晶の真の力だ。
斧の内に感じていた純粋な力が、預言石によって顕在化されたのだっ。
やはり、この斧はかつての斧を超える最強の斧だ。
俺はこの斧を駆使し、ヴァールを倒す!
「ドラスレの、言う通りだったのだな。預言士という古代人が遺した石を使わなければ、この斧は完成しなかったのだ。どうりで、俺が死力を尽くしても斧の真価を引き出せなかったわけだ」
アンサルディ殿が立ち上がり、青の斧に近づいた。
おそるおそる右手を出して、青の斧に触れる。
青の斧はまばゆいばかりの青い光を発し続けていた。
「ドラスレ、もう一晩だけ、この斧を俺に手入れさせてくれ。ヴァレンツァ一の名工と謳われたこの腕にかけて、最強の斧を完成させてやる!」
「わかった。いま一度、あなたにこの斧をたくそう。あなたの腕を信じているぞ!」
* * *
アンサルディ殿は夜通しで青の斧を完成させてくれた。
ヴァールアクスを基に青の結晶でつくり直されたこの斧は、絶大な破壊力と青く冷たい力を宿す最高の斧へと仕上げられた。
「おったまげたぁ。あのへぼかった斧が、こんなすげぇもんに生まれ変わっちまうとはよぉ」
洞窟の前の森が拓けた場所で青の斧をお披露目する。
ルーベンは青の斧から発せられる強い力を感じとって、ちいさく唸っていた。
彼とウバルドはミズリナ湖の向こう岸まで行って、釣りをしていただけのようであった。
「ほんとだな。前に見た失敗作と雲泥の差だ。何をどうすれば、こんなに生まれ変わるんだ?」
ウバルドも寝ぼけたような言葉を発するが、
「預言石を使って青の結晶がもつ力を引き出したのだと、先ほど説明しただろう?」
「そうだったか? たしかに、そんな話を聞いたような気がしたが」
青の斧がこんなに生まれ変わると思っていなかったのだろうな。利発な彼にしてはめずらしく頭の回転がにぶい。
「預言石を使ったのも大きいが、アンサルディ殿があきらめずにこの斧を鍛えてくれたから、最高の光をもつ斧に仕上がったのだ。アンサルディ殿、心から礼を言わせてもらうぞ」
アンサルディ殿はすぐにかぶりをふった。
「最後まであきらめなかったのは、ドラスレ、お前だ。俺はこの斧の力を引き出せなかったとき、あらゆる手を尽くしたとあきらめていた。だが、お前が最善を尽くしてくれたから、俺も奮起できたのだ」
「いや。あなたの腕がなければ、この斧は完成しなかった。俺はあの文献の解読を依頼しただけに過ぎない。やはり名工の腕なくして最強の武器はつくれない。この斧が完成したのは、あなたのお手柄だ」
「ふ。それを言うなら、伝説上の物質を遠い北の地まで取りに行ったお前も相当な手柄だがな」
アンサルディ殿とかたい握手をかわす。
「武器職人を続けて何十年という月日が経つが、これほど感動する武器に出会えたのは初めてだ。ドラスレ、ありがとう」
この斧は、皆の努力と英知が結集された斧だ。
この斧ならば、どのような強敵が立ちふさがっても倒せるぞっ。
「すげぇ。お師匠さんは、やっぱすげぇ! 俺もいつか、こんな斧をつくってやるぞぉ!」
ダニオが元気よく飛びはねる。
まぶしい朝陽に照らされて、おだやかな空気につつまれた。
「俺らも、おっさんに謝んねぇとな」
「アンサルディ殿が、またもやグラートの最強の斧をつくってくれた。これで、俺たちはまたヴァールと戦える。あなたの腕なくしてヴァレダ・アレシアの平和は守れないということか」
素直に謝罪するルーベンとウバルドに、アンサルディ殿が頬をゆるめた。
「非礼を詫びるつもりではなかったのだが、お前たちの剣と槍も手入れしておいた。部屋にあるから、もっていけ」
「えっ、マジか!」
「なんと……!」
「はげしい戦いで刃も柄もかなり痛んでいたからな。魔物の攻撃に耐えられるように黒鉄で補強しておいた。王国の未来をたのんだぞ!」
これで、ヴァール討伐の準備がととのった。
どこかにいるシルヴィオとジルダをたすけて、ヴァールと戦う。
次こそ、俺は負けないぞ!