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第237話 青の斧の手がかりを求めてヴァレンツァへ

 ディベラが駆るイルムにまたがり、三日月が浮かぶ空へと飛び立つ。


 日の出を待っていられるほど、俺たちに余裕はない。


「ディベラ、すまないな。帰ってきたばかりだというのに」

「かまいません。わたしの都合など、あなた様の武器を新調することと比較すれば、取るに足らないことです」


 そのようなことはないと思うが……。


「あの青い武器はあきらめた方がよいと思いますが、もう少しだけ足掻くというのですね」

「そうだ。あの武器は、ディベラたちにも協力してもらった武器なのだ。簡単にはあきらめたくない」

「わたしたちに義理立てなどしなくていいんですよ。あなた様がヴァールを倒すことが先決です」


 ディベラは冷たく言い放つが、きっと俺を気遣ってくれているのだろう。


「いや、もう少しだけ、あの武器にこだわらせてくれ」

「わかりました。ですが、再三にわたって申し上げますが、ヴァレダ・アレシアとアルビオネの緊張はかなり高まっています。一刻の猶予もない状態へと差し迫っているのです。つまらない武器になどこだわらず、現実的な施策をとるべきです」


 ディベラは手厳しいな。


「わかった。その忠言、しかと聞き届けよう」


 暗闇の空を銀色の月が照らす。


 月の光がカタリアの山々を映し出し、おぼろげな道をしめしている。


 星と地上の間を厚い雲がさえぎっている。星はあまり見えない。


「ドラスレ様の武器をなんとか新調したとして、その次はどうするつもりですか。ヴァレンツァでヴァールを出迎えるのですか。それとも、カタリアの要塞に向かうのですか」

「判断にまような。シルヴィオをジルダを探し出したいが」


 シルヴィオ、ジルダ……! どうか元気でいてくれっ。


「あなた様がヴァールと戦ったときに連れていた仲間ですね」

「そうだ。あのふたりをなんとしても救い出したい」

「あなた様がヴァールと戦ってから、かなりの日にちが経過しています。もしかしたら、もうこの世にはいないかもしれませんが」

「それでも、あのふたりを探し出すのだっ」


 シルヴィオとジルダは絶対に生きているっ。俺はあきらめないぞ。


「ふぅ、あなたもなかなか厄介な性格ですね」

「ゆるせ。あのふたりは大切な臣下だ。身命を賭して救出すべき者たちだ。たとえマドヴァの地下牢に閉じ込められていたとしてもだ」


 ディベラが俺に聞こえるように嘆息した。


「あなた様もなかなか剛情なお方だ。あなた様をお守りせよと、陛下から仰せつかっております。わたしたちも手助けしますよ」

「なんだとっ、陛下が!?」


 陛下の体調はお変わりないか。


「陛下はあなた様の身をとても案じておられます。マドヴァの特殊作戦も失敗してしまいましたから、余計に気がかりだったのでしょう」

「なんと、陛下が……」

「ドラスレ様がまたマドヴァへ潜入するなんて聞かれたら、陛下は倒れられてしまうでしょう。または、あなた様の無謀な行動を止めるように厳命されるかもしれません」


 たとえ陛下からくだされた勅命であっても、行動を封じられるのは困る。


「ですから、しかたありません。秘密裏に任務を遂行しましょう」

「すまない。恩に着る」


 ディベラたち諜報員にたすけられてばかりだ。


「シルヴィオとジルダは、ヴァレダ・アレシアを支える忠臣となる存在だ。ふたりを絶対にたすける!」

「おふたりが生きておられるか、まだわからないというのに……」


 夜を徹して空の旅を続け、次の日の朝にヴァレンツァへ到着した。


 ヴァレンツァは東西南北の四方の門が厳重に警備されている。


 警備兵たちが通行人をきびしく取り締まり、街が異様な緊張感につつまれている。


 だが、外敵から攻撃された形跡はない。


 ディベラが言う通り、表立った問題は起きていないようだ。


 ディベラが用意してくれた外套を着て、黒いフードとマスクで顔を隠す。


 俺を諜報員の部下ということにして、ヴァレンツァの西門を通過した。


「ヴァレンツァは平和なようだが、かなりぴりぴりしているな。これからすぐに戦争が起きてしまいそうな気配だ」

「そうでしょう。今はまだ問題が顕在化していませんが、ちょっとした諍いが発生しただけで大きな争いへと発展してしまいそうな、殺伐とした空気が覆いかぶさっています。このままだと、ヴァールを倒す前にヴァレンツァが自滅してしまうかもしれませんね」


 そのようなことが起きないように、最強の斧を早くつくり、ヴァールを倒さなければ。


 イルムを厩へあずけ、借りた馬に乗り込む。


「侍従長シモンチェリ殿は、ヴァレンツァにいるようですが、お住まいもご存じなんでしょうね」

「もちろんだ。道案内をするから、ついてくるのだ」


 ひさしぶりに乗る馬は軽快に進んでくれる。


 このまま風を切って、遠い山野さんやまで駆けていきたい気分だ。


 シモン殿が住む屋敷はヴァレンツァの郊外にある。


 馬で駆ければ、すぐに到着する場所だ。


 森に囲まれたのどかな場所にシモン殿の大きな屋敷が建っている。


 騎士の邸宅のような、立派なたたずまいの屋敷だ。


「これが、侍従長シモンチェリ殿のお屋敷か」

「そうだ。とても立派な屋敷だろう」


 下馬し、柵門のそばにある呼び鈴で召使いを呼ぶ。


 シモン殿はちょうどご在宅のようであった。


 召使いの女性に事情を話して、屋敷の中へと招いていただいた。


「シモンチェリ殿があの斧の手がかりを教えていただければよいが……」

「そうだな。シモン殿の知識に賭けるしかあるまい」


 ここへ来るのは、何度目か。


 シモン殿は俺のことをおぼえているだろうか。


 召使いから案内した客室で待っていると、床を蹴る子どもの足音が聞こえてきた。


 きらびやかな扉がいきなり押し開けられて、


「ドラスレくんっ。ドラスレくんが帰還したというのは本当かね!?」


 あの子どものような風貌と、少しクセのあるしゃべり方。


 この方と会うのは何カ月ぶりか。


「シモン殿っ。おひさしぶりです」

「おおっ、ドラスレくん。本当にきみなんじゃな!」


 シモン殿が俺に飛びつく。


 ちいさい身体は、子どものように軽い。


「おかしなことを聞かないでくだされ。わたしの偽者が訪れたと思っていたのですかっ」

「何を言っておるっ。きみはアルビオネに向かったまま、消息が断たれたと騒がれておったのだぞ。わしや陛下がどれだけ心配したか、きみはわかっておるのかっ」


 ヴァレンツァでそのように噂されていたのか。


「ご心配をおかけしました。わたしはここにいます。アルビオネで凶悪な魔物たちに囲まれましたが、こうして生きています」

「うむ、うむっ。そのようで安心したわ。まったく、だれじゃ。きみが死んだなどと、よからぬ噂を流した不届き者は。寿命が縮んでしまうではないかっ」


 枯れた声で懸命にしゃべる様子がおかしかった。


「ドラスレ様」


 ディベラにうながされて、シモン殿を床に下ろした。


 シモン殿は彼女に気づいて、首をかしげた。


「おや? きみは……前にいた田舎っぽい娘とは違うな」

「はじめまして。わたしは宮廷に仕える諜報員のディベラと申します。お見知りおきを、シモンチェリ様」

「諜報員!? そんな娘がドラスレくんといっしょに行動していたとは……やはり、アルビオネ絡みか」

「もちろんです。さすが、侍従長様。よくご存じで」


 シモン殿はアルビオネとヴァレダ・アレシアの状況を知っておられるようだ。


「あたり前だ。わしをだれだと思っておる。アルビオネの動きが活発化し、今にもここへ攻めてこようというのだろう?

 まったく、やつらは獣だ。大した理由もないのに、われわれ人間の国を攻めて、どのくらいの利益が得られるというのだ。知能が低いにもほどがある!」


 アルビオネでヴァールが復活したことまでは知らないか。


 だが、混乱の種になる。不用意にしゃべってはいけない。


「ようするに、きみとドラスレくんは、アルビオネ絡みでわしのところに訪れたということじゃな」

「その通りです。アルビオネを壊滅させるために、ドラスレ様の新しい武器を製作しているのですが、シモンチェリ様の知恵をお貸しいただきたいのです」


 アンサルディ殿が所持していた文献をシモン殿へわたした。


 シモン殿が古めかしい表紙を開くと、表情を一変させた。


「これはもしやっ、超文明の古文書ではないかね!?」

「はい。とある筋から入手したものですが、シモン殿に古代文字の解読をお願いしたいのです」

「なんと! ドラスレくんが生きていたばかりか、超文明の古文書まで手に入るとは、なんとすばらしい日じゃ! こんな幸運が舞い降りてくるとは、わしの日頃の行いがそれほどよかったのかっ」


 シモン殿がおもちゃを買ってもらった子どものように狂喜している。


 古代文字の知識ももっておられるのかもしれない。


「その古文書は知り合いから借りたものですから、シモン殿にゆずることはできません」

「なんとっ。むむ、そうであったか」

「わたしたちは、その古文書をなんとしても解読しなければならないのです。解読をお願いできますか」

「もちろんじゃ。この古文書ごといただきたかったが、中身が見れるだけでもありがたいわい。それにしても、こんな貴重なものをどこで手に入れたんじゃ? アルビオネに落ちているとは考えられんし」

「わたしの知り合いに、ヴァレンツァでかつて活躍していた武器職人がいるのです。その方から一時的にお借りしたものです」

「ほほう、そういう理由であったか。ふふ、超文明の解読であればお手の物じゃ! わしにまかせておけ」


 さすがシモン殿だっ。大船に乗ったつもりで待つことができるな。


 貴重な文献を抱えるシモン殿を、ディベラが不思議そうにながめていた。


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