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第236話 青の斧の製造失敗!? ドラスレの知恵

 アンサルディ殿は死力を尽くしてくれたが、斧の破壊力を上げることはどうしてもできなかったようだ。


「文献をもとに打ち方を変えたり、製法を工夫してみたのだが、こいつの力を引き出すことがどうしてもできないのだ」


 アンサルディ殿の重たい口から苦々しい言葉が吐き出される。


「こんなにむずかしい素材は初めてだ。ヴァールの素材は逆に力がありすぎて、抑えるのに苦労したのだが」

「ヴァールアクスを鍛えるときと真逆の結果になってしまったということか」

「そうだ。こいつからとてつもない力を感じるんだがな。どうしてなんだっ」


 アンサルディ殿でも、青の結晶から武器をつくることはできないのか。


 新しい武器がつくれなければ、ヴァールに対抗することはできない。


 どうする……!?


 アンサルディ殿が鍛えた鉄製の武器をいただくか?


 鉄製の武器であっても、アンサルディ殿が鍛えた武器は強力だ。


 この武器で俺は北の古代遺跡まで行き、凶悪なガーディアンや雪の巨人を倒してきた。


 しかし、鉄製の武器でヴァールを倒せるのか?


 ――やめとけ。こいつじゃ、俺様は斬れねぇよ。


 ヴァールアクスを軽々と受け止めたヴァールの姿が、脳裏にありありと思い浮かぶ。


 だめだ。アンサルディ殿が鍛えた斧であっても、ヴァールアクスを超える斧でなければ、ヴァールを倒すことは――。


「ふざけんなよっ!」


 ルーベンの怒声が突然ひびいた。


「どうしてだ、じゃねぇよっ。てめぇが下手だから悪いんだろうがっ」

「ルーベンっ、やめろ!」


 ウバルドがルーベンの前に立つが、彼の怒りを止めることができない。


「どけっ」

「うわぁ!」

「おい、てめぇ。今さら、できませんでしたなんて言わせねぇからなっ。俺らはてめぇのふざけた要求にこたえて、あんな遠い北の山まで行ってきたんだ。死にかけても必死に戦ってこれたのは、てめぇが最強の武器をつくると信じてたからなんだぞ!」


 ルーベンの魂のさけびが怒号となって吐き出される。


「グラートなんか、文句ひとつ言わねぇで寒い場所まで行って、手足を凍らせながら青いやつを手に入れてきたっつうのに……それなのに、どうしてだじゃねぇだろうが」


 落胆がひどくて、ルーベンを止める気力がわかなかった。


 ルーベンの乱暴な言葉は、俺やウバルドの思いを代弁していた。


 俺はどれだけ苦労してもいい。


 だが、俺とともにつらい試練に耐えてくれたルーベンやウバルド、そしてディベラたちにかける言葉が見つからない。


 皆の思いを、労苦を無駄にしたくない!


「すまない。お前の言うことに反論できることは何もない」


 アンサルディ殿が、俺たちに頭を下げていた。


「んだとっ」

「お前たちに無理難題を負わせ、おのれの実力に驕っていたのは俺自身だった。ここでお前たちに八つ裂きにされても、ひとつも文句は言えないだろう」

「たりめーだ! うだうだ言ってねぇで、こいつをさっさとつくりなおせっ」

「それは無理だ。先ほども言ったが、俺はあらゆる手を尽くしてこの斧をつくった。しかし、斧の力を上げることはできなかったのだ。もう、他にできることはない。違う素材を探して、別の武器をつくるしかないのだ」


 アンサルディ殿が立ち上がって、ルーベンとまっすぐに向き合った。


「てめぇ!」

「やめろ!」


 これ以上は見ていられない。


 俺は全力でルーベンを止めた。


「はなせっ、グラート!」

「だめだっ。ルーベンにアンサルディ殿を殴らせるわけにはいかないっ」

「なんでお前が止めるんだっ。お前が一番、むかついてるんだろうがっ」

「最強の斧がつくれなかったことは残念でならないが、アンサルディ殿を責めても最強の斧は手に入らないだろうっ。いいから冷静になるのだ!」


 心に痛みを感じながら、ルーベンを背後から抱き留めた。


「グラートの言う通りだっ。いいから一旦落ちつけっ」


 ウバルドもルーベンを前から抱きついて、彼を必死に止めてくれた。


「くそっ、ふざけんなぁ!」


 ルーベンはさけびながら、泣いていた。



  * * *



 陽が暮れた頃にディベラがひとりで帰ってきた。


 洞窟の前でイルムを留めた彼女を出迎える。


「ドラスレ様。ひとまずヴァレンツァに戻り、ヴァレダ・アレシアとアルビオネの状況を確認してきました。戦争はまだ起きていません」

「ご苦労。カタリアの関所でも衝突はまだ起きていないのだな?」

「はい。ですが密偵の報告によると、アルビオネは着々と軍備をととのえているそうです。南征を開始するのは、時間の問題かと」


 ヴァレンツァが平和なのは朗報だが、のんびりしていられる状況ではないぞ。


「わかった。一刻も早くヴァレンツァへ戻り、迎撃の準備をととのえなければな」

「あなた様の臣下の情報についても部下にあつめさせています。じきに得られると思いますので、今しばらくお待ちを」

「ありがたい。恩に着る」


 ディベラたちは優秀な諜報員だな。


「ところで、例の武器は完成したのですか。そろそろ完成してもよい頃だと思うのですが」


 ディベラに伝えたら、ルーベンと同様に激怒してしまうだろう。


「新しい斧は、つい先ほど完成した。しかし、実戦では使えない武器であった」

「な……っ、なんですって」

「アンサルディ殿が尽力してくれたおかげで、斧のかたちは留めているのだ。だが、ヴァールアクスを超える破壊力があの斧にはない。あれでは、ヴァールに太刀打ちすることができない」


 冷静なディベラが愕然としている。


 肩の力をなくし、今に倒れてしまいそうであった。


「そんな……。では、わたしたちのこれまでの苦労は、すべて水の泡になってしまったというのですか」

「そういうことになる。無理を言ってあんな遠い北の果てまで同行してもらって、申し訳ない」


 アンサルディ殿に代わって、頭を下げるしかなかった。


「では、どうやってヴァールを倒すというのですか」

「それは……」

「新しい斧がなければ、ヴァールは倒せないのでしょう!? それなのに、どうやってヴァールと戦うのですかっ。あなたでなければ、あの暴君に太刀打ちできないのですよ!」


 ディベラの強い言葉が胸に何度も突き刺さる。


「わたしたちはっ、あなたの武器を用意するために北のエルブス山まで同行したのです。それは、あなたがヴァールを倒し、ヴァレダ・アレシアを救う手助けになると思ったからです。

 それなのに、またはじめからやり直しになってしまうのですかっ。こんな事実は受け入れられません! だって、ヴァールが今に攻めてこようとしているんですよっ」


 ディベラの言葉はすべて正しい。


「わかっている。だが……」

「ドラスレ様は、どうして悠長にかまえていられるのですか! あなたには危機感というものがないのですかっ」


 俺だって充分に危機は感じている。だが、打開できる方法が見つからないのだっ。


「アルビオネの情報をのんびりと探っている場合ではありません。こんな洞窟に住む武器職人などさっさと見切りをつけて、あなたの新しい武器を用意する方法を講じるべきです」

「わかっている。荒々しい言葉を並び立てないでくれ」


 地面にどかりと座り込む。


 そうだ。悠長にかまえている場合ではないのだ。


「申しわけありませんでした。わたしとしたことが、われを失ってしまいました」

「かまわない。きみの言うことはすべて正しい」

「武器をつくる職人は他にもたくさんいるでしょう? 他の人をたよってみたら、いかがですか」


 それはひとつの方法であるが、まだアンサルディ殿がつくられた斧をあきらめたくない。


 あの青の斧に驚異的な破壊力を感じなかったが、ただならない力があると思っていたのだ。


 あの斧を生かす方法はないのか。


 ディベラを連れてアンサルディ殿の下へ戻る。


 彼は洞窟の最深部で地面にあぐらをかいたまま、ずっと静止していた。


「おっさん……」


 出迎えてくれたダニオの頭をさする。


「アンサルディ殿。あなたが参考にしていた文献を見せていただけないか」


 青の斧の力を引き出す方法があるのではないか。


 皆の力を結集したこの斧を、簡単にあきらめたくない!


「かまわないが、何をする気だ?」

「青の斧の力を引き出す方法を探すのだ」

「斧の力を引き出す方法だと」


 預言士たちは青の結晶を使って強力な武器を製作していたのだろう。


 最強の斧に仕上げる方法が必ずある! あきらめるなっ。


 青の結晶に関する文献は古代の文字で紡がれているのか。


「あなたは、こんな文献から情報を引き出そうとしていたのか」

「そうだ。俺も古代文字など読むことはできないが、挿絵や素材の性質を推測して、情報を整理していたのだ」


 これでは、青の斧の製作を失敗してしまうだろう。


「ドラスレ様。何かわかりそうですか」


 ディベラが横からのぞき込んでいた。


「ディベラは古代文字にくわしいか?」

「古代文字? いえ、専門外ですが」


 諜報員であるから、古代の文献にも明るいと思っていたが、その見通しは甘かったか。


「この古い文献を解析すれば、新しい手がかりが得られるのですか」

「そうだ。青の斧の製作で何か足りないものがあるか、あるいは製法が誤っているのか、手がかりがあるはずなのだ」

「その斧は、もうあきらめた方がよいと思うのですが……」


 いや、あきらめるのはまだ早いっ。


「ようするに、この古代文字を解読できる方を探せばいいのですね。ヴァレンツァに、だれかしらいるんじゃないですか」

「ヴァレンツァにか」


 たしかに、そうかもしれんが……。


 シモン殿! 預言士と超文明に精通した人がヴァレンツァにいるではないかっ。


「シモン殿だっ。あの方ならば、この文字を解読できる!」

「シモン、殿……?」

「侍従長のシモンチェリ殿だ。彼は預言士と超文明に精通した方で、俺は面識がある。シモン殿をたずねればよいのだ」


 シモン殿ならば、青の結晶のことも知っている可能性が高い。


 アンサルディ殿が細い目を見開いていた。


「ドラスレ、この斧を復活させる方法があるのかっ」

「ああ。おそらく、あるっ」

「な、なんと……!」

「この斧の力を引き出す正しい方法が見つかるかもしれない。しばらく、あきらめないで待っていてくれ」


 アンサルディ殿のかたい表情が、少しだけやわらかくなった。


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