第235話 ドラゴンスレイヤーの束の間の休息、そして新しい斧が完成?
ヴァールの侵攻も気がかりであるが、マドヴァではぐれてしまったシルヴィオとジルダの行方が心配だ。
彼らは無事であろうか。アルビオネに捕まっていたとしたら、もう殺されてしまったのではないか。
今すぐにたすけに行きたい。だが、それはできない。
「あのおっさんが武器をつくったら、これからどうするんだ?」
ルーベンがウバルドと湖畔から戻ってきた。
焚き火のそばにどかりと座り込んで、俺にたずねてきた。
「ヴァレダ・アレシアとアルビオネの情勢がわからない。これを整理しないかぎり、次の行動へはうつせないだろう」
「そっかぁ。やみくもにアルビオネに突っ込むんじゃだめなのか」
「それではヴァールを倒せない。やつと戦うのは、あちらがヴァレンツァへ侵攻してきたときか、こちらが軍を率いてマドヴァまで攻め込んだときだけだ」
単身でヴァールと戦えれば、物事が簡単に処理できるのであろうが。
「む。だから、諜報員の女たちがいなくなったのか?」
ウバルドはディベラたちがいないことに気づいたか。
「そうだ。彼女たちに情報収集を依頼した」
「そうか。だが、そうするとイルムもいなくなっちまうから、俺たちの足もなくなってしまうんじゃないか?」
その通りだ。彼女たちが戻ってくるまでの数日間、俺たちはここから動くことができない。
「そうだな。ディベラたちが戻ってくるまで、ここで待つしかあるまい」
「こんな、何もないところで待つのか。そのうちにアルビオネがヴァレンツァに侵攻していたら、シャレにならんぞ」
ウバルドの言う通りであるか。
「そんときゃそんときよ。とりあえず、アンサルのおっさんに釣り竿でも借りて釣りすっか?」
「ルーベン、お前……こんなときによくのんきなことを言えるな」
俺もルーベンのような図太さがほしいな。
「アルビオネに残したシルヴィオとジルダが心配だ」
「シルヴィオ……? そうか。あいつは今やお前の配下だったな」
「そうだ。マドヴァでヴァールと戦った後にふたりとはぐれてしまった。ふたりともヴァールにやられて、魔物たちで埋め尽くされたあの戦場に取り残してしまったから、とても心配しているのか」
「それって、やばいんじゃないか。すでに魔物に食われてるかも……」
そんなはずはない!
あのふたりは強い。たとえアルビオネの魔物たちに捕らえられても、自力で脱出してくれるはずだっ。
「じゃあ、そのふたりを早くたすけねぇとな」
ルーベンが強い言葉で言った。
「ああ、そうだ」
「敵の大将を倒すのもいいが、仲間をたすけるのが先だろうよ。じゃなきゃ男がすたる」
その通りだ。新しい斧が完成したら、まっさきにマドヴァへ向かわなければ。
「アルビオネに捕まったやつらもいいが、お前の他の仲間は平気なのか? サルンにいるんだろ」
ウバルドが言っているのは、ドラスレ村に残したアダルジーザや村の者たちのことか。
「アダルや村の者たちは、戦える者だけを村に残して後はヴァレンツァへ避難させている。ヴァレンツァにいれば、すぐに命の危機に直面することはないだろう」
「なんだ、しっかりと手配していたのか。あいかわらず気がまわるやつだな」
「ドラスレ村とサルンをむざむざとうしないたくはないが、彼らこそうしないたくないからな。アダルたちにも危険なら早く逃げるように伝えている」
アダルジーザや村の者たちは無事だろうか。早く帰って顔を見せたいが。
「そうだな。それがいいだろう」
ウバルドが遠いサルンに思いをはせながら言った。
* * *
アンサルディ殿が斧をたたいている間、俺たちにできることは何もない。
イルムを駆るディベラたちも数日間は帰ってこないため、カタリアの山を下りることもむずかしい。
そのため、ルーベンにすすめられた通りに湖で釣りに興ずるしかなかった。
「いやっほう! でけぇのが釣れたぜぇ」
おだやかな湖畔でルーベンたちと釣り糸をたらす。
ルーベンが勢いよく釣り竿をあげて、大きな魚を釣り上げた。
「ほれみろ、ウバル。でけぇのが釣れたぜぇ」
ルーベンが釣った魚はまるまると太っている。尾びれの力も強い。
「わかったから、いちいち見せにくるなっ」
一方のウバルドはまだ一匹も釣れていない。
「ウバルもそのうち釣れるって。元気だせよ」
「うるさい。お前はいいから向こうへ行けっ」
魚が釣れないから、かなり苛立っているようだな。
「なんでい、かりかりすんなよ。グラートは、ぼちぼち釣れてるみてぇだな」
「ああ。小ぶりだが、何匹か釣れているぞ」
「ははっ、けっこうけっこう。お前らの腹は、俺様が釣った魚で満たしてやるよ!」
ルーベンが「がはは」と笑って、自分の釣り場へと戻っていった。
ウバルドが怨念を飛ばしそうな様子で彼の背中をにらんでいる。
「くそ、あの野郎。自分だけ大物が釣れてるからって、いい気になりやがって」
「いいではないか。釣った魚を独り占めするつもりはないようだから、後で分けてもらえばよいのだ」
「いや。あの野郎、後で魚を焼くときも、てめぇの釣りの成果をここぞとばかりに勝ち誇ってくるぜ。あいつは、そういうやつだ」
ルーベンのことは、ウバルドの方がよく知っているか。
「グラートだって、くやしくだろっ」
「俺か? 特段くやしくはないぞ」
ウバルドが木の椅子から転げ落ちそうになった。
「お前は……なぜ他のやつと張り合おうと思わないんだ」
「仲間うちの勝負で必死に勝たなくてもよいだろう。釣った魚を独り占めするというのであれば、話が変わるが」
「そういえばお前は、むかしからそういうやつだったな。聞いた俺がバカだった」
俺はウバルドやシルヴィオと違って、仲間うちで競うのは好きではない。
それゆえ、勇者の館で活動していた頃はウバルドの気持ちに気づけなかったのかもしれない。
「おーい、おっさんたちぃ。お師匠さんが呼んでるぜぇ」
ダニオの声だ。
ふり返るとダニオが森のそばで手をふっていた。
「最強の斧がついに完成したのか?」
「いこう!」
桶に入れた魚と釣り竿を抱えて洞窟へ戻る。
胸の鼓動がみるみる早くなっていくのを感じる。
ついに、新しい斧が完成したのかっ。
「やっとできたのか。待ちくたびれたぜぇ」
「おい、お前、お師匠さんの悪口を言うな!」
ルーベンとダニオが言い争っているのを尻目に、洞窟の最深部へと降りていく。
アンサルディ殿は地面にあぐらをかいたまま、顔をわずかに傾けていた。
「アンサルディ殿。斧がついにできたのか」
アンサルディ殿が顔を上げるが、表情はあまり明るくない。
「かたちだけはな」
かたちだけ……?
「これが完成した斧だ。もってみろ」
アンサルディ殿の前に白い布が敷かれている。
その上に置かれている真新しい斧が、完成した最強の斧かっ。
「うわ……っ」
「す、すげぇ……」
青の結晶を素材としてつくられた斧だ。
巨大な蒼玉がそのまま斧のかたちとして鍛造されている。
刃、柄、石突きにいたるすべての部位から青い光が発せられている。
まるで斧のかたちをした宝石だ。
不思議な斧だ。このような斧は今まで見たことがない。
柄のまんなかに手をのばす。
もちあげると、ずしりと重さが腕と指先にのしかかる。
美しい。見た目はとてもすばらしい斧だ。
しかし、どうしてだろう。ヴァールアクスから発せられていた血に飢えたにおいが一切感じられない。
「気づいただろう。青の結晶によって美しい斧に仕上がったが、この斧には破壊力がない。ただ美しいだけの芸術品なのだ」
美しいだけの、芸術品……。
「なんだって!?」
「それじゃあ、俺たちがあんな思いをして北の遺跡に行ってきたのは、無駄だったっていうのか!?」
そんな、バカなことが……。
「お前たちには遠くに行ってもらって、申し訳ないが……今、俺たちの目の前にあるこいつが、その答えだ。青の結晶で武器をつくるのは、失敗だっ」
アンサルディ殿の無情な宣告が言い渡された。