第233話 青の結晶を入手! オウル村へ帰還
預言石を破壊することができたようだ。
地面に落ちた預言石の欠片は光を失っていた。
「グラート。お前がやった、のか?」
ルーベンは雪の巨人が止まった理由が理解できていないようだ。
「そうだ。天井に張り付けられていた預言石を、斧を放り投げて破壊した」
人差し指で天井の一点を指す。
俺が使っていたポールアクスは、刃を天井に深く突き刺したまま制止していた。
「うおっ! なんだありゃあっ」
「預言石があそこにあったから、斧を力まかせに放り投げたのだ。天井に突き刺さってしまったから、落ちてこないのだ」
「あんな重てぇもんを、あんな高さまで投げるとは……。お前、どんだけ怪力なんだよ」
ルーベンのその言葉は賞賛として受け取っておこう。
「これが俺の戦い方だ。すまないが、器用な戦い方はできん」
「俺があきれるくらいだから、よほどあり得ねぇ戦い方なんだろうぜ、きっと」
俺もそろそろ魔法の習得を考えた方がよいのかもしれないな。
「いいじゃないか。どんな戦い方だろうが、無事に勝てたんだから」
ウバルドが白い歯を見せた。
「あいつをグラートが斬っても倒せなかったときは、もう逃げるしかねぇと思っていたが、まさかあんなところに敵の核があったとはな」
「そうだな。プルチアで戦った岩の巨人は胸の中に核があった。この雪の巨人も同じだと思っていたのが間違いだった」
「普通、あんな高いところに敵の核があるとは思わないぜ。これをつくった古代人どもは、よほどひねくれた性格なんだろう」
息をつくとわき腹に痛みを感じる。
雪の巨人の攻撃を受けてしまったからか。
腕や頭にも痛みを感じる。今回の戦いも満身創痍か。
「お前たち、身体の調子はどうだ」
「けっこうやられちまったぜ。腕と足が痛ぇ」
「俺は肩が上がらん。筋肉を痛めちまったかもしれない」
一刻も早くここから脱出した方がよいか。
「グラートは全身を攻撃されちまった上に、武器までなくなっちまったからなぁ」
「そうだな。ここを早く脱出して、オウル村で手当てをしてもらおう」
その前に、青の結晶と対面だ。
フロアの向こうにたたずむ氷の玉座。
祭壇のようにかざりつけられた台座の上に青い光を放つ物質がある。
「今度こそ、あれを手に入れることができるんだな」
ここに至るまで、これほど険しい道のりになるとは思っていなかった。
目を閉じる。
深呼吸をして、氷の玉座に向かってゆっくりと歩いていく。
青の結晶が放つ光は冷たい色だが、不思議と温かみが感じられる。
ああ、この感覚だ。
俺がヴァールに倒されて、死線をさまよっていたときに出会った感覚だ。
――よくぞ来た。
この声の主は、やはりお前か。
――われとひとつになるのだ。
お前の力、ヴァレダ・アレシアのために譲り受けるぞ。
「まぶし……っ」
「これが、青の結晶……っ」
目を開くと、青い光が空間のすべてを満たした。
海の奥底にいるような、青一面の世界。
幻想的な世界のまんなかに、青く輝く光が強烈な力を放ち続けている。
両手をひろげて、青く輝く光を包み込んだ。
光は俺の意思を受け入れてくれた。
「やったぜ、グラートっ」
「これで、ヴァールを倒す新しい武器がつくれるな!」
青の洞窟へと戻った現実世界で、ルーベンとウバルドが笑顔を向けていた。
「戦いはこれで終わりではない。もっと過酷な戦いが俺たちを待っているのだっ」
* * *
違う場所へ一瞬のうちに移動させてくれる装置は、ふたつの地点を交互に行き来できるようにつくられていた。
水晶の悪魔たちの攻撃をふり切って洞窟の開始地点まで戻り、瞬間移動させる装置によって地上の遺跡まで帰ることができた。
ガーディアンたちは俺たちを即座に検知するが、こちらが攻撃しなければ彼らも過剰に反撃してこない。
ルーベンとウバルドに不要な戦いを避けるように指示し、古代遺跡から生還することができた。
「これでもう、俺たちを襲ってくるやつらはいないな」
ルーベンが凍った湖をふみしめながら、後ろをふり返る。
遠くなっていく遺跡の空は闇に染まりはじめている。
「ここに来ることはもうないだろうな。グラートがいても攻略に手間取った場所だからな」
ウバルドも泥で汚れた顔を遺跡へと向けていた。
「もっと近けりゃ、また探索に行けるんだろうけど」
「そうだな。こんな北の果てじゃ、よほどの物好きじゃないかぎり行きたがらないだろうよ」
よほどの物好き……ヴァレンツァのシモン殿であれば、この遺跡にも興味を示しそうであるが。
「青の結晶が見つかったんだ。ここにもう用はねぇ」
「さっさとヴァレダ・アレシアに帰って、アンサルディに最強の斧をつくってもらわねぇとな」
その通りだ。ヴァールとアルビオネのヴァレダ・アレシア侵攻は、直に開始されてしまうだろう。
彼らの戦争の準備が終わる前に、最強の斧をつくってもらわなければ。
* * *
けがの手当てをしながら帰路を急いだ。
森を巣食う雪巨人たちに道をはばまれることはあるが、スノーベリーの香りで彼らを撃退し、六日間の長い旅路の末にオウル村へとたどり着いた。
「おい、ウバルっ。あそこだろ」
「おお! 村にやっと着いたぞっ」
オウル村の雪が積もった屋根がなつかしい。
今日もしんしんと降る雪にうもれるように、オウル村の家々がたたずんでいた。
高い屋根の上に人影がある。
毛皮のぶ厚いコートを着て、フードを目深にかぶっている。
雪除け用の鋤で屋根の雪をどかしているのは、マウリかっ。
「おおーいっ、マウリよ!」
腕を上げると二の腕が痛む。
マウリは俺の声に反応して手をふってくれた。
「おおっ、あんたらは……!」
オウル村は雪巨人たちの被害に遭っていないようだ。
「無事に帰ってきたのかっ。もう帰ってこれないと思ってたぜ」
「心配をかけたな。北の遺跡を発見し、青の洞窟を捜索してきた」
「それは本当かっ。長老が言ってた遺跡は、ほんとにあったんだな!」
「ああっ。青の洞窟も、俺たちが探していた青の結晶もあった。俺たちをたすけてくれたお前たちに感謝したい!」
オウル村の人々のたすけがなければ、青の結晶を見つけ出すことはできなかった。
フィルラ族の者たちも同様だ。彼らの村にも訪問して、感謝を告げたい。
「おおげさだな。俺たちはコートやフードを貸して、大した信憑性のない情報を伝えただけだぜ」
「いや。俺たちだけで青の結晶にたどり着くことはできなかった。長老にも礼を言いたいのだが、長老はご在宅か?」
「ああ。たぶん、いると思うぜ」
長老の家をたずねると、夜にささやかな宴会を開いてくれた。
村の者たちを呼んで、アルコールの強い酒と野生動物の新鮮な肉をいただいた。
オウル村で飲む酒はスノーヴィットという名前らしく、この地方で採れる植物を発酵させた酒なのだそうだ。
「くぅっ。この酒は利くぜぇ」
ルーベンが赤い顔でスノーヴィットを飲みほしている。
マウリから勧められて、酒がかなり気に入ったようだ。
「おっ、あんた強いねぇ。かなりいける口かい?」
「おうよ! 世界中を旅して酒を飲みほしてやるぜっ」
「がははっ。なんだそりゃ!」
ルーベンはどの村の者とも打ち解けるな!
「世界中の酒を飲みほすだってよ。付き合ってられねぇぜ」
ウバルドはスノーヴィットが苦手なのか、茶を酒のようにちびちびと飲んでいたが、
「ウバルちゃぁん、すみっこでちびちび飲んでるんじゃねぇよぅ」
「うわっ、こっち来るな!」
酔っぱらいのルーベンとマウリに連れていかれてしまった……。
「男というのは、酒の席になるとどうして下品になるのでしょう」
ディベラも宴席のすみで酒をちびちびと飲んでいた。
「しかたあるまい。それだけ、酒の席というのは愉快なんだ」
「なんですか、その理屈は。ドラスレ様、あなたもまさか、彼らと同じような醜態をさらす気ではないでしょうね」
「安心しろ。俺は酒を飲んでも酔わない。安易にあばれたりはしない」
ウバルドが酔っぱらいに囲まれて酒を飲まされている。
顔を赤くしているルーベンやマウリがうらやましくなってくる。
「話は変わりますが、ドラスレ様。旅立つ準備はできています。イルムの体調は回復しました」
「そうか。よくがんばってくれた」
「あなたがたのご活躍にくらべれば、大したことはありません。アルビオネの動きが気がかりです。明日にでも出立すべきかと」
アルビオネとヴァレダ・アレシアの戦争は近い。
手遅れになる前に、一刻も早く斧をつくらなければ。
「わかった。明日の日の出とともにここを発とう」
「それがよいかと」
「途中でフィルラ族の村へ寄ろう。彼らにも礼を言いたい」
「フィル……っ。そ、そうですね」
ディベラの白い頬に、わずかに赤みが差した。
「お前たちの力、当てにしているぞ」
「ふ。こちらこそ。ドラスレ様の名がまたアルビオネの魔物たちにとどろくことを期待していますよ」
ルーベンとマウリのさわがしい声が聞こえる。
俺にもどうやら大酒を食らってほしいようだ。