第225話 青い導きに従い、銀氷の湖の先にある遺跡へ
ここに、青の結晶がある。
強い確信が気持ちを後押しする。
一面にひろがる冷たい銀氷の世界に受け入れられているような感覚に陥るのは、どうしてだ。
――われを求めよ。
この声は、どこかで聞いたことがあるぞ!
――冷たい山の中で、お前を待つ。
アルビオネのルヴィエド宮殿の前で意識を失った後に聞いた声か。
俺はお前に会いに来たぞ!
「グラート。どうした?」
ルーベンとウバルドが俺を心配そうに見ていた。
「以前に、この山の主が呼んでいる声を聞いたのだ」
「この山の主が、呼んでいるだと?」
「おそらく、そうだ。彼は俺を待っているようであった。その彼の声が、ここにたどり着いてはっきりと聞こえるようになった。彼はきっと、青の結晶に宿る精霊か何かなのであろう」
ふたりは互いを見やって、首をかしげている。
「すまない。うまく説明できない。俺の言葉が信用できないのであれば、無視してよい」
「あー、よくわかんねぇが、ここで合ってるっていうことだよな?」
「そうだ。この凍った湖の先に、青の結晶はある」
足をふみ込み、氷の大地へと歩を進める。
怪鳥の鳴く声がどこからともなく聞こえてくる。
ふり返ると黒い鳥が背後の森からあらわれて、俺たちにまっすぐ飛びかかってきた。
「うおっ、なんだこいつら!」
「さっそく鳥どもの洗礼かよっ!」
ルーベンとウバルドが得物を抜き放つ。
ヴァレダ・アレシアの東でかつて戦ったストラと同じくらいの大きさか。
カラスの数倍はある体格と、刃物のようにとがったクチバシが厄介となるか。
だが、この程度の敵に尻ごみする俺たちではない!
「はっ!」
ポールアクスを乱雑にふり払う。
あたりを漂う空気がはげしく動き、突風を発生させる。
巨大な鳥でなければ、これで一掃できるはずだ。
「おお、すげぇ!」
ルーベンが子どものような声を上げる。
はげしく渦を巻く空気に鳥たちが叫びながら上空へと飛ばされていく。
「まだだっ。突風から逃れた者たちが残っているぞ!」
黒い鳥の数匹が突風の左右から迂回して、俺たちに襲いかかってきた。
「ちっ」
ウバルドが左手で風の魔法を放つ。
真空の刃が鳥たちの翼や胴体を斬り裂くが、すべての鳥を撃ち落とすことはできないか。
「こんにゃろ!」
ルーベンが右足をふみ込み、鋼鉄の直槍を突き上げた。
槍は鳥の胴を貫通し、一撃で彼を絶命させた。
「とりあえず、こんなもんか?」
鳥たちの襲撃は難なく撃退できたか。
銀色の美しい湖が黒い羽根で汚れた。
「青の結晶にたどり着くまで、多くの危険がともなうだろう。ふたりとも、気を引きしめてかかるのだ!」
「おう!」
この湖は、カタリアの湖よりも広いか。
草原のように広がる氷の世界の果てに、預言士たちが築いた遺跡は建っているのだろうか。
「しっかし、すげぇひれぇ場所だな。こんなとこから、青いなんとかっつうのは見つけ出せるのかよ」
「青の結晶だろ。遺跡は湖の向こう側に建ってるんだろうから、探すのは簡単だろ」
「だといいんだがなぁ」
怪鳥にたびたび襲われるが、それ以外に大きな障害には直面していない。
だが、サルンの土地のように広大な湖を捜索するのは容易ではないか。
「なあ、ウバル。この氷の下に魚とかいんのかな」
「魚? いや、いないんじゃないか。だって凍ってるんだぞ」
「そっかぁ。いやぁ、腹が減っちまったからよ」
朝に簡単な食事は済ませたが、腹はほとんど満たされていないか。
「この氷の下は、どうなっているか。湖の底まで凍っているのか。そうではないのか。腹が減ったら、この氷をためしに割ってみるか」
陽はのぼっているが、サルンの土地とくらべてここはうす暗い。
この凍った大地まで陽の光が届かないせいか。
凍った湖を歩きはじめ、どのくらいの時がすぎたのであろうか。
やがて湖の向こう岸が見えてきた。
「おいっ、あれじゃね!?」
ルーベンが鋼鉄の槍で湖の向こうを指す。
隆起する山肌に、明らかに人工物と思われる何かが建ちならんでいる。
「あれが、例の古代遺跡かっ」
巨大な石を積み上げて建てられたであろう遺跡だ。
パライアやプルチアの遺跡と似ているが、建築様式が異なるのか。雰囲気が少し違うように思える。
塔のように高い柱がそこかしこに建てられ、巨大な石像のようなものまで確認できる。
「預言士が建てた遺跡は守護者たちによって守護されている。引き続き、警戒を怠らぬよう気を引きしめるのだ」
陸へと上がり、古代遺跡へと進入していく。
プルチアの遺跡と同様、施設の中は不気味な静けさを保っている。
ここに住む者たちはいないか。
「そういや、グラート。前から思ってたけどよぉ、ガーディアンっていうのは、具体的にどんなやつらなんだ?」
「ガーディアンは、鋼鉄の身体をもつ存在だ。魔物のように動き、群れをなして俺たちに襲いかかってくる」
「鋼鉄の身体って、全身の鎧を着た連中みたいな感じなのか?」
「ああ。そう考えて差し支えないであろう」
遺跡はほとんど荒らされていないが、放棄されてかなりの年月が経過しているのであろう。
地面に敷き詰められた石だたみはところどころに亀裂が走り、建物の壁もぼろぼろに朽ちている。
今にも倒れそうな柱のそばに、黒くひかる鋼鉄の柱が建てられているが――。
「ガーディアンなんて、そんな連中と俺は戦いたくないけどな」
ウバルドがつぶやくそばで、黒い柱が不自然な動きをしたぞ!
「ふたりとも、下がれっ。ガーディアンだ!」
「なんだとっ」
黒い柱が縦に伸びて、左右から腕のようなものを生やす。
地面に接地されていた部分も左右に展開されて、頑強な両足を形成していた。
「こ、これがっ、ガーディアンかよっ」
俺よりも大きな身体をもつ存在が、道のどまんなかに立ちはだかる。
わきに立てかけられていた槍をとって、豪快にふり払ってきたぞ!
「くっ」
かわされた槍は側面の石壁を軽々と粉砕する。
ガーディアンは槍をかまえ、さらに一歩をふみ込んでくる。
「させるか!」
彼の槍をポールアクスで受け止める。
巨獣を倒すような力で押されるが、力くらべならば負けん!
「はっ!」
両腕でポールアクスを押し出す。
ガーディアンは押し負けることを予期していなかったのか、状態をくずして地面へと倒れた。
――一撃でこの者を倒す!
ポールアクスを全力で降り下ろし、ガーディアンの胴体にかまわず叩きつけた。
強大な力を得たポールアクスは彼をまっぷたつに切り裂いた。
「グラート、やったのか?」
ガーディアンは四肢をかすかに動かしていたが、やがてその機能を完全に停止させた。
「ああ。おそらく、これで倒したはずだ」
「一瞬の間でしかなかったが、とんでもない野郎だったな……」
このガーディアンは、パライアの遺跡を守護していた者たちと似ている。
プルチアの遺跡のガーディアンのように、電撃を発する者たちではない。
剛腕で敵を粉砕する戦士型のガーディアンたちか。
「パライアの遺跡にも、このようなガーディアンたちがいた。彼らは何度倒しても甦ってきたが、このガーディアンは違うのか?」
「そうだな。見た感じ、甦ってくる感じはしない」
パライアの遺跡のガーディアンのように起き上がってはこないか。
「なんでい。急に襲ってきたから、ちょびっとだけ、びびっちまったけど、大したことねぇじゃ――」
どこかから不気味な金属音が聞こえてきた。
鉛のように重い足を動かして、俺たちに近づいてくるのは一体だけではないっ。
「な、なぁ、ウバル」
「ど、どうしたっ」
「さっきから聞こえてくるこの足音って……」
足音が聞こえる遺跡の奥へと顔を上げてみた。
だれもいなかった遺跡の壁、軒の裏、柱の近くにガーディアンたちが立ち尽くしていた。