第224話 極北の苦難の道のりを越えて、凍った湖に到着!
オウル村の人たちから毛皮のコートやブーツを借りて、翌日の昼前にオウル村を出発した。
鬱蒼としげる森にはさまれた道なき道をひた歩く。
地面を覆う雪はブーツを隠すほどの高さがあり、歩くだけで普段の倍以上の力を使う。
「この道は、お世辞にも歩きやすいとは言えないな……」
俺の右どなりを歩くウバルドが苦言をもらす。
「そうだな。雪に足をとられて、かなり歩きにくい」
「こんな場所であの魔物たちに襲われたら、危ないんじゃないか?」
魔物というのは雪巨人のことか。
「そうだが、つき進むしかあるまい。この寒さではイルムも飛ばせられないのだからな」
「イルムというのは、あの鳥のことか。そうだな。あいつら、この寒さのせいでだいぶ弱ってたみたいだな」
イルムはヴァレダ・アレシアの温暖な気候で育つと、ディベラから聞いた。
寒さにはどうやら強くないようで、フィルラ族の村を越えたあたりから衰弱しはじめていたらしい。
「あいつらが死んじまったら、俺らは帰れなくなっちまうからな。そしたら、やべぇよなぁ」
俺の左どなりを歩くルーベンが、かけ声を上げながら雪の道を進んでいる。
「そうだ。だから、イルムの面倒をディベラたちにまかせた」
「なんも知らねぇ俺らより、イルムのことを知ってるやつらにまかせた方がいいもんな」
「そういうことだ。ディベラたちなら、イルムの面倒をしっかりと見てくれる。俺たちは、なんとしても青の結晶を入手するのだ」
「おう! もちろんだぜっ」
ルーベンが右腕に力を込めながら声を張り上げる。
同時に、左の森から不自然な物音が聞こえた。
何かが草木を掻き分けてくる音だ。
「あいつらか!?」
「くるぞっ」
右の森の方へと退避して得物をかまえる。
正面に捉えた森から、三頭の雪巨人が姿をあらわした。
彼らは首をうごかして俺たちを捉え、巨体を小刻みにふるわせる。
「おうっ、やるのか!?」
「できれば、さっさと消えてほしいが……」
ルーベンたちの気配を察知して、雪巨人たちが腰を落とす。
だが、スノーベリーの香りが利いているのか、彼らは襲いかかってこない。
「どうやら、マウリたちからもらったスノーベリーが利いているようだな」
右足をふみ込み、空高くあげたポールアクスで地面をたたく。
地面を覆う雪が衝撃によってくだけ、上空へと舞い上がる。
雪巨人たちは驚き、しっぽを巻いて逃げていった。
「なんだよ、あいつらっ。びびって逃げちまったぞ!」
「村の連中からもらったお守りが、こんなに効果を発揮するとはな」
「けけっ。この調子なら、北の山に行くのは楽勝なんじゃね?」
スノーベリーの力に脱帽したが、油断は禁物だ。
「他の雪巨人も同じように逃げるとはかぎらない。細心の注意をはらって進むのだ」
「そうだな」
「けけ。そんなに心配しなくても、だいじょうぶだって」
ルーベンがほくそ笑んだ直後に、どこからともなく獣の遠吠えが聞こえた。
* * *
道中で雪巨人と何度か遭遇し、やむなく戦うこともあったが、苛烈な攻撃を受けることは少なかった。
スノーベリーの香りがかなりの効果を発揮しているのだと思われる。
「ルーベンの言葉じゃないが、この調子だと案外簡単に山まで進めそうだな」
陽が落ちて、洞窟の近くを探して寝泊まりの準備をする。
火で常に身体を暖めなければ凍死してしまうような場所だ。
オウル村の者たちから借りたコートや手袋でなんとか寒さをしのいでいるが、心はそれほど冷たくない。
「雪巨人のやつら、俺らに相当びびってやがったからな! 明日には例の遺跡にたどり着けるぜっ」
ルーベンが小さい水筒の飲み口を開けて酒を飲み込む。
冷えた身体を暖めるのに酒が有効だと、オウル村の長老から教えられた。
「俺らにっていうか、この匂いにびびってたんだろ?」
「違うぜっ。俺らが最強だから、びびってやがったんだよ!」
がははと笑うルーベンに、ウバルドが呆れている。
ウバルドも水筒の口を開けて酒を少し飲み込む。
だがアルコールが強いせいか、すぐに吐き出してしまった。
「うわっ、なんだこれ。お前、こんなまずいの、よく飲めるなっ」
「そうかぁ? けっこうきついけど、がつんと来るじゃねぇか。くせになるぜ!」
「俺は絶対にくせにならないけどな」
ウバルドが地面の雪をすくって口に含める。
ルーベンは苦しむウバルドを見て大笑いしていた。
ルーベンは酒が強いようだな。
「グラートは飲まねぇのか? その見た目で下戸とか言わねぇよな」
「もちろんだ。俺は酒が好きだ」
俺もバッグから水筒を取り出して、酒をノドに流し込む。
ふたりが言う通り、かなりノドを焼く酒だっ。
炎のような液体が、ノドの表面を加熱しながら下へと降りていく。
酒は腹も焼き、内から強い熱を発してくれる。
「うまい酒だ。たしかに強烈であるが、腹を焼く刺激がなんとも心地よい」
「だろぉ? くせになるよなっ」
「うむ。ドラスレ村に持ち帰りたいな。オウル村にもどったら、長老やマウリと交渉してみるか」
愉快なルーベンを見て、ウバルドは顔を引きつらせていた。
* * *
地図をたよりに傾斜のするどい坂道を北上した。
寒さに耐えながら三日間の旅を続け、四日目の朝にエルブス山のふもとへと到着した。
「このたけぇ山が例の山なのか? すっげぇなぁ」
ルーベンが山の頂を見上げて絶句する。
ヴァレダ・アレシアの山々よりもはるかに高い山だ。
研ぎすまされた山がまっすぐに伸び、天をつらぬこうとしている。
雪におおわれた白い山は優雅だが、生命の息吹が感じられない、とても冷たい気配に包まれているように思える。
「俺たちは、この山をのぼるわけじゃないんだよな」
ウバルドが俺に同意をもとめてくる。
「そうだ。青の結晶がねむる預言士の遺跡は、この山のどこかにある」
「洞窟の中にあるんだろうから、こんな山の上の方にあるわけないよな?」
「そのはずだ。いくら預言士といえども、このように険しい山の上に住むことはできないであろう」
預言士がどこまで万能な存在であったのか、それは定かではないが、さすがにこの山には住めないだろう。
「いいからよ、早く進もうぜ。寒くて耐えらんねぇよ」
雪の大地をふみしめる。
山のふもとは銀色の森におおわれている。
「グラート。俺たちが探している遺跡は、凍った湖のそばにあるんだったな」
「そのはずだ。オウル村の長老が探してくれた文献には、そう書かれていた」
「ようするに、その湖を探せばいいんだな」
湖はどこもかなりの規模だ。見つけるのは容易であろう。
森に入り、生物のほとんどいない場所を進んでいく。
吐いた息がすぐに凍りつくような場所だ。
この地に棲める生物は、ほんの一握りか――。
「グラート。あそこ、なんか光ってね?」
先頭を歩くルーベンが手袋をつけた右手を前に向けた。
彼の言う通り、太い木々の隙間から白い光が発せられている。
「なんだ、あれは」
「火を焚いてるような色じゃねぇよなぁ」
火にしては色がなさすぎる。
考えられるのは、陽の光か。
一面に光を反射する何かが、この森の向こうにあるということか。
「どうやら、この先に凍った湖があるようだな」
逸る気持ちをおさえ、森を突き進んでいく。
光の強さは、近づくにつれて大きくなっていく。
「うお……っ」
「まぶし……っ」
数年分の光をまとめて受けているような感覚だっ。
腕で両目を守らなければ視力をうしなうほどの光に、ある種の恐怖を感じた。
暗い森を越えたのか、光の強さが少しだけやわらいだ。
目を開け、腕をそっと下ろしてみた。
「うわぁ」
「すげぇ」
ルーベンたちとともに、絶句した。
ダイアモンドが空と地面に散りばめられているような光景だった。
一面にひろがる湖は凍りつき、鏡のようにみがかれている。
陽の光を反射して神々しい光につつまれているが、温かみが少しも感じられない。
ここは、やはり人間が住める場所ではない。
「俺たちは、どうやら目的地にたどり着いたようだな」
俺の声も湖の表面を反射したように感じた。