第222話 ドラゴンスレイヤー、襲撃してきた雪巨人を蹴散らす
「雪巨人という連中は、どれくらいいるんだ?」
会話が途切れた頃に、ウバルドが長老に質問した。
「正確な数はわからん。数える方法がないからな。だが、わたしたちより多いかもしれん」
「そんなに多いのか?」
「やつらは北の山を根城にし、群れを成して生活しているのだ。言葉こそ話せないが、狂暴で力があり、さらに集団で村を襲ってくるから厄介なのだっ」
雪巨人はアルビオネの魔物のように凶悪な存在か。
「やつらはなんでも食う。とくに肉を好み、わたしら人間も食うから、わたしたちは北の山には近づけんのだ。だから、すまないが道案内などは引き受けられないぞ」
「道案内がなければ、北の山なんて捜索できないと思うが……」
見ず知らずの者たちを危険な目に遭わせることはできない。
雪巨人は行く手を阻むだろうから、俺たちだけで切り抜けていくしかない。
「了解した。俺たちだけで北の山を捜索しよう」
「すまないな。異国から来た方々。村の者たちを危険な目に遭わせることはできないのだ」
「わかっている。俺たちの問題に村人たちを巻き込むつもりはない。だが、この地でしばらく滞在して北の山を捜索することになるため、宿を借りたいのだ。宿を借りられないだろうか」
「宿か。泊まれる場所は何軒かあったかもしれないが、はて。どうだったかな。調べてみないとわからないが」
「どうか、宿をお貸しいただきたい。この地の気候は、俺たち南から来た人間にとってきつい。はたらく必要があるのであれば、どのような労働でも引き受けるぞ――」
家の外から突然、咆哮のようなものが聞こえた。
「なんだ!?」
おだやかな場が一気に騒然となる。
木が倒れるような轟音とともに村人たちの悲鳴が聞こえたぞ!
「行くぞ!」
長老の屋敷を飛び出す。
降りしきる雪をかき分けて、悲鳴が聞こえた場所へと急ぐ。
ゆるやかな坂に建設された村の周囲は森に覆われている。
村人たちは右から左へと逃げていく。
異変が起きたのは村の右側か。
坂を下りて家の間から村の右側へと向かっていく。
森のそばで岩のように立ちつくしているのは雪巨人か。
彼らは棍棒をふりまわし、荒々しい声をあげている。
「んだよ、またあいつらかよ」
ルーベンが舌打ちして槍をかまえた。
「今回はこの前よりも数が多いぞ。お前たちでも危険なんじゃないか?」
ウバルドは二歩ほど下がって、長剣をそっと抜き放った。
「安心しろ。力の勝負であれば、俺たちは負けん」
「油断するなよ」
肩にかけたポールアクスを取り出して腰を落とした。
ディベラたちは家の影に隠れて、雪巨人たちの荒々しさを注意深く観察しているようであった。
「ディベラたちは村人とともに避難するのだ。ここは俺たちで防ぐ!」
「おねがいしますよ!」
先頭の雪巨人が咆哮して、俺に襲いかかってきた。
天高くふりあげられた棍棒が高速でふりおろされる。
ポールアクスを倒して棍棒を受け止める。
ぶつかった瞬間にするどい衝撃がポールアクスの柄から伝わった。
この者たちの怪力はヴァレダ・アレシアの戦士を凌駕するか!
ポールアクスを押して雪巨人を退ける。
怯んだ隙にポールアクスの石突きで彼を突き飛ばした。
他の雪巨人たちも荒々しい声を発しながら突撃してくる。
一心不乱な突撃に知性は感じないが、一斉に攻撃されたら受け止められないか。
「グラート、さがれ!」
ルーベンの指示に従って後退する。
ルーベンは入れ違いで雪巨人に向かっていったぞっ。
「何をする気だっ」
「こうするんだよ!」
ルーベンが猛り、鋼鉄の槍を地面に押しつけた。
地面に積もった雪が上空へと舞い上がる。
雪の壁が視界を遮り、雪巨人たちの勢いを止めた。
見事な目くらましだ!
「くらえっ!」
ルーベンが地面の雪を踏みながら雪巨人に突撃する。
槍を繰り出して、先頭の雪巨人の胸に刃を突き刺し、勢いのままに彼を突き飛ばした。
飛ばされた者が背後の仲間たちにぶつかり、連鎖的に彼らを押し倒していく。
彼らのもつ棍棒がむなしく雪の上に落ちた。
「グラート、今だぜ!」
「まかせろ!」
ポールアクスを持ち替え、全身の力を両腕に集約させる。
雪巨人たちに個人的な恨みはないが、人間を襲う者たちをこの地にのさばらせるわけにはいかないのだ!
「吹き飛べ!」
両足で雪をふみ、全身をのばして宙へと躍り出る。
縦に身体を旋回させて、ポールアクスを乱雑に叩きつけた。
大地をゆるがす衝撃が走り、雪ごと地面を真っ二つに切断する。
雪巨人たちは吹き飛び、雪と同様に冷たい空を舞った。
「お前の怪力は、あいかわらずだなっ」
戦闘が終わり、ウバルドがため息をつきそうな面持ちで言う。
「ほんとだぜ。けが人には見えねぇな!」
ルーベンはがははと笑いながら、俺の戦いをねぎらってくれた。
「ルーベンが機転を利かせてくれたお陰だ。感謝するぞ!」
「へっ。俺だってな、頭を使った戦いができるっつうことが、これでわかっただろ」
「ああ。見事な目くらましであった」
雪巨人たちの突撃をゆるしていたら、背後の家にダメージをあたえてしまっていた。
戦いの影響を最小限に食い止めようと考えてくれたことに感謝だ。
「いやぁ、それほどでもあるけど~」
「調子に乗るなっ」
すっかり上機嫌になったルーベンの頭をウバルドがたたいた。
ディベラが俺たちのわきを通りすぎて、雪に埋もれた雪巨人たちを見下ろしていた。
「あっけなく倒されましたが、近くで見るとかなり大きいですね。手足もかなり太い」
「そうだな。アルビオネにも、この者たちに似た魔物がいたが、彼らより強靭かもしれない」
「そうですか。あなたから強いと言われても、説得力があまり感じられませんが」
村から声がして、ふり返ったら村人たちが集まっていた。
騒がしかったから家から出て、様子を見に来ていたのか。
おどろく村人たちの中にマウリもいて、目が合うと笑顔で手をふってくれた。
「あんたらがバケモンを倒してくれたのか! ありがとうっ」
その声を皮切りに、村人たちの歓喜が沸いた。
彼らの表情は子どものように明るくなり、俺たちのはたらきを素直に賞賛してくれる。
「あんたら、すごいな!」
「どこから来たんだ!?」
「あいつらをどうやって倒したんだよっ」
ちいさい子どもたちも大人たちの声援につられて、やがて俺たちに近寄ってきた。
「凶悪な者たちから皆を守るのは、俺の務めだ。気にしなくていい」
「ははっ。俺の務めってなんだよ。かっこいいなー!」
「あんたらは他所でも魔物と戦ってるのかい!?」
どうやら、この村の者たちにも歓迎してもらえたようだ。
村の騒ぎが落ちついてきて、村人たちがひとり、ふたりと自宅へ引き返していく。
静かになった村をマウリがながめて、長老が住む坂の上もそっと見上げて、
「あんたら、ここにしばらく泊まってくんだろ。泊まる場所は見つかったのかい?」
そう声をかけてくれた。
「いや、まだだ。長老には許可をいただけたが、手ごろな宿が村にないようでな。困っているのだ」
「そうだよなぁ。外から旅人なんて来たことないからなぁ。うちも人様を泊められるほど広くはないし」
彼の子どもたちの邪魔はしたくない。
「でもまぁ、物置とかならけっこうあるから、あんたらが泊まれる場所はあると思うよ。みんなで手分けして探してみるよ」
「ありがとう。恩に着る」
「気にすんなって。あんたらがいれば、あの雪巨人も近づかなくなるだろうし、お互い様さ。夜までに泊まれる場所を探すから、それまでうちで暖をとりな!」
この村の者たちも、あたたかい心をもった者たちだ。
マウリは手をふりながら、長老の住む家へと駆け上がっていった。