第220話 雪に閉ざされた村で青の結晶の手がかりは見つかるか
雪に閉ざされた村は、三角形のとがった屋根が特徴的な家で構成されていた。
マジャウの竪穴住居のようにとがった屋根だが、あちらよりも直線的なたたずまいだ。
屋根はケーキのようで、雪がクリームのようにまんべんなく覆いかぶさっていた。
一本の煙突がにょきっと顔を出し、白い煙を冬の空へと放出していた。
「住民の気配がありそうですね。フィルラ族の村と同じように、わたしたちを泊めてもらえるでしょうか」
ディベラが俺たちを率いるように先頭を歩く。
「それは、まだわからないな。アルビオネに住む魔物のような者たちが住民かもしれない」
「もしそうであったのなら、あなた様がここの住民をすべて追い出すのですか」
「そのようなことはしない。ここの住民が魔物であったとしても、暴力的なことはなるべくしたくない」
「ずいぶんと甘い考えをおもちなのですね。ドラゴンスレイヤーなどと呼ばれているお人だというのに」
ディベラが俺に顔を向けて、嘲るように笑った。
「おふたりさん。仲良くしゃべってねぇで、さっさとあの村に入ろうぜ。寒くて死にそうだよ」
後ろを歩くルーベンたちは、身体をすっかり縮めていた。
「すまない。住民たちに許可をとろう」
どの家の煙突からも煙が出ているが、外を出歩いている者はひとりもいない。
村の門を通り、一番近くの家の扉をたたいた。
「失礼。俺たちは南のヴァレダ・アレシア王国から旅をしてきた者だ。この地にねむる秘法を探すべく、北のエルブス山を目指している。戸を開けてくださらぬか」
扉の向こうから、がたっと物の当たる音がする。
扉から少しはなれて住民が出てくるのを待つ。
しばらくして、扉がゆっくりと押し開けられた。
顔を出したのは、人間か?
俺たちと同じ顔立ち。白い肌に青い目。銀色の髪を生やして、厚手のチュニックを着ている。
肌が白いのをのぞけば、サルンに住む男性と大差なかった。
「あんたら、人間か? なんで、こんな場所に……」
「脅かしてしまって、すまない。俺たちは北のエルブス山にねむる青の結晶を求めて、南のヴァレダ・アレシア王国から旅をしてきたのだ」
「青の結晶……?」
「強力な武器をつくる材料となる伝説上の物質だ。俺たちは青の結晶がどうしても必要なのだ。今日からしばらくエルブス山を捜索したいのだが、ここは極寒の地であるため野宿するのがむずかしいのだ。この村で寝泊まりできる場所はないだろうか?」
男性は返答に困っているのか、口をもごもごさせたまま部屋の中をふり返ったりしていた。
部屋から子どもの声が聞こえる。
「外は寒いだろうから、とりあえず中に入りなよ」
男性が扉を開けてくれた。
「かたじけない。恩に着る」
部屋は暖炉の熱で温められている。
丸太が積み上げられた壁は自然のぬくもりが感じられる。
ロビーでくつろいでいたのは男性の奥さんと、ふたりの男の子だ。
男の子たちはふたりともダニオと同じくらいの年齢か。
大きな目を開けて俺たちを凝視していた。
「あんたら、本当に人間だよな。よその土地から、人間が来るなんて……」
「そんなに珍しいのか? 人間が訪問するのは」
「珍しいな。いや、初めてなんじゃないか? あんたらみたいな連中がこの村にやってくるのは」
この村は、そんなによその土地から隔絶されているのか。
「一応、自己紹介をしとこうか。俺はマウリ。そこにいるのは俺の奥さんでエルナだ」
「ありがとう。俺はグラートだ。こう見えても俺は騎士だ。国王陛下から領土をいただき、民たちを治めている」
騎士という言葉に驚いたのか、マウリと奥さんが目をまるくした。
「騎士!? そんなに偉い人だったのかっ」
「まだ下位の騎士だから、平民とさほど変わらないがな」
「いや、平民と同じってことはないだろ……。そんなお人が、どうしてこんな辺境に来たんだ」
居間に座れる場所を用意してもらい、床にどかりと腰を下ろす。
暖炉の火が部屋の全体を温めているせいか、床もそれほど冷たくない。
旅をしている理由を改めてふたりに話した。
南のアルビオネで魔王ヴァールが復活したこと。
彼を倒すために、強い武器を至急つくり出さなければならないこと。
武器をつくるために青の結晶が必要であることを、包み隠さず話した。
「青の結晶って、そんなものがエルブス山にあるのか?」
「聞いたことないわ」
マウリとエルナは目を見合わせながら言葉をこぼすだけだった。
「知らないか?」
「すまないが、俺たちじゃわからないな。長老だったら、何か知ってるかもしれないが」
長く生きている者から知恵を借りるべきか。
「長老から話を聞けるか?」
「どうだろう。長老の家に行ってみるかい?」
マウリに道案内をたのみ、長老が住む家へと向かう。
この村はゆるやかな上り坂に建設されているようで、長老の家は坂を上り切った先に建っているようであった。
前に進むたびに足が雪の中に入り込む。
やわらかい雪をふむ音は小気味いい。
「この村は、どこかの国の保護下にあるのか?」
「国? いんや。俺たちはずっとむかしから、長老の下で暮らしてるぜ」
「この地方を治める元首は長老ということか」
「元首? 変わったことを言う人だな」
マウリが屈託なく笑う。
「そんな大それたもんじゃないさ。この村で一番長く生きてる人が長老だっていうだけだよ」
「なるほど。もっとも長く生きている者が頂点に君臨するということか」
「頂点とか、言うことが大げさだな! そんな大したもんじゃないって」
マウリにまた笑われてしまった。
「騎士なんていうから驚いたけど、そんなに偉そうな感じじゃないんだな。ほら、あそこに見えるのが長老の家だよ」
坂をのぼり切り、広場になっていそうな場所を越えた先に長老の家があった。
マウリたちが住む家と大きさはそれほど変わらない。
三角形のするどくとがった屋根に、灰色の煙突。
丸太を積み上げた外観は雪景色にとても合っている。
家のそばに、雪に埋もれた切り株があった。
伐採用の斧が切り株に突き刺さっていて、のどかな情景を感じさせていた。
「長老、いるか? 遠方からお客さんがいらしたぞ」
マウリが扉をどんどんと叩く。
「おかしいな。長老、寝てるのかな? おいーっ」
「いや、無理に起こさなくていい。寝ているのであれば、日を改めよう」
「気にしなくて平気さ。いつものことだから。おいーっ」
相手は長老なのに、ずいぶんと雑にあつかうのだな……。
マウリが根気強く扉をノックしたせいなのか、やがてがちゃりとドアノブから音がして扉が開いた。
「なんですか、さっきから。騒がしい」
あらわれたのは、白髪が目立つ老婆だ。
背はジルダとおなじくらいか? 子どものように背が低い。
全体的にまるいシルエットで、首もとまで覆い隠す毛皮のコートは保温性がとても高そうだ。
「おや、だれだい、その人らは」
「ばあさん。遠方からお客さんが来たんだよ。ヴァレ……なんとかっていう国から」
「ヴァレなんとか……?」
長老の奥方なのか。老婆は俺を不思議そうに見あげ、小首を何度もかしげている。
「突然に押しかけて申し訳ない。俺たちは南のヴァレダ・アレシア王国から旅をしてきたのだ。青の結晶という秘宝を探している」
「はあ、そうなんか」
「青の結晶がこの地方にあると、南に住むフィルラ族から聞いたのだが、この村の長老ならば、青の結晶について知っているのではないかと、マウリから教えてもらったのだ。どうか、長老に会わせていただけないだろうか」
「はあ、別にかまわんけども」
老婆はあっけらかんとしている。
低い背たけと相まって、子どものような印象を受けてしまった。
「急な訪問だったから、部屋は散らかってるけども。それでよかったら入りな」
老婆はいぶかしい表情を浮かべながらも、扉を大きく開けてくれた。
「すまない。恩に着る」