第218話 青の結晶は雪におおわれた北の山に
斬り倒した巨大きのこを村へと持ち帰り、フィルラ族の期待にこたえることができた。
この巨大きのこは新婚カップルの新居になるようだ。
巨大きのこを村へはこび、後の加工や処理は村の者たちにまかせることにした。
「なんだよ、なんだよ。必死になってあのきのこを倒してきたのに、よりによって新婚の家になるのかよ」
村に戻り、宿でルーベンたちと夕食をいただく。
今日の夕食は、アマラを出汁で煮た雑炊だ。
出汁は狩猟で得た動物の骨や肉、そして草原から採取した野草からとっているようだ。
出汁のまろやかな味に香辛料の強い味が足されて、食欲がそそられる味わいになっている。
アマラといっしょに煮た赤や緑のきのこが、料理の淡泊な色に彩りをそえていた。
「昼間はあんなにきのこと戦ってきたのに、食卓にも入ってくるのか……」
ウバルドがきのこをスプーンですくって、嫌な顔をした。
「大事な食事だ。きのこと戦ってきたからといって、粗末にしてはいけない」
フィールベリのきのこは弾力があるようだ。
ヴァレダ・アレシアのきのことは違う固さが、意外とくせになりそうだ。
「グラート。お前……よく食えるな」
「この雑炊に入っているきのこは、森で戦ったきのことは別物だ。ウバルドも食べてみろ。おいしいぞ」
きのこは食べやすく、栄養価も高い。
肉体を酷使する戦士に必要不可欠なものだ。
「俺は……食べるのやめとこうかな」
「俺も、きのこは食べる気がしないな」
ふたりはきのこを食べないか。
夕食を終えた頃に、長の召使いがまた俺たちの下にあらわれた。
青の結晶に関する手がかりが見つかったのだろうか。
ルーベンとウバルドを家に残し、俺はまたひとりで長が待つ家へと向かった。
「大きいお方。よくおいでくださいました。夜遅くに呼び出してしまい、申し訳ありません」
「気にするな。俺たちの方こそ、青の結晶の手がかりを代わりに探してもらっているのだ。かたじけない」
フィルラ族の長が穏やかな声で笑う。
「それなら、気になさらなくてけっこうです。年寄りの新たな道楽になっていますから」
「そうか。なら、よいのだが」
「なんでも、大きいあなた様が森から特大の家を持ち帰ってこられたようで、村の者たちが夜まではしゃいでいました。わたしからも礼を申し上げます」
フィルラ族の長が深々と頭を下げた。
「無償で泊めていただいているのだから、そのくらいのことはして当然だ。村の者たちによろこんでもらえて、よかった」
「この村には、あなたのように強いお方がいませんからな。あと五年くらいは滞在していっていただきたいくらいです」
五年も滞在していたら、ヴァレダ・アレシアがヴァールに滅ぼされてしまう。
「冗談です。本題に入りますが、先日にお見せした、あの冒険者の日記をくまなく調べていたら、青く光る場所の所在がわかったのです」
なんと!
「それは本当か!」
「ええっ。日記に書かれていた場所は、北の山の、エルブスという山のようです。北につらなる山々の中でも最高峰の山だと思われます」
北のエルブスという山に、青の結晶があるのか。
「エルブスという山のどこかに、青く光る場所があったようです。その場所の詳細までは書かれていませんでしたが」
「そうか! ありがとう。それだけわかれば充分だ」
「しかし、大きいお方。北の山は危険です。あの山は生き物が住めない極寒の地なのです。わたしたちフィルラ族の先祖は踏破を目ざしましたが、結局だれも踏破することはできなかったのです」
そんなに危険な土地なのか。
「北の山は吹雪で閉ざされ、わたしたち外部の者の侵入を拒みます。また、日記によると山を守護する方々までいるようですから、あなた様でも踏破はむずかしいのではないでしょうか」
長は俺たちの身を案じてくれている。
フィールベリよりもさらに寒い土地なのであれば、目的地を探すだけでも困難となるであろう。
困難な旅となるのは承知の上だ。ここであっさりと引き下がるわけにはいかない。
「ありがとう。長の俺たちを案じてくれる気持ちはうれしいが、それでも引き返すわけにはいかない」
「やはり、旅立たれますか」
「もちろんだ。国に俺たちの帰りを待つ者たちがいる。彼らの期待にこたえるために、俺たちは北の山を目ざさなくてはならないのだ」
ヴァールを倒すために、青の結晶をなんとしても手に入れなければならない。
青の結晶を使い、最強の斧をつくるのだっ。
「強い意思をお持ちのようですね。わかりました。それでしたら、もはや止めることはいたしますまい」
「かたじけない。迷惑をかける」
「ほっほ。わたしもあなたのように若かった頃に戻りたいものですじゃ」
長がまた優しい声で笑った。
「青く光る場所は、おそらくエルブス山の山頂にはありますまい。洞窟のような場所があって、その奥にあるのではないかと思います」
「そうなのか?」
「ええ。あの日記を読むかぎり、向かっていた場所は山頂ではなく、麓か山腹のあたりでした。吹雪が強かったため、山頂まで登り切れなかったのでしょう」
フィルラ族の長に日記を読んでもらい、エルブス山と青く光る場所の位置を予測する。
北の山は徒歩でひと月以上もかかるが、イルムで飛べば数日で着くであろう。
エルブス山は北の山々のどれかに該当するが、詳細な位置はわからない。
麓で暮らす部族がいるかもしれないから、村や集落を探してみるしかない。
長との会話を終えて、宿にもどった。
ルーベンはすでに寝ていたが、ウバルドはまだ起きていたようだ。
長から聞いた内容を伝えると、ウバルドも眉をわずかに開いた。
「フィルラ族の長が言っていることは信用できそうだな。アンサルディの文献に書かれていた内容と一致する部分が多い」
「そうだな。アンサルディ殿がもっていた文献には、たしか青の洞窟なる場所があると書かれていたな」
手がかりが少ない中で旅をはじめたが、目的地には向かっているか。
「では、明日にでもこの村を発つのか?」
「そうだな。長居するわけにはいかないから、明日に長に挨拶をしてからここを発とう」
* * *
翌日に村を発とうと思ったが、長やアーロンたちから引き留められて、村を発ったのは二日後になってしまった。
彼らは北の山にそなえて、ぶ厚いコートとブーツを仕立ててくれていた。
「フィルラ族の者たちの世話になってばかりであった。もっと恩返しがしたかったな」
ディベラがあやつるイルムに飛び乗る。
イルムの操縦を彼女にまかせ、遠くはなれていく村が見えなくなるまで眺めていた。
「青の結晶を見つけたら、また村へ立ち寄ればいいでしょう。そのときに、またきのこの家でも献上すればよいのでは?」
ディベラはふり返らずに言い捨てる。
だが、彼女が村の子どもたちに囲まれていたことを、俺は知っているぞ。
「ディベラも、子どもたちと仲良くなれてよかったな」
「な……!」
冷静沈着なディベラが、うめき声のようなものを発した。
「わっ、わたしはっ、別に……仲良くなりたかったわけではない! その……やつらが勝手に近づいてきたから、その……相手をしてやっただけだっ」
素直じゃないな。プライドが高いせいか。
「いいではないか。かわいい子どもを愛でる者を非難する者などいない」
「だっ……わたしは、別に、そういうわけでは……」
「子どもは無邪気でかわいいものだ。フィルラ族の子どもたちは、とくにかわいいな」
俺は子どもたちとあまり遊べなかったが、青の結晶を持ち帰ったらまた子どもたちの遊び相手になろう。
「青の結晶を探し出して、フィルラ族の村に報告しにもどろう」
「はい」
イルムが飛ぶ森の彼方に、白い雪におおわれた山がそびえている。
空高くつらなる山のどれかが、エルブス山なのか。
青の結晶は無事に見つかるのか。いや、必ず見つけ出すぞ!