第217話 巨大きのこの親玉はねむらせてから収穫しろ
アーロンたちの案内に従って、巨大きのこが群生する森を進んでいく。
きのこたちは、俺たちを侵入者だと断定し、無言で攻撃を仕掛けてくる。
きのこと一言で表現し切れないほど、この森には実にいろんなきのこがいる。
先ほど戦った、宙に浮くきのこを筆頭に、胞子を霧のように飛ばすきのこや、樹木のように高くそびえるきのこもいる。
魔物のように走りまわるきのこを見かけたときは、さすがに強烈な違和感をもった。
黒い傘をかぶったきのこだけでなく、赤や黄色、緑のまだら模様のきのこまで、実にさまざまだった。
「うへぇ。きのこばっかり見てるせいか、なんか気持ち悪くなってきた……」
猛攻してきたきのこたちを倒したルーベンが、地面にへたり込んだ。
「そうだな。そんなに強くないが、見た目が……ちょっと気持ち悪いよな」
ウバルドもひざに手をついている。
「ここのきのこは有毒なガスも出すから、それで気分が悪くなっちゃうんだよぉ」
アーロンたちも、先ほどの元気がなくなっているか。
「アーロン。この森で気分が悪くなってしまったときは、どうやって対処しているのだ?」
「うーんと、そのときは諦めて帰るかなぁ。もうちょっとがんばりたいときは、リラックスできる薬を飲んで、ガスを吸わないように布巾で鼻と口をおさえるようにするかなぁ」
ガスを対策できる手段があるということか。
ここで帰ってしまったら、フィルラ族の者たちの恩義にむくいることはできないな。
「大きいあんたは、どうするんだい? あんたはまだ平気そうだけど」
「もう少し粘りたいな。薬と布巾はもってきてくれているか?」
「ああ。あるよ」
アーロンがバッグから取り出したのは、ハーブか?
赤や紫色の、色鮮やかな葉っぱから、すっきりと鼻に通る香りがただよってくる。
「これはハーブか?」
「そう。うちの料理で使われる香辛料なんだけど、煎じてもおいしいんだよぅ」
きのこたちが襲ってこない場所に移動して、焚き木を探して火を焚く。
湯を沸かしてハーブを煎じると、湯が鮮やかな赤い色に変わっていった。
「この茶は、村で飲ませていただいている茶か」
「そう。しんどいときは、こいつを飲むのが一番なんだよぉ」
茶を注ぎ、ぐったりしているルーベンとウバルドにわたす。
「ああっ、この香りぃ」
ルーベンがハーブの香りを鼻腔からたくさん取り込む。
「この香りを嗅ぐと落ちつくな」
ウバルドもハーブの香りで気力を少し回復させたか。
「フィルラ族の素敵な家は、もうすぐ見つかる。それまでの辛抱だ」
「おうっ」
「お前はけが人なのに、だれよりも元気だな」
アーロンたちもハーブの香りを嗅ぎながら、のんびりと談笑していた。
「そんなに、一生懸命にならなくても、だいじょうぶさぁ」
「そうそう。いそがなくても、そのうち手に入るからさぁ」
フィルラ族は、悠久をのんびりと過ごす種族なのであろうな。
この者たちの穏やかな顔をながめていると、時間に追われている自分に疑問を感じてしまう。
「皆の気遣いに感謝したいが、それでも俺は恩義に報いたいと思う」
「そうかい」
「大きいあんたは、まじめなんだなぁ」
ハーブの香りに癒されながら、フィルラ族の者たちとのんびりした時を過ごして、さぁ、活動再開だ。
アーロンから青い布切れを受けとる。
草のにおいがする布を首の後ろで結べば、防備は万全だ。
「おし、じゃあ行くか!」
「俺はもう帰りたいんだがな」
ルーベンとウバルドも気力がもどったようだな。
「きのこたちの柔らかさに油断してはならん。気分が優れなくなったら、すぐに戦線から下がるように」
「おう! まかせとけっ」
森の奥へと進むと、色とりどりのきのこたちが攻撃を仕掛けてくる。
伸ばしてきた触手をポールアクスで受け止めると、触手が柄に巻きついた。
これで俺の攻撃を封じたつもりか!
「この程度の力で俺を止めることはできんぞ!」
巻きついた触手を強引に引きちぎる。
急接近して、俺の背丈くらいあるきのこを縦に両断した。
「俺の動きを封じたければ、お前たち全員でかかってこい!」
アンサルディ殿がつくられた斧は、すんなりと手になじむ。
ヴァールアクスほど強くはないが、魔物をあっさりと両断できる強靭さと破壊力をそなえている。
「グラートは、やっぱりつえぇなぁ!」
「ふん、バカ力がっ」
ルーベンとウバルドも、俺に続け!
フィルラ族の者たちの案内に従って森を突き進んでいくと、森のひらけた場所にたどり着いた。
まぶしい光が天から降りそそいでいるその場所には、沼がひろがっているようであった。
「ああ、ここだ」
アーロンが息を切らせながら言う。
沼は湖のように大きい。
水面から無数の水草が顔を出し、きれいであったはずの水を濁らせている。
水面からのぞき込んでも底が見えない。
よく見ると、ガスのようなものがあちらこちらから噴き出していた。
「この沼の水は、飲み水としては使えないか」
「ああ。ここの水は毒があるから、飲んじゃだめさぁ」
沼のほとりを右に迂回した場所に、色とりどりのきのこたちが群生している。
そのきのこたち後ろに、城のように大きいものが屹立していた。
「なぁ、グラート。もしかして……」
「ああ。たぶん、あれだ」
全身が雪のように白い、あの巨大なきのこだ。
「あいつは、すごい攻撃をしてくるから、気をつけた方がいいぞぉ」
巨大なきのこが触手を伸ばしてくる。
十本はあるであろう白い触手が、俺たちの位置を正確に見抜いていた。
先端の毒針のようなものがついた球が地面に落ちて、大きな穴を開けさせた。
「お前に私怨はないが、倒させていただく」
ポールアクスを引いて突撃する。
瞬時に引かれていた触手が俺を捕捉し、正面から毒針を飛ばしてくる。
「そんなもの!」
飛来する針を触手ごとポールアクスで斬り払う。
斬り落とせなかった針が肩や頬をかするが、この程度の攻撃でたじろいだりしない!
「はっ!」
ポールアクスをふりかぶり、渾身の力を巨大きのこの根にぶつける。
斧の鋭利な刃がきのこの柔らかい根に食い込むが、一撃だけでは完全に切断することはできないようだ。
左から飛んできた触手に肩を打撃されて、俺は後ろへ下がった。
「けっこう、つえぇようだな」
ルーベンが俺のそばで舌打ちした。
「ああ。根はやわらかいが、なかなかの難敵だ」
「よっしゃ。次は俺様が行くぜ!」
ルーベンに戦いをまかせて、戦闘態勢をととのえるべくフィルラ族の者たちの下へ後退した。
「あんたら、あんなバケモンによく立ち向かっていけるなぁ」
アーロンたちは間の抜けた声を発するだけであった。
「アーロン、あのような巨大きのこを普段どうやって倒しているか?」
「あいつらはまともに立ち向かえないから、俺たちが戦うときは眠り薬で眠らせてから収穫するんだ」
眠り薬か。そのようなものまで使うのか。
「その薬は、用意してきているか?」
「あ、ああ。もちろん」
「では、使わせてもらおう」
巨大きのこと戦っているルーベンに対し、ウバルドが魔法で加勢していた。
風の魔法で遠くから攻撃し、きのこの注意を引いてくれているようだ。
「ルーベン、ウバルドっ。合図したら下がれ!」
ふたりとも一瞬だけ顔を向けて、そっとうなずいてくれた。
アーロンたちがバッグからちいさな巾着袋を取り出している。
あの袋に眠り薬が入っているのか。
「大きい人、準備できたよぉ!」
巨大きのこをフィルラ族の者たちが遠くから取り囲み、準備は万端だ。
「ふたりとも、下がれ!」
森の全域にひびきわたる声で大喝する。
ルーベンとウバルドが下がった直後にアーロンたちが巾着袋を投げつける。
袋はきのこにぶつかると、紫色の粉を全身にまぶした。
きのこは意思があるように、巨大な全身をくねらせている。
重たい触手をふりまわして、眠りの粉を遠ざけようとしているようであった。
触手が地面から大きく弾み、フィルラ族の者たちへ――。
「あぶない!」
地面を蹴り、フィルラ族の者たちの下へ急ぐ。
斧をふりあげ、高速で飛ぶ触手の先を上から押しつぶすように切断した。
「お前たちっ、だいじょうぶか!?」
「お、おお」
けがをしている者はいないようだ。
「グラート、あいつの動きが止まったぜ」
ルーベンの言葉の通りに、巨大きのこは眠ってしまったのか、長い触手をすべて体内にしまったようだ。
俺たちが近づいても、ぴくりとも動かない。
「ルーベン、あれをいっきに切り倒すぞっ」
「おうっ!」
ポールアクスをふりかぶり、渾身の力を根に打ちつける。
ルーベンと四回ほど攻撃し、巨大きのこの根を切り落とした。
「おおっ、すごい!」
巨大きのこが轟音の中にくずれ落ち、フィルラ族の者たちが歓声をあげた。




