第216話 青の結晶の手がかりと、巨大きのことの戦い
文献に記されている文章は特殊な文字で紡がれているようだ。
これはフィルラ族の文字なのだろうか。それとも古代に使われていた文字か。
ヴァレダ・アレシアで見たことがない、記号のような文字の羅列に思考が止められてしまう。
「長。この文献に記されている文字は、俺たちの国で使われる文字と異なるようだ」
「おや。文字が読めませんかな」
「はい。申しわけないが、文章を朗読してくださらぬか」
「ほっほ。わかりました」
長が穏やかに笑って、文章を読んでくれた。
× × ×
凍えるような吹雪を抜けると、氷に守られた場所にたどり着いた。
青く光るその場所は、透明に光る結晶のような者たちによって守護されていた。
結晶のような者たちは、わたしたちの侵入を拒んでゆるさなかった。
彼らは吹雪をあやつり、氷柱の剣を飛ばしてわたしたちを攻撃してくる。
わたしたちがどのような言葉を投げかけても、彼らは決して心をゆるしてくれなかった。。
どうして、わたしたちを攻撃するんだ。
わたしたちはただ、あなたがたと仲良くなりたかっただけなのに……。
× × ×
「これは、おそらくわたしたちの先祖が遺したものでしょう」
長がぼろぼろに朽ちた文献を閉じた。
「わたしたちは長らくこの地で生活をしておりますが、中には外の世界を夢見て、外の世界を渡り歩く者たちがいます。この文献はきっと、彼らが遺した日記なのでありましょうな」
フィールベリをこのむフィルラ族の中にも、旅や冒険をこのむ者がいるのだな。
「青く光るその場所というのが、とても気になるな。俺たちが目指している場所に、かなり似ている」
「そうでしょう。わたしもこの文献を見つけて、思わず『これだ!』と声をあげてしまいました」
俺たちのために文献を探してくれた長のご厚意に感謝したい。
「しかし、透明に光る結晶のような者たちというのも気になるか。青の結晶は守護者たちによって守られているのか」
「そうかもしれませんな。問答無用で攻撃してきたようですから、かなり怖い方々なのかもしれません」
ひとつの危険も冒さずに得られるものではないということか。
「このような情報だけでも、お役に立てますかな」
「もちろんだ! 見ず知らずの俺たちにわざわざ探し出してくれて、感謝する」
「いえいえ。新たな出会いを大切にしろと、フィルラ様の教えに従っているだけでございますから。もう少し情報が得られるかもしれませんから、今しばらくお待ちくだされ」
「かたじけない」
フィルラ族の方々には頭が上がらない。
俺たちも彼らの役に立たなければ。
* * *
次の日は新居を建てたいという者がいたため、ルーベンたちとともに北の森へ向かった。
アーロンが言うには、この北の森に巨大なきのこが多数生息しているのだという。
「あんなばかでけぇきのこが本当にあるのか? うそじゃねぇの?」
ルーベンはあくびをかきながら鋼鉄の槍をひきずっている。
「あんなにでかいきのこが生えてるなんて、にわかには信じられないな」
ウバルドもアーロンの言葉を信用できないみたいだが、無理もない。
「ほんとだって。俺たちは先祖代々あの森のきのこを使って家を建ててるんだから」
「そう言われてもな……」
「あんなにでけぇきのこは、今まで見たことなかったからな」
ルーベンとウバルドの気持ちに同意するが、アーロンがうそをつくとは考えにくい。
「ほんとに生えてるんだけどなぁ……あっ、ほら、あそこ」
アーロンが指した先に森がひろがっていた。
広大な草原の向こうで構成される森は、サルンの森とそれほど差はない。
木の形が槍のようにとがっているが、その程度の差で驚いたりはしない。
「あんたらは強いんだろ。ここのきのこは強いから、すごく助かるよ」
アーロンやフィルラ族の大人たちも、農具のような槍を所持している。
彼らが言うには、森で棲息するきのこたちが攻撃してくるのだという。
それゆえに力の弱い女性や子どもが森に入るのは危険で、建築はもっぱら男性の仕事になるのだという。
「あんなでけぇきのこが生えてるとは思え……」
森に入って、ルーベンがすぐに言葉を止めた。
「どうした、ルーベン」
「あっ、あった」
ルーベンがくちびるをふるわせながら、森の向こうを指した。
陽が差す明るい森の彼方に、ぷかぷかとクラゲのように浮遊するものがある。
その物体は大きな傘を上下に動かして、宙を器用に舞っていた。
いや、きのこが浮いていることも充分に衝撃的であるが、それ以上に驚きなのはその大きさだ。
あのきのこは、俺よりも大きいのではないか!?
「巨大なきのこが、浮いてる……」
「あれはフワフワきのこだな。あれは家にならないけど、近づくと攻撃してくるぞ」
フワフワきのこ……。
きのこは俺たちに気がついたのか、触手のようなものを高速で飛ばしてきた。
「うおっ!」
触手が先頭のルーベンを襲う。
ルーベンは瞬時によけたが、彼がふんでいた地面にぽっかりと穴が開いた。
「けっ、けっこう……強そうだな」
ウバルドが穴をのぞいて顔を青くする。
「へんっ。あのぐらいの野郎でおびえてたら、戦いなんてやってらんねぇぜ!」
ルーベンが槍を低くかまえて突進した。
フワフワきのこがルーベンの動きを察知し、長い触手をまた飛ばしてくる。
ルーベンは叫びながら触手をかわした。
「いくぞぉ!」
ルーベンがきのこの近くまで寄って、直槍を突き上げた。
アンサルディが研いだ鋭利な刃が、きのこの茎を突き破る。
きのこは触手をふりまわしながら抵抗するが、ルーベンは槍で器用に受け止めた。
ルーベンの戦闘のセンスは一流だ。やはり直感が優れている。
「チェストぉ!」
ルーベンが叩き落すように直槍をふりあげて、巨大なきのこを倒した。
「ほぇぇ。あんたら、ほんとに強いんだなぁ」
アーロンをはじめ、フィルラ族の者たちが全員、目をまるくしていた。
「あの程度で驚いてもらっては困るぞ。あのくらいの戦いは序の口だ」
「そうなのか?」
「ああ。アルビオネのドラゴンや凶悪な魔物たちと戦ってきたからな。どのような魔物でも倒してやるぞ」
フィルラ族の者たちから驚きの声が上がった。
巨大なきのこが群生する森の奥へと進んでいく。
この森に棲息するきのこはとにかく巨大で、俺の背丈を超えるきのこがたくさん生えている。
きのこたちは触手を飛ばし、ときには胞子も降らせてくるから油断は禁物だ。
「たしかに巨大で厄介ではあるが、そこまで強くはないな」
ウバルドもアンサルディ殿からゆずってもらった長剣で、きのこの傘を斬る。
アンサルディ殿がつくられた武器は、やはり切れ味が違う。
きのこの傘など、バターを斬るように刃がすり抜けてしまう。
「すげぇなぁ、ほんとに。ずっと村にいてほしいなぁ」
アーロンたちはもはや農具を置いて、俺たちに魅入っていた。
「あんたらの村、意外と居心地いいから、ずっといてやってもいいけどな!」
「意外とは余計だっ」
調子に乗るルーベンをウバルドが殴ると、アーロンたちが一斉に笑った。
「あんたら、ほんとに最高だよぉ」
「ほんとにずっといてくれ!」
フィルラ族の者たちに、俺たちのはたらきが認めてもらえたようだ。
「今日はお前たちの新居を探しにきたのだ。目的をまだ果たしていないのだから、喜ぶのはまだ早いぞ」
彼らの新居になる、いい家はないか。
「そういえば、向こうの泉のそばに、ひときわ大きいきのこがなかったっけ?」
フィルラ族のひとりが、のんきな声で唐突に言った。
「そういえば、ものすごくおっきいきのこがあったな!」
「そうだそうだ。前に俺たちで何度かとりに行ったけど、だれが行ってもあのきのこには勝てなかったんだよなぁ」
「そういや、そうだったなぁ」
そんなに強いきのこがこの森に棲息しているのか。
「今日は強い人たちが三人もいるから、あのきのこに勝てるんじゃない?」
アーロンたちが一斉に俺たちへふり向いた。
ルーベンが、「へん」と鼻を鳴らした。
「やってやろうじゃねぇか。どんなにでかかろうが、きのこなんぞに負ける気がしねぇ!」
「そうだな。きのこくらいだったら、俺でも勝てるだろう」
ルーベンとウバルドもやる気のようだなっ。
「一宿一飯の恩義に報いるため、最高の新居をお前たちにプレゼントしよう!」