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第214話 犬の亜人たちは青の結晶のありかを知っているか

「われわれフィルラ族は、先祖代々このフィールベリに根付いて生活しております。フィールベリは神と精霊の加護を受けており、われわれは太古の昔から平和に暮らしているのです」


 長がのんびりとした声で説明をしてくれる。


 使いの者が木製のトレイにお茶を乗せてくれていた。


 差し出されたお茶は鮮やかな赤い色で、味は濃くないがすっきりとしていてとても飲みやすい。


「われわれはこの地で草を編み、動物たちとともに生活しています。寒い土地ではありますが、家の中は温かく、生活で困ることはありません。住民たちも各々でやりたいことを見つけ、のんびりと暮らしております」


 長が赤い茶を一服して、息をそっと吐いた。


「このように、他所から流れてこられた方々にとって、何ひとつ楽しみと呼べるものはない土地ですが、あなたがたは何故、フィールベリまで来られたのですかな」

「俺たちは青の結晶と呼ばれる伝説上の物質を求めて、北の山を目指しているのだ」

「はて。青の……なんでしたかな?」

「青の結晶だ。北の山にねむるといわれる、古代に存在していた物質なのだが、青の結晶がどうしても必要なのだ」


 長がぶあつい眉毛を上下に動かす。


「そのような物質が、あの遠い北の雪山にあるということですかな」

「はい。文献にそのように記されていたと、俺たちの知り合いが申していたのだ」

「はて。青い物質か。そのようなものを、どこかで聞いたことがあるような気がするが――」

「本当かっ!?」


 俺のとなりでぐいと身を乗り出したのは、ディベラか。


 長が驚いて黒目を見開いている。


「それはどこですかっ」

「これこれ。少々お待ちなさい。急いで探しても、いいことはひとつもありませんぞ」

「もっ、申し訳ありませんっ」


 この村に来てから、ディベラの様子がおかしい。


 顔は赤いままであるし、体調でもすぐれないのか?


「青い物質、か。少し調べてみるかな」

「ありがたい。俺たちは土地勘がないゆえ、自力で捜索するのがむずかしく、どうすればよいか困っていたのだ。だが、フィルラ族の長。ひとつだけ訂正させていただきたいが、俺たちが探しているのは青い物質ではなく青の結晶だ」

「おおっ、そうであったか。これは失礼」


 長が顔をほころばせて、のんびりと笑った。


「では、その青い稲妻とやらと探してみるから、少々お待ちくだされ。その間、あなたがたはここで休まれていかれますかな?」


 青い稲妻ではないのだが……あまり訂正すると、しつこくなってしまうか。


 いや、俺が気にしなければならないのは、そのような小事ではない。


「俺たちがこの村で滞在してもよいのか」

「もちろん、かまわんよ。何もないところでよければな」


 予想だにしていなかった厚遇に、思わず言葉を失ってしまった。


 先を急ぐ旅であるが、宿を借りられるのはとてもありがたい。


 皆の意見はどうか。ディベラやルーベンに目くばせするが、ここで宿泊させていただくことに異論はなさそうであった。


「ありがたい。では、何日か宿泊させていただきたい」

「ほっほっほ。そうした方がよろしかろう」


 この長は懐がとても深い方だ。


 ひとつの土地を預かる身として、参考にさせていただきたい方だ。


「青の結晶について、何日ほどで探し出せるだろうか」

「そうですな。ざっと三年といったところですかな」


 三年だと!?


 そんなにかかるのかっ。


「おや、どうかされましたか」

「長。お気持ちはありがたいのだが、三年間もここで待ち続けることはできない。ヴァールが……いや、待ち人を本国に残しているのだ」

「おや、そうでしたか。それは残念ですな。三年なんて、あっという間だと思うが」


 長の時間に対する感覚は、俺たちとかなり異なるようだ……。


「空き家が何軒か残っていたはずだ。住民たちに案内させるから、そこに泊まっていきなさい」

「お心遣い、感謝する」


 フィルラ族の長に礼をして、木製の丸い扉を押し開ける。


 静かだった長の家の前にフィルラ族の者たちで殺到しているだと!?


「なぁなぁ、あんた、どこから来たんだ!?」

「どこからここまで来たの!?」


 フィルラ族の者たちは大きな口を開けて、まさに犬の所作で舌を出しながら俺たちに質問してくる。


 他所から来た旅人がよほど珍しいのか。幼児のような純粋さで尋ねてくるが……数が多すぎて対応し切れない!


「これこれ。お前たち、下がりなさい」


 長が見かねたのか、家から出て住民たちを下がらせようとしてくれるが、住民たちはなかなか言うことを聞いてくれないようだ。


 わずかな者たちが身を寄せ合う村だと思っていたが、どうやら俺の考えが誤っていたようだ……。


「ヴァルなんとかの方がた、申し訳ありません。何分、他所から客人を出迎えたことがないので、皆が興味を示しているのです」

「はあ」

「大した娯楽もない村ですから、どうか、皆の相手をしてやってくだされ」


 フィルラ族の者たちは、純粋な心をもつ者たちなのか。


「なんだか、えれぇ場所に来ちまったなぁ」


 興奮する村の者たちに下がるように指示していただき、何日か寝泊まりをさせていただく空き家へと案内してもらう。


 ルーベンとウバルドは、幼児のように押し寄せるフィルラ族の者たちに早くも疲れ切っているようだ。


「そうだな。悪い者たちではないのだろうが……あんまり近づかれると困るよな」

「ああ。かわいいやつらだけど、あんなに数が多いとな……」


 ふたりともため息をついて、フィルラ族の者たちとどのような距離で接すべきなのかどうか、悩んでいるか。


 邪気がない心というのは、場合によって対処がむずかしいときがあるか。


 あまり感情を出さないディベラも、きっとフィルラ族の対処に辟易していることであろう。


 彼女は俺のとなりを歩いているが、ルーベンたちの話に乗ってこないか?


「かわいい……」


 ディベラ……?


「どっ、どうかされたか!?」

「空き家はふたつ用意してもらえるようだ。俺はルーベンたちと同じ家を借りるから、ディベラはもう片方の家を使ってくれ」

「わかっ……わかりました」


 彼女の様子がずっとおかしいな。体調をくずしているようには見えないが……。


「顔が赤いが、熱でもあるのか? 回復するまで、ここで休ませてもらえるように話しておいた方がよいか?」

「い、いや……! だいじょうぶだ……いえ、だいじょうぶです。ドラスレ様は、お気になされないように」


 だいじょうぶそうには見えないのだが……。


 ディベラは部下たちを従えて、もう片方の空き家へと案内されていった。


「なんだぁ? あいつ」

「さっきからずっと挙動不審だぞ、あの女」


 ルーベンとウバルドも彼女の異変に気づいたか。


「この村に来たときから、どうにも様子がおかしいのだ。この村の空気が合わないのか」

「んなことはないんじゃね? ほうっとけばいいっしょ」


 ほうっておいてもよいのだろうか。


 通された空き家は、案の定きのこでつくられた家であった。


 低い扉から潜り込むように入る。


 室内は一間しかないが、長の家と同じように広い。


 物置として使われていたせいか、だれかの所有物がそこかしこに置かれているが、それを差し引いても俺たち三人がくつろげる広さがあった。


「きのこの中で寝泊まりするというのがかなり抵抗あるが、意外と広いんだな」


 ウバルドが眉をひそめながら部屋を見まわす。


 きのこの白い壁にさわろうと手をのばしたが、すぐに引っ込めた。


「きのこの家に、犬の亜人が暮らす村だもんなぁ。いいやつらだけど、なかなかメルヘンだよなぁ」


 ルーベンは鋼鉄の槍と荷物を放り投げて寝転がった。


「こんなじめっとした床によく寝られるな」

「けど、けっこうあったかいぜ」


 ルーベンの言う通り、きのこの茎でできた床は熱を少し放出している。


 異質な見た目さえ気にしなければ、この寒い地方にうってつけの素材なのかもしれない。


「グラート。ここに何日くらい泊まる気なんだ? 三年も待っていたら、アルビオネにヴァレダ・アレシアが攻撃されちまうぞ」

「無論、三年も待つわけにはいかない。待っても三日といったところであろう」

「そうだな。あまり長い間いるわけにもいかないだろうし」

「フィルラ族のご厚意を無下にはできない。だから一宿一飯の恩義に報いてから、ここを立ち去ることにしよう」


 俺が床に座ってこたえると、ルーベンが寝ながら俺を見やり、「まじめだねぇ」と冷やかした。


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