第210話 最強の斧をよみがえらす、青の結晶
「うわぁ」
大きな包みの中から出てきたヴァールアクスは、無残な状態であった。
強靭な刃は石片のようにくだけ散り、長かった柄も短く切られてしまっている。
元は斧であったのか、それすら判別できないほど破壊しつくされていた。
「これ、ほんとに前は武器だったのかよ。そんなふうには見えないけど」
ダニオが俺のとなりで眉をひそめていた。
「無残な姿に成り果ててしまったが、元は最強の斧であったのだ。俺はこの斧をとって、幾多の戦場を渡り歩いてきたのだ」
「じゃあ、大事な武器だったんだな」
「そうだな。命の次に大事なものだ。残骸をすべて持ち帰れればよかったのだが、強敵との戦いの最中に壊れてしまったのでな。すべてを回収することはできなかった」
胸にぐさりと鋭い何かが突き刺さる。
元の形がわからないほど壊れてしまったこの斧を修復することはできるのか。
アンサルディ殿もヴァールアクスの残骸を見下ろしていた。
「武器はいつか壊れるもの。いくら大切に手入れしていたとしても、使い続ければ耐久度は下がってくる。アルビオネのドラゴンたちを相手にしていたというのであれば、なおさらだ」
「そうだな。だが、この斧は並のドラゴンなど寄せつけなかったぞ。押し負けたのはヴァールひとりだけだ」
「余計なことは言わなくていい。どんなに言い訳しても、ドラゴンに勝てなかったことに変わりはない。俺の技術も、まだまだ未熟だったということだ」
アンサルディ殿の鍛冶技術と武器製造技術は決して未熟ではない。
この人がつくった武器でなければ、もっと早く壊れていたはずだ。
アンサルディ殿がそっと手を伸ばす。
ヴァールアクスの残骸の上に手を当てて、何かを探っているようであった。
「わずかだが魔力を感じる。この斧は、まだ死んでいない」
「こんなにばらばらなのに、死んでないの!?」
「ダニオ、おぼえておけ。物というのは、そう簡単には死なん。たとえ壊れてしまっても、俺たち技術者が命を吹き込めば、かつての輝きを取り戻すことができるのだ。
武器や防具も同じだ。こぼれた刃は研げばかつての鋭さを取り戻せる。脆くなってしまった鉄は、補強すればまた頑丈になる。壊れてしまったことを嘆いているヒマがあるのなら、少しでも早く物に新たな命を吹き込むのだ。壊れたものたちは、それを期待している」
ダニオといっしょに、俺も諭されているようだ。
この言葉を俺もしっかりと覚えておこう。
「ダニオ。お前も技術者になりたいのなら、胸に刻み込んでおくのだ」
「う、うん。わかったよ」
アンサルディ殿は、ダニオを大事にしているのだな。
アンサルディ殿は砕けた刃をとり、短くなった柄を見定める。
後ろの机から書物を取り出して、何かを調べているようであった。
「この斧をどうやって直すというのだ?」
「武器を単に直すだけであれば、簡単だ。新たな刃を打ち、柄を用意すればよいのだからな。重要なのは、そこではない。どうやって、前の斧を超える強さを手に入れるかどうかだ」
アンサルディ殿は、俺たちよりも先を見すえている。
「武器に封じ込められた魔力は、『青の結晶』を使えば性質を変えられるかもしれない」
「青の結晶……?」
「青の結晶は強大な魔力を取り込み、純粋な青い力へと変える鉱石なのだという。はるかむかし、古代人はこの結晶を使い、強力な武器を製作していたようだ」
はるかむかしの古代人……というのは、超文明と預言士のことか?
「そんな物質が、現代でまだ採掘できるのか?」
「さぁな。文献に書かれているだけの、伝説上の物質だ。実際にあったかどうかも定かではない。だが、手もとの資料を昨日から調べていたが、この物質を除いて武器を補強する方法は思いつかなかった」
アンサルディ殿は、俺の依頼を受ける気でいてくれていたのか。
「ありがとう。ならば、その鉱石は俺たちが探そう」
「正気か? 架空の物質なのかもしれないんだぞ」
「リスクは承知している。その鉱石を使うしか方法がないというのであれば、探しに行くしかあるまい」
「グラート……正気か?」
ウバルドも険しい顔を向けていた。
「それは危険だ。アルビオネがいつ攻めてくるか、わからないんだぞ。それなのに、あるのかも定かではないものを探しに行くのはリスクが高すぎる」
「だが、その鉱石でなければヴァールアクスを超える斧はつくれないのだ。ヴァールと戦うために、青の結晶を探すしかないだろう」
「そうなのか? いや、だが……」
ウバルドが言葉をつまらせる。
普通に考えれば、あるかわからないものを探したりしないだろう。
しかし……マドヴァのルヴィエド宮殿で戦ったヴァールの姿が脳裏をよぎる。
――俺様の手足じゃ斬れねぇっつってるだろ。
――つまんねぇ。なんだ、このざまは。
――てめぇはもう、その辺にいるザコとおんなじだ。
やはり並の武器ではあの男に太刀打ちできない。
「どうしても、青の結晶というのを探しに行きたいのか」
「ああ。今の俺では、ヴァールに勝てない。並の武器を調達してもらったとしても、あの男にはきっと太刀打ちできないだろう。このままヴァレンツァにもどっても、ヴァールに倒される未来しか俺には見えないのだ」
「そうか……」
ヴァールと戦うために、どうしても強い武器がほしい……!
「アンサルディ殿。青の結晶はどこに行けば手に入るか、わかるか」
「文献によると、青の結晶は遠い北の山で精製される物質なのだそうだ。おそらく、アルビオネよりさらに北の冬の山だろう」
アルビオネの北に、そんな場所があるのか。
「そこに行っても青の結晶が採れるかどうかはわからない。それでも行くというのなら、この残骸は俺が預かってやろう」
「ああ、たのむ」
「お前は丸腰のままアルビオネの北へ向かうつもりか? 代わりの武器が欲しければ、持っていけ」
部屋のあちこちに長剣や小型の槍が転がっている。
いずれもアンサルディ殿がつくった希少な武器なのか。
「いいのか?」
「かまわない。どうせ、ヒマつぶしでつくったものだ。お前が壊した斧と比較したら、棒切れ程度の価値しかない」
そのようなことはないと思うが……。
そばに落ちている長剣に手を伸ばす。
剣先を立てて、刃の腹をウバルドとのぞき込んだ。
刃は鏡面のように磨きかけられている。
松明の赤い光を反射して、ぼやけた光に鋭さを与えていた。
「すごい剣だな……」
「ああ。こんなに丁寧に磨かれた鋼の剣を見るのは初めてだ」
アンサルディ殿が製作された武器は、冒険者や傭兵たちにとって垂涎の的となっている。
ウバルドも剣の鋭さに目を奪われて、ごくりと生唾を飲み込んでいた。
「俺の仲間たちも先の戦いで武器を失ってしまった。彼らにも武器をお貸しいただけないか?」
「かまわない。好きなものをもっていけ」
アンサルディ殿のなんと懐の深いことか!
手にしていた鋼の剣をウバルドにわたすと、彼は両手で剣を受け取った。
アンサルディ殿が俺を見て薄く笑った。
「でかい武器はここにはないが、他の部屋にあるだろう。ポールアクスもかなり前だが、何本かつくっていたはずだ」
「そうか。かたじけない」
「気にするな。久しぶりに心が躍るような依頼を受けたからな。だが、お前ならばわかっていると思うが、俺を失望させるなよ。しばらく待ってやるが、あまりに帰ってこなければ、お前が俺を裏切ったと判断するからな」
「わかっている。青の結晶とやらを、必ずやもって帰ることを約束しよう」
アンサルディ殿の剣よりも鋭い眼光が、俺の胸を差し貫こうとしていた。