第209話 最強の斧をつくりなおす方法は
「お師匠、さん?」
ダニオが後ろで不安げに声をあげていた。
「昨日はお前らを相手するのが面倒だったから、適当に言葉を並べて怒鳴り散らしてやったんだが……お前のようなバカは初めてだ! 俺の言葉を真に受けて、バカがつくほど真面目に交渉してくるとはな」
この人は、俺をためしていたのか。
「俺はてっきり、お前が諦めて帰るか、腕ずくで俺に武器をつくらせるか。そのどちらかを選ぶと思ってたんだがな」
「昨日も言ったが、俺には諦められない理由がある。だが、あなたに武器の製作を強要したところで、前の斧を超える究極の斧はつくってもらえない。それならば、他の職人を頼る方がマシであろう」
アンサルディ殿はよほど機嫌がいいのか、先ほどからずっと笑っている。
昨日のように邪険にされていないのだから、交渉は失敗していないのだろうが。
「お前はドラゴンスレイヤーなどと名乗ってたやつだなっ。思い出したぞ! 以前にここを訪ねてきたときも、俺の無茶ぶりを真に受けて、ドラゴンの素材を持ち帰ってきてただろう」
「ああ。あなたがヴァールの遺体から鱗を剥ぎ取ってこいと言ったから、その通りに実行したのだ。そうしなければ武器をつくらないと、あなたから言われたのでな」
「あのときも、俺の無茶ぶりには応えないだろうと思ってたんだがな。どうやら、お前のバカがつくほどの真面目さは、あれから少しも変わっていないようだな」
蔑まれているように聞こえるが、アンサルディ殿の表情はほがらかであった。
「あの要求もかなり無茶ぶりだと思っただろうが、お前にドラゴンの素材を持ってこいと言ったのには、しっかりとした理由があったのだ」
「わかっている。ヴァールはアルビオネの頂点に君臨していたドラゴンの王。彼の鱗や爪を素材として使えれば、並のドラゴンの素材を加工した武器よりも間違いなく強くなる。あなたは最強のドラゴンの武器をつくってみたかったのではないか?」
アンサルディ殿がにやりと口もとをゆるめた。
「俺はあの要求の真意を理解したから、一度山を下りてヴァールの素材を集めてきたのだ。何も考えずに、あなたの要求に従っていたわけではない」
「バカ正直なだけに見えて、実はしっかりと考えて行動していたということか。意外と食えない男だな、お前は」
俺は身体がでかく、力押しの戦闘を好むため、頭をあまり使わない人物であるとよく誤解される。
どのように力が強い者であっても、わずかな判断の過ちが死へと直結する戦場を生き抜くために、おのれが持つ知恵を最大限に発揮しているのだ。
「お前が前に持ち帰ってきたドラゴンの素材……あれは、いいものだった。ただ固いだけの代物ではなく、高い柔軟性を備えた素晴らしい素材だった。鉄との相性もよく、打てば打つほど鉄によくなじみ、さらに黒い魔力までどんどん増幅されていった……!
あのような素材を、俺はそれまで見たことがなかった。先にも後にも、お前が持ってきたあの素材だけだった。あんな武器がまたつくれたら、どんなに幸せだろうか」
アンサルディ殿は、ヴァールアクスをまたつくりたいと思っているのか?
だが、ヴァールの素材を持ち帰ることはできない。
手もとに残っているのは、壊れてしまったヴァールアクスだけだ。
壊れてしまったヴァールアクス……?
あれを再利用すればいいではないか!
「あなたに以前につくっていただいた斧は、先の戦いで壊れてしまった。ヴァールがよみがえって、あの斧が壊されてしまったのだ」
「ほう、そうなのか。俺がつくった最強の斧を壊す者がいるとは」
自分がつくった斧を壊されたと知っても、アンサルディ殿は意外と機嫌を損ねていなかった。
むしろ身を乗り出して、話をくわしく聞きたがっているようだ。
「ヴァールは、ヴァールアクスの本体というべき存在だ。彼がよみがえった詳細な方法は省くが、彼の身体の一部を加工した斧では、彼本人には通用しなかったのだ」
「そういうことか。自分の腕で殴られるようなものだからな。自分の身体に殺される者など、この世にはひとりもいないだろう」
「そうだ。だが、ヴァールアクスの残骸を無駄にするのはもったいないと思う。あれを、あなたなら再生させることができるのではないか?」
気づけばダニオがそばにいて、飲み水を器に注いでくれていた。
「ありがとう、ダニオ」
「気にすんなよ。俺も、いっしょに話を聞いてもいい?」
「ああ。もちろん、かまわないぞ」
ダニオの警戒心もかなり和らいでいるようであった。
「お師匠さんがこんなにうれしそうなの、初めて見るからさ! なんか、すげぇ武器をつくるんだろっ」
「ああっ、すごい武器をつくるぞ。前の斧を超える、真の最強の斧だ!」
「真の、最強の斧……っ」
ダニオもアンサルディ殿と同じく目をうっとりさせている。
いい武器職人になれそうだ。
「お前が言う通り、俺が前につくった斧をまだ持っているのなら、それを再生させた方がいいだろう。壊れていても、素材の価値はまだ残されている」
「そうか! では――」
「だが、それだけではだめだ。その斧を再生させただけでは、その斧を壊したやつに勝つことはできない」
彼の冷徹な断定が、俺とダニオの浮かれる気持ちを粉砕した。
「だめ、なのか」
「完全にだめだというわけではない。そのまま再生させただけでは、お前の斧を壊した相手に通用しないと言っているだけだ。ようするに、別の素材をくわえて鍛造しなおせばよいのだ」
別の素材をくわえて鍛造しなおす……。
「武器や防具につかわれる素材は、ドラゴンの鱗や爪だけではない。希少な鉱物や隕鉄、または別の魔物の血や心臓でさえも素材としてつかえるのだ。
前の斧に、別の強い力を混ぜる。反作用を起こさない、相性のいい素材をつかってな。うまくいけば前の斧の力が増幅され、お前の斧を壊した相手にも通用するようになるだろう」
アンサルディ殿の低く強い言葉が、俺の未来を明るく照らしてくれた。
「なんかよくわかんねぇけど、すげぇ武器になりそうだな!」
「そうだなっ。俺もわくわくしてきたぞ!」
だが、別の素材はどれを選べばいいのか。
「ドラゴンの素材と相性がいいものはある程度知られているが、並の素材では前の斧を生かせないだろう。さて、どうしたものか」
「そのあたりの専門的な知識を俺はもたない。すまないが、アンサルディ殿で調べてくれないか」
「もちろん、かまわない。あの斧を壊した者を倒す、最強の斧につかえる素材は何か。むずかしそうだ」
アンサルディ殿が机に手を伸ばして、ちいさな本棚に立てかけられていた書物を開けはじめた。
ダニオは俺を見上げて、無邪気な笑顔を返してくれた。
* * *
ルーベンたちが待つ湖の畔へと一度もどり、昼食を摂った後に改めてアンサルディ殿の洞窟を訪れた。
ウバルドだけを従えて、またアンサルディ殿が待つ洞窟へと入る。
「ルーベンが意味もなく持ち帰っていた、この斧の残骸が役に立つとはな」
ルーベンがもっていたヴァールアクスの残骸を、ウバルドに運んでもらう。
「この斧を再利用して、最強の斧をつくるのだ。俺たちの道は、まだ閉ざされていないぞ!」
「あのアンサルディから、武器製造の承諾をもらえるとはな」
アンサルディ殿は、ヴァールアクスをつくり直してくれると言っていた。
しかし、無償でつくり直してもらえるわけではない。
以前のように難題を与えられるはずだ。
「彼を説得するのは絶対に無理だと、皆で話してたんだがな」
「アンサルディ殿にも確固とした考えがある。俺たちを無下に断っていたわけではない」
「無下に断ってたと思うが……」
「俺の斧をつくってくれると言ってくれたが、難しい課題や条件が提示されるはずだ。心して向かわなければ」
アンサルディ殿はダニオと昼食を済ませていたようだ。
俺がウバルドを連れて戻ってきたときは、ふたりで茶を一服していた。
「来たか。それが、壊れた武器だな」
「ああ。戦場で壊れたゆえ、回収できたのは残骸の一部でしかないが、素材として使うことはできるはずだ」
ウバルドが大きな包みに入れられたヴァールアクスの残骸を置いて、部屋の中央に広げた。