第208話 アンサルディを説得する秘策
「ルーベン。さっき、なんと言ったのだ」
他のことを考えていたせいか、ルーベンの言葉をしっかりと聞けていなかった。
「ほぇ? 俺、なんか言ったっけ」
「ああ。とてもいい手がかりになる言葉だと思ったのだが」
ルーベンが寝転がりながら、俺を子どものように見ていた。
「なんか言ったかなぁ」
「ヴァールの素材を持ってこいと言ったのではないか?」
ウバルドが言葉を添えてくれるが、ヴァールの素材ではなかったと思う。
「いや、ヴァールアクスをまたつくるのはだめだ。素材が手に入ったとしても、ヴァールには通じない」
「そ、そうだな……」
「では、ヴァールの素材に代わる、新しい素材を手に入れればよいということでしょうか」
ディベラの提案が、一番理に適っているように思える。
「ヴァールの素材を超える、新たな素材が手に入ればいいのか。そうすればきっと、アンサルディ殿も興味をしめしてくれる」
「はたして、そうなのでしょうか」
「ああ。何度も言っているが、アンサルディ殿はヴァレダ・アレシア随一の武器職人だ。彼の武器製作に対する熱意とこだわりは、他の職人たちを寄せつけない。
彼がずっと追い求めているのは、だれもつくったことがない究極の武器だ。彼はヴァレダ・アレシアの平和よりも、究極の武器をつくることに熱意を感じる人物であったのだ」
彼の本性を俺は見誤っていた。
世俗や人々の生活に興味をしめさないアンサルディ殿に、ヴァレダ・アレシアの危機を訴えても気持ちは届かないのだ。
「究極の武器、ですか。そんなものをつくって何が楽しいのか、まったく理解できませんね」
ディベラが冷たく言い捨てる。
「武器は戦うために使うものでしょう? ドラスレ様のように、多くの人たちを助けるために強い武器を求めるのは理解できますが、アンサルディ殿は武器を製作することが目的になっている。本末転倒ではないですか」
「そう思うかもしれねぇけど、俺はおっさんの気持ちがわかるけどな」
ルーベンが起き上がって、にっと口もとをゆるめた。
「そうなのか?」
「ああ。だれもつくったことがねぇ、究極の武器をつくりてぇ! なんか、すげぇロマンがつまってるじゃねぇか。前人未踏っつうのは、やっぱり熱いよなぁ」
「そういうものなのですか。男性の気持ちは、理解しかねますね」
男なら、だれもが驚くような偉業を成し遂げたいと思うものだ。
アンサルディ殿が真の武器職人であるのなら、究極の武器をつくりたいと思うのは自然の発想だと思う。
「ようするに、俺らが困ってるから助けてくれって懇願するんじゃなくて、あいつが興味をそそるような提案をすればいいということだな?」
ウバルドがこれまでの話を総括してくれた。
「そういうことになるな。言われてみれば、俺たちは彼の気持ちを考えずにいきなり押しかけて、自分たちの希望ばかりを押しつけていたように思える」
「そうだな。先に連絡もしないでいきなり家に入ってきて、金をたくさんやるから武器をつくれと言われたら、嫌な気持ちにもなるか」
「そういうことだ。俺たちはやはり礼を欠いていたのだ」
重苦しい状況に、これで光が差すか。
「金をたくさんやるんだから、別にいいと思うけどなぁ。あのおっさん、やっぱり性格悪いぜ」
ルーベンの何げない言葉が飛び出して、ディベラの冷たい表情にも笑みがこぼれた。
* * *
次の日に俺はひとりでアンサルディ殿の住む洞窟を訪ねた。
アンサルディ殿ひとりに対し、大勢で押しかけるのはよくないと判断したからだ。
さらにルーベンやディベラは、アンサルディ殿に良い印象をもっていない。
彼らを連れていかない方がいいだろう。
「あっ! おっさん、また来たの?」
アンサルディ殿が住む洞窟の出入り口で、ダニオとばったり会った。
「おはよう、ダニオ。アンサルディ殿はご在宅かな?」
「ござ……? なんだよ」
「アンサルディ殿は洞窟の中にいらっしゃるか、と聞いているのだ」
「あ、ああ、そう。そりゃ、いるさ。まだ陽がのぼったばかりだろ」
ダニオは充分な教育を受けていないのか。
このまま武器職人を目指してよいのか。老婆心でいらない言葉がノドから出かかってしまう。
「お師匠さんにまた頼みに来たのかよ。しつけーなぁ」
「しつこくしてしまって心苦しいが、俺たちにも引き下がれない事情があるのだ」
「前に言ってた、多くの人たちが犠牲になるとかっていうやつ? めっちゃ嘘っぽかったんだけど」
ダニオの許可をいただいて、洞窟の中へと足をふみ入れる。
「嘘ではない。アルビオネの者たち……いや、違うな。北で暴れている魔物たちが都に押しよせて、多くの人たちに襲いかかろうとしているのだ。きみの親や兄弟だって、ヴァレンツァかその近くに住んでいるのだろう?」
「まぁ、そうだけど」
「それならば、きみは他人事ではないだろう。たとえ親や兄弟と仲違いしているとしても、放っておくことなどできないだろう。彼らの命が奪われてしまったら遅いのだぞ」
「そうかもしれないけどさ……」
アンサルディ殿は、今日も最下層の部屋でくつろいでいた。
ハーブティのようなものを飲んでいるようだ。
「また来たのか。でかい男よ」
「ああ。どうしても、武器の製作をあなたに依頼したい」
アンサルディ殿が器をサイドテーブルに置く。
俺を見上げる眼光は今日も鋭い。
「懲りない男だな。昨日、あれほどはっきりと拒絶したのに、まだわからないのか」
「俺は、あなたの気持ちを考えずに、俺の思いだけを一方的に話していた。それは、騎士として恥ずべき行為だ。あなたの気持ちを汲み取ろうとしなかったのだから、あなたから反感を買ってしまうのは道理であったのだ」
アンサルディ殿から許可をいただいて、地面にあぐらをかく。
俺をまっすぐに見つめるアンサルディ殿が、うすく笑った。
「殊勝な心がけだ。だが、うわべだけ取りつくろっても、俺はだまされないぞ」
「わかっている。あなたをだます気など毛頭ない」
「ならば、どうやって俺と交渉するつもりだ? 言っておくが、俺は大金を積まれても動じないぞ。今の生活で金など必要ないからな。世俗の問題など、もっての外だ」
この男の強い意思が、口から静かに吐き出される。
このように剛情な性格だから、街の人たちと共存できないのであろう。
「交渉する前に、あなたにひとつお聞きしたい。あなたが求める究極の武器とは、どのような武器か」
「なにっ」
「あなたはヴァレダ・アレシア随一の武器職人だ。純粋なあなたはだれよりも武器の可能性を信じ、今まで見たことがないような素晴らしい武器を渇望しているのではないか。そう、あなたに尋ねているのだ」
剛情なアンサルディ殿が、呆気にとられている。
「お前の考えが読めん。それを聞いて、お前はどうするというのだ」
「さっきも言わせていただいたが、俺はあなたの気持ちを汲み取れていなかったのだ。だから昨晩、皆とあなたの気持ちを汲み取ろうと相談をかさねた。
あなたはだれよりも純粋な心をもつ武器職人だ。あなたの興味は金ではなく、王国や人間社会でもない。新たなる武器の出現と、武器が持つ可能性をひろげていくことなのではないのか?」
この考えが外れていたのであれば、今日はおそらく出直した方がよいだろう。
だが、おそらく俺の考えは外れていないと思う。そういう確信があった。
アンサルディ殿は口を半開きにしたまま、俺を唖然と見つめているだけであった。
それから、どのくらいの時間が流れたのか。彼が突然、笑い出した。