第206話 ヴァレダ・アレシアいちの武器職人と対面
俺が以前にヴァールアクスをつくってもらったとき、アンサルディ殿は独りで生活していた。
彼に弟子入りするために、遠方から訪れる者はいたと聞いていたが、彼らの志願をすべてすべて言下に断っていたようなのだが。
「よくわかんねぇけど、なに。おっさんたちも、お師匠さんの弟子になりたいわけ?」
ブロンドの髪の男の子が、尻についた砂を乱雑にはたく。
「違う。俺はアンサルディ殿に武器の製作を依頼したいのだ。以前にも、彼に武器をつくってもらっている」
「ふぅん」
男の子がそっけなく顔をそむける。
「知らねぇけど、あきらめた方がいいと思うぜ。おっさんたちじゃ、お師匠さんを説得できねぇもん」
アンサルディ殿はかなり気むずかしい男だ。
この子の言葉は、決して脅しではないだろう。
「おっさん、おっさんって、さっきから何回も言いやがって。俺らはおっさんなんて呼ばれる年齢じゃねぇ」
ルーベンがのっしのっし歩いて、俺の前に出る。
男の子をにらみつけるが、彼は少しも怖がっていないようであった。
「おっさんにおっさんって言って、何が悪いんだよ」
「だからっ、おっさんじゃねぇっつうの!」
「ムキになんなよ! 大人のくせに、みっともねぇ」
この子はなかなか口が達者なようだ……。
「てめぇ、さっきから黙って聞いてれば、調子に乗んなっ!」
「うわぁ、ムキになったっ。だっせ!」
男の子がけらけらと笑って、森の奥へと逃げていってしまった。
ルーベンが怒り、彼の後を追っていく。
「おい、ルーベン。やめろ!」
「子ども相手にムキになるなんて、みっともないぞ」
ウバルドとディベラが呆れて声を上げるが、ルーベンには聞こえていないか。
「俺たちも行こう」
予想外の展開に少し面食らってしまったが、気を取り直して暗い森を進んでいく。
男の子が落とした木桶を拾って、道を歩いていくと二人にすぐ合流できた。
ルーベンは男の子を捕まえているようだが……。
「いってぇな、はなせよ!」
「けっけっけ。はなしてやるもんか。大人をなめてっと痛い目に遭うっつうのを、しっかりとわからせてやらねぇとな」
ルーベン……大人げないことをするな。
「ルーベン、やめろ。みっともない」
ウバルドが見かねて彼らを引き離してくれた。
「ウバルっ、邪魔すんなよっ」
「やめろ。相手は子どもなんだぞ」
「子どもだからって、言っていいこととわりぃことがあんだろうがよ」
ルーベンは子どものように純粋な部分があるが、これは長所ばかりではないのか。
ルーベンに悪態をついている男の子も活発すぎるようだが。
「きみは、なんという名前なのだ?」
俺が尋ねると、彼はまたむっと口をとがらせた。
「ダニオだよ」
「ダニオか。よい名だ。ダニオはアンサルディ殿に弟子入りして、どのくらいになるのだ?」
「まだ二ヶ月ぐらいだよ。文句あっか」
アンサルディ殿に弟子入りして、まだ間もないのか。
「きみは親元を離れて、ここに住み込んでいるのか? まだ親のそばにいたい年齢だろうが」
「んなこたねぇよ。あんなやつらといっしょにいるくらいだったら、お師匠さんのとこにいた方がマシだ」
どうやら家庭環境に問題を抱えているようだ。
ダニオの道案内に従い、アンサルディ殿の住む洞窟へと向かった。
高い崖と地面の間に、闇の入り口がぽっかりと開いている。
アンサルディ殿の住む洞窟は、この地上の出入り口から入り、地中へと降りていく構造になっている。
一本の坑道のような回廊が何度か曲がり、複数の部屋をつないでいる。アリの巣のような構造だ。
「こけないように、気をつけろよ。こけたら一番下まで、まっさかさまだぜ」
ダニオは口が悪いが、俺たちを気遣ってくれている。
「こんな暗い場所に住んでいるのか」
「天井が崩落したら生き埋めになるぞ……」
ディベラとウバルドはこの洞窟があまり気に入っていないようだ。
「洞窟に住むとか、わけわかんねぇ。まるで原始人だな!」
ルーベンは、かっかっかと笑っているが、
「ばーか。お師匠さんに聞こえてるぞ」
ダニオからあざけるように指摘されて、ルーベンは顔を青くした。
「げ。マジかよっ」
「マジだよ。ここ、すっげぇ静かだし、音もこもるから、どっかの部屋で鳴った音が全部の部屋で聞こえるんだぜ。あーあ。もう武器はつくってもらえねぇな」
アンサルディ殿は、そのように短絡的な人物ではない。
「グラートぉ」
「心配するな。アンサルディ殿はその程度で腹を立てたりしない。俺たちは最大限の礼儀を尽くすのだ」
泣きそうなルーベンをはげまし、一番奥の部屋へと進んでいった。
一本道の回廊は天井が低く、横幅も狭い。
だが、この部屋はかなり広いようだ。
「今日はなんだ。さっきから、騒がしい」
壁にかけられた松明が部屋を照らしてくれる。
静かに揺れ動く光の向こうで、大柄な男の背中が映し出されていた。
「ごめんよ、お師匠さん。なんか知らねぇやつらが、お師匠さんに武器をつくってしつこいんだ」
ダニオが男に泣きつく。
クマのように大きな身体。タンクトップから露出された、少し丸みのある肩。
浅黒い服を着て、今日も地べたに寝転がっている。
この巨大なモグラのような男が、アンサルディ殿だ。
「アンサルディ殿か。久しぶりだ。グラートだ」
アンサルディ殿がむくりと起き上がる。
少しふくよかな体型は、当時のままか。
「グラート? だれだ」
「忘れたのか? 前にヴァールの死骸から爪と鱗を持ち帰り、あなたに見事な斧をつくってもらった」
「斧? そんなものをつくったおぼえはないが」
アンサルディ殿は、俺のことを忘れてしまったのか。
彼が身体を向き直して、俺をまっすぐに見すえる。
「お前のようなでかい男に、前に会ったような気がするな」
「おぼえていてくれたか」
「ふん。ここに来る連中は、ろくでもないやつばかりだ。いちいち顔をおぼえる気にもなれん。お前もどうせ、そのひとりなのだろう?」
武器製作の交渉は、予想よりも難航しそうだ。
「アンサルディ殿。手短に用件を伝えさせてもらう。俺に新しい斧をつくってほしい。もちろん、無償でつくれなどと脅す気はない。あなたが望む、最大限の報酬を用意するつもりだ」
アンサルディ殿の浅黒い顔が松明の光に照らされている。
「ヴァレダ・アレシアの民たちを守るために、新しい斧がどうしても必要なのだ。以前に製作していただいた斧は、ヴァールとの戦いで壊されてしまった。北のアルビオネで、俺が以前に倒したヴァールが復活し、ヴァレダ・アレシアにふたたび侵攻しようとしているのだ」
アンサルディ殿はヴァレダ・アレシアを好んでいないだろうが、民たちの危機を憂いてくれるだろう。
「ヴァールを倒せるのは、俺しかいない。だが、ヴァールアクスはなくなってしまった。ヴァレダ・アレシア広しといえども、あの斧を超える武器をつくれるのは、あなたをおいて他にいない。あなたにどうしても、あの斧を超える究極の斧をつくっていただきたいのだ」
民たちの悲痛は、アンサルディ殿に届くか。
俺の素直な思いを伝えた。まずは返答を待つ。
ダニオやルーベンたちが見守る中、アンサルディ殿は何を考えているのか、しばらく無言であった。
「お、師匠……さん?」
ダニオが不安げに顔を上げるが、彼は微動だにしない。
「ダニオ。水は汲んできたのか」
「え……っ、水……?」
「そうだ。汲んでこいって言っただろ」
ダニオはアンサルディ殿から水汲みを頼まれていたのか。
「あっ、そうだった。やっべ!」
「飲み水がなくなったんだ。いいからさっさと汲んでこい」
「うっ、うん」
ダニオが木桶をとって、部屋から飛び出していった。
「ぶしつけに現れて何を言うかと思えば。見ず知らずの者に武器をつくれと言うのか」
「突然の訪問となってしまったことは、申し訳ないと思っている。急を要する状況であるため、訪問すると事前に連絡することができなかったのだ」
「ふん。一本の武器をつくるのに、どのくらいの手間と時間がかかるのかも知らずに、おのれの要望だけをずけずけと言えたものだ。少しくらい、礼儀をわきまえた方がいいんじゃないのか?」
アンサルディ殿の説得は、やはり一筋縄ではいかないか。