第203話 追っ手をふり切って敵地から脱出できるか!?
「くたばれぇ!」
ザパリョーネの雄叫びのような声が森にひびく。
倒れる俺にザパリョーネは容赦なく襲いかかり、胸を貫かんと腕を伸ばしてくる。
「くっ!」
飛びはねるように身体を起こして、ザパリョーネの魔の手から逃れる。
「人間ごときがぁ、なめんじゃねぇぞぉ!」
先ほど投げ飛ばしたのが余程気に入らなかったのか、ザパリョーネは怒り狂って俺にしつこく殴りかかってくる。
頭に血が上った男の攻撃に、作戦や戦術などというものはない。
一心不乱に繰り出される攻撃は力強いが、とても単調でかわしやすい。
「戦場で冷静さを失うとは。ヴァールがお前の今の姿を見たら失望するぞ」
「だまれ!」
獲物に飛びかかるヘビのように伸ばされたザパリョーネの右腕をつかみ、背負い込むように彼を投げ飛ばす。
ザパリョーネは放たれた鳥のように、遠くへときれいに投げ飛ばされた。
「お前の相手をしてやりたいが、今は一刻も早くここを発たねばならぬのだ」
荒れ果てた広場にもどると、ディベラの乗る一羽のイルムのみが留まってくれていた。
「ウバルドたちは逃がしてくれたか?」
「あなたのお仲間はふたりとも先にイルムに乗せました。わたしたちが責任をもって王国へ送り届けるので、心配ご無用です」
ディベラは頼りになる男だ。ルーベンとウバルドは考えなくてよいだろう。
「あなたの方こそ、敵は倒したのですか?」
「いや。あの頑丈な男は、二度投げ飛ばしたくらいでは倒せないであろう。しかし、遠くへ投げたから、すぐには戻ってこられないはずだ」
「そうですか」
今のうちにイルムへ乗り込むのだ。
しかし、イルムに駆け寄ろうとしたタイミングで何かに足をすくわれてしまった。
「ドラスレ様!」
予期しない力に対応することができない。
俺は地面に胸を打ちつけてしまった。
なんだ、さっきのは。
地面から突き出した木の根のようなもので足をつまづいたのか?
俺の右足にからみついていたのは、ロープ? いや、ヘビだ。
このロープのように細いヘビは、ザパリョーネの真の姿か!?
森の奥から無数の何かが飛び出してくる。
細いロープのような……ヘビかっ。ヘビたちが口を大きく開けて、するどく尖った牙を突き立ててきた。
「ディベラは空へ逃げろ! 共倒れになるのだけは避けなければならんっ」
「わっ、わかりましたっ」
ザパリョーネの正体は、無数の頭をもつヒドラかっ。
ヘビたちが俺の手足に巻きつき、全身の自由を奪ってくる。
「この程度の拘束など、俺には通じん!」
腕を引いてヘビたちを引きちぎる。
ディベラが空に逃れたことを確認して、俺は右に飛んだ。
ヘビたちはどのような手段で俺を探しているのか。木陰に隠れた俺を正確に探し出してくる。
「人間よりも感覚が研ぎ澄まされているのかっ」
ヘビたちの攻撃は致命的なものではないが、かわしにくい。
俺がどこに隠れても瞬時に探し当てられてしまう。
怒り狂ったヘビたちは赤い目を光らせて、俺ひとりだけを狙ってきた。
「貴様だけは、絶対に逃さん!」
細いヘビの首を何度引きちぎっても、新しいヘビがうねうねと動きながら森の奥から飛び出してくる。
本体を倒さなければ、この難局を切り抜けることはできないか。
ヘビは無数に存在するが、本体はザパリョーネ一人のみであるはずだ。
理屈はいまいち判然としないが、この細いヘビはきっと何度倒しても湯水のごとく沸いてくる。
本体をすぐに探し当てなければ、このヘビたちとずっと戦い続けることになるぞ。
「ザパリョーネ本体は、どこにいる?」
襲いかかってくるヘビたちを拳で倒しながら、暗い森をさがす。
ザパリョーネはまだ森の中にいるはずであるが、どこにいる?
「やつの居場所はどこなのか。考えるのだっ」
この無数のヘビたちは、おそらく本体とつながっている。
ヘビたちの居場所をたどっていけば、ザパリョーネ本体の居場所を見つけることができるか。
「ヘビたちが沸く魔窟へ、みずから飛び込めということか」
逡巡している時間が惜しい。いいから飛び込むのだ!
両腕を顔の前で交差させる。
ヘビたちに次々と咬まれてしまうが、大した痛みではないっ。
腕の隙間からのぞき込むと、巨大な魔物のかたまりが木々のすき間に鎮座していた。
この土気色の鱗におおわれた巨体が、ザパリョーネの本体か!
内に秘める力を一気に解放する。
力のすべてを右腕に集約させて、ザパリョーネを倒す!
「ふっとべぇ!」
全速力で駆け寄り、右腕を大きくふりかぶる。
ザパリョーネの固い鱗で守られた身体をかまわずに殴った。
彼の巨体が大きな音を立てて森の奥へと倒れる。
いくつもの木々をなぎ倒し、鳥や小動物の鳴き声で森が騒がしくなった。
しつこく追いまわしてきたヘビが姿を消した。
ザパリョーネは、これで静かになったであろう。
「この森に住まう者たちよ。無益な騒動を持ち込んでしまって、すまぬ」
ディベラが俺を待っている。早く戻らなければ。
全身のけがはまだ治っていないが、思いのほか戦闘はできる。
斧がなくても戦えなくはないが、やはり敵を倒す決定打に欠ける。
武器を早く作りなおさなければ、ヴァールと再戦するのは難しいだろう。
森がひらけた場所に、紫色の大きなイルムが停まっている。ディベラも無事か。
「ドラスレ様。ずいぶんと大きな音がしていたが、あなたの仕業か?」
「そうだ。今度こそ、ザパリョーネを倒した。俺もイルムに乗せてもらうぞ」
ディベラの肩につかまり、イルムに飛び乗る。
森の奥から不穏な気配が感じられた。
俺の左腕にヘビがロープのように巻きついてきただと!?
「どうしましたっ」
「やつだ! 早く空へ逃げるのだっ」
ザパリョーネの怖ろしい執念が、森から矢となって襲いかかってくる……!
「とべっ!」
イルムが翼を大きくひろげて、かん高い声を発する。
イルムが急上昇をはじめ、空へと飛び立った。
その後を無数のヘビが追いかけてくる。
彼らはおぞましい声を発して、イルムごと俺たちを食い殺す気か!
「にがさんぞぉ……!」
ザパリョーネの怖しいほどの執念を感じさせられる。
ヘビの頭は木の高さを超え、イルムの脚を捕える高さまで伸びていた。
「いけるかっ!?」
「安心しなさいっ。わたしが駆るイルムは、そんじょそこらの騎獣とは違う……!」
ディベラが手綱を打ちつける。
イルムは口を大きく開けて、悲鳴のような鳴き声を空にひびかせていた。
イルムは森のはるか上空まで飛び上がった。
ザパリョーネが放ったヘビたちは、森の上まで伸びてきていない。
「助かったな」
「ええ。さっきのバケモノでも、さすがにこんな高さまで上がってこられないでしょう」
やっと安堵することができるか。
危険なアルビオネの地から、脱出することができたのだ。
「とてつもないバケモノでしたね。何をすれば、あのように激怒するのか」
「さあな。俺は生きのびるために死力を尽くしただけだ。戦いの最中に我を失うなど、戦士失格だ」
「ふ。そうですな」
イルムが紫色の翼をひろげて優雅に飛翔する。
上空の風は地上のそれよりかなり冷たいが、なぜか爽やかさが感じられる。
「きれいな夕日だな」
陽が茜色に染まりはじめていたことに、今さらながら気づく。
夕刻に差しかかることに気づかないほど、戦いに集中していたのか。
「この先にイルムを休ませる別の拠点がある。そこで他の者たちと合流する手はずにしています。異論はありませんな?」
「ああ。空の旅はお前たちにまかせる」
「あいかわらず殊勝なお心がけで」
ディベラが両腕をふり上げて手綱を打ちつけた。