第201話 アルビオネの追っ手ザパリョーネとの激闘
「かかれぇ!」
ヘビの目の男の指示で、アルビオネの兵たちが得物をかかげて走り寄ってきた。
「ちっ、ザコどもがっ」
ルーベンは鉄の槌を引っさげて突進し、彼らに果敢に反撃する。
重くかたい槌がふりまわされるたびに、アルビオネの兵たちが吹き飛ばされていく。
「やっぱり、最初っからこうしてればよかったんじゃねぇか! こそこそすんのなんて意味ねぇぜ」
ルーベンは強い。多くの敵に囲まれても臆せずに戦えてしまう。
だが、多勢を相手にするのは分が悪いか。
「お前ひとりだけ戦わせたりはせんぞ!」
両手の拳を胸の前で合わせる。
身体の傷はかなり塞がっている。アルビオネの者たちなど、一撃で葬り去ってくれようっ。
「はっ!」
腰を下げて敵に近づく。
ルーべンを背後から斬りかかろうとしていたリザードマンを、右の拳で殴り飛ばした。
「グラート!」
続けてオークたちを蹴り飛ばし、地面に落ちた鉄の槍をひろってゴブリンたちを突き殺す。
石突きでゴブリンの鼻を折り、なぎ払いでリザードマンたちをまとめて吹き飛ばした。
「あんたもすっかり復活したな! あんたがいれば百人力……いや千人力だぜっ」
ルーベンと背を合わせ、取り囲むアルビオネの兵たちと対峙する。
俺が手にしていた鉄の槍は折れていた。
だが、替わりの槍をひろえばいい。
「心強いのは俺の方だ。俺ひとりでは相手にし切れんが、ルーベンがいれば孤立せずに済む」
「へっ、そうかい!」
右足をふみ込み、おびえる兵たちを殴り飛ばす。
俺たちより強いアルビオネの魔物たちよ。お前たちの力はその程度か!
「ええいっ、何をしている!? 敵はたったの二人だぞっ」
ヘビの目の男が怒りの声をあげる。
アルビオネの兵たちは、腰が完全に引けている。
アルビオネは魔族が支配する国だ。
魔族の社会は、力の強さで優劣が決定する。
力が支配するこのルールに、俺たち人間も関係なく適用される。
アルビオネが以前のヴァレンツァ侵攻からずっと鳴りをひそめていたのは、俺に勝てないからだと思っていたためであろう。
「どうした、アルビオネの者たちよ。かかってこないのか!?」
興奮する気持ちが怒りとなって口から発せられる。
「俺は手負いだぞっ。全身に傷を負っている人間がお前たちは怖いのか。臆病者め!」
アルビオネの兵たちは皆、武器を地面に落としていた。
肩をがたがたとふるわせ、閉まらない口から弱々しい声をもらしながら、
「こんなやつに勝てねぇよぉ!」
「逃げろぉ!」
身体をくるりとひるがえらせて、クモの子を散らすように戦場からはなれていった。
「きっ、貴様ら!」
ヘビの目の男が怒鳴るが、効果はない。
「これが、アルビオネの屈強な兵たちか。期待外れであったな」
折れた槍を投げすてて、ヘビの目の男に向き直る。
ヘビの目の男の目は、怒りで真っ赤に染まっていた。
「なんでぃ。こんなことだったら、こそこそ移動しねぇで、ここまで堂々と移動してくればよかったな」
ルーベンの呆れた声にも彼は反応できないほど、怒り狂っているか。
「いや。戦いをあえて避けてきたから、グラートが戦いで力を発揮できるようになったのだ。俺たちの判断は、誤っていなかったのだ」
ウバルドがどこからともなく現れたが、どこに隠れていたのだ。
「そうとも言えるけどよ」
「だが、そうだな。これからはルーベンの言う通り、こそこそ移動しないで、ヴァレダ・アレシアまで堂々と南下すればいいな。立ちはだかる関所や要塞を突破してな」
「おう! そっちの方が俺の好みだぜっ」
ウバルドにしては大胆なことを言う。
目立った行動はつつしむべきであるが、迅速に帰還できた方がよいか。
「貴様ら……。俺たちをバカにして、無事に済むと思うなよ」
ヘビの目の男が、唸るように言った。
「へん! だったら、お前ひとりで俺たちを倒してみろよ」
「待て、ルーベン。あの男を刺激するなっ」
ヘビの目の男を包むオーラが、明らかに一変した。
くもった空に発せられていた傲慢なる怒りが消えて、内なる強い力に代わっている。
「ルーベン、ウバルド……散れっ」
俺が指示を出したのと、ヘビの目の男が襲いかかってきたのは同時であった。
「グラート!」
男が突進し、太い右腕を繰り出してくる。
――よけろ!
両腕を交差して攻撃を防ごうと思ったが、とてつもない危殆が俺の心を怖がらせていた。
「死ねぇ!」
男の拳が当たる寸前に、俺は右によけたが男のぶつかる身体までよけることができなかった。
馬の突進にもまさる力が、俺を軽々と吹き飛ばしていた。
圧倒的な力で広場の奥まで飛ばされる。
何かが爆発するような音が聞こえて、視界を移動させると俺のふんでいた地面が真上に吹き飛ばされていた。
「ぐっ」
同時に地面がはげしく揺れた。
「うわぁ!」
この衝撃は、あの男が放ったものなのか。
すさまじい力だ。立っていられないほどの強い揺れだ。
大地をゆらすことは、ヴァールの怪力をもってしてもできないであろう。
「な、なんだよっ、こいつ」
百戦錬磨のルーベンでも、呆気にとられるか。
ヘビの目の男はすっくと立ち上がって、ルーベンに――。
「よけろ!」
「な……っ」
男の怒りの拳が繰り出されるが、ルーベンは鉄の槌を盾の代わりとした。
男の拳は、固い槌を粉砕した……だとっ。
「ルーベン!」
ルーベンが後方に吹き飛ばされる。
ヘビの目の男はその場で留まり、ルーベンの吹き飛ばされる様子を観察しているようであった。
「どうだっ、思い知ったか。ザパリョーネ様の実力を」
ヘビの目の男が笑い、口から細い舌を出した。
ザパリョーネと名乗った男の舌は、誠のヘビと同様に先端がふたつに分かれていた。
「ザパリョーネ。お前はヘビの亜人なのか」
「ヘビ? そんなザコどもといっしょにするな。俺様はドラゴンだっ」
ザパリョーネがまた殴りかかってくる。
この男はヴァールと同様のパワー型の戦士なのか。
「くたばれ!」
このヴァールをも凌駕する圧倒的な力は脅威であるが、力に頼るがゆえに直線的な動きが多い。
見破りやすい攻撃をよけるのは簡単だ。
「はっ」
ザパリョーネの拳をかわし、彼の突進する力を利用して反撃する。
「ぐおっ」
俺の突き出した拳がザパリョーネのわき腹に食い込み、彼が苦悶した。
彼がひるんだ隙に左の拳も突き出したが、颯爽と後退されてしまった。
「ぐっ、やるな。さすがはヴァール様を殺った男だ」
ザパリョーネがわき腹を左手でおさえている。
「お前もゾルデと同様、ヴァールの手下だった男か」
「そうだ。俺はマドヴァで留守を預かっていたが、俺もヴァール様とともに進軍すればよかったぜ」
この男がヴァールとともに戦っていたら、俺は戦いに敗れていたかもしれない。
「お前もゾルデたちとともに、ヴァールを復活させようと目論んでいたのか」
「ああ。俺は何度も攻めろと言ったんだけどよ、ゾルデの野郎がすっかりお前にビビっちまってな。仕方なくあいつの夢物語に参加してやったんだが……まさか、本当に復活しちまうとはな」
死者が本当に復活するなどと、魔族でも想像できなかったであろう。
「よくわかんねぇが、ゾルデの野郎にヴァール様が降臨されたようだな。見た目はゾルデのままだが、あれは間違いなくヴァール様だ。気に入らないやつは、たとえ部下でもかまわずぶっ殺す。あのとんでもねぇ殺気は……ヴァール様以外にあり得ねぇ」
ザパリョーネの主張に俺も同意する。
「ヴァール様はまだ復活なされたばかりで、宮殿でおねんねしておられるが、明日にもきっと目を覚まされるぜ。そうしたら、終わりだ。お前たちの国は、今度こそ破滅だっ!」
ザパリョーネが両腕をふり上げて、勢いよく地面に下ろした。
「なにっ」
はげしい揺れとともに、固い地面に亀裂が走る。
地面が左右に割れて、するどい衝撃が地中を伝って俺の下へと迫った。
「くっ」
両足をふんばり、転倒をかろうじて回避する。
左に飛び、目前に迫った地割れにのみ込まれずに済んだ――。
「死ねぇ!」
顔を上げた俺の視界に、ザパリョーネの大きな拳が高速で迫っていた。