表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/271

第200話 敵の裏をかいて騎獣イルムの待つ目的地を目指せ

 マドヴァを北から迂回するルートは、ウバルドが予測していた通り監視が手薄であった。


 アルビオネの捜索隊を見かけることはあったが、一日にひとつかふたつの部隊しかいない。


 しかも少数の部隊であり、キメラのような猛獣も従えていない。


 ヘビの目のあの男にも当然ながら出くわさなかった。


「ウバルが予測した通りになったな! 敵がぜんぜんいねぇ」


 キメラと戦った夜から三日が経って、俺たちは順調にマドヴァの東部へと指しかかっていた。


 山奥の滝を発見して、数日ぶりに全身の垢を落とすことができた。


「やっぱり、俺が言った通りだっただろう! こっちの道の方が絶対に安全だと思ったんだっ」


 ウバルドが滝の水をあびながら、めずらしく興奮している。


 自分が予測していた通りに事が運んで、うれしいのだろう。


 おなじく裸で水浴びをしているルーベンと、子どものようにはしゃいでいた。


「ウバルはやっぱり頼りになるぜぇ。いよ、名参謀!」

「ふ。ずる賢い……じゃなかった。頭を使う作業ならまかせてくれ。どんなに実現が困難な作戦でも立ててやるぞ!」

「ウバルはやっぱりびびりだから、逃げることに関して右に出るやつはいねぇよな!」

「逃げ……って、おい!」


 目をまるくするウバルドの肩をたたいて、ルーベンが豪快にわらった。


 あのふたりは仲がいいな。


 武勇一辺倒のルーベンと、どちらかというと知恵を駆使して戦うウバルドは、能力も特技も性質ですらもかなり異なっているように見える。


 出身も異なるし、知り合ってまださほど年月も経過していないはずであろうが……相性がよいのかもしれない。


 俺は勇者の館に入団して、ウバルドとかなり長く活動をしていたが、あのように仲良く接することはできなかった。


 再会した兄弟のように笑いあうふたりが、少しばかり羨ましい。


「グラート。身体の具合はどうだぁ?」


 滝の水で髪を濡らしたルーベンが、足で水をかき分けながら歩いてくる。


「うむ、問題ない。傷を水で洗うとしみるが、化膿はしていないようだ」

「痛くてもちゃんと水で流さねぇと、んでひどいことになるからな」


 ルーベンが首をのばして、俺の腕の傷を見やった。


「おし、だいぶ塞がってるなっ。これだったら、もうだいじょうぶだろう!」


 がっはっはとルーベンが笑って、俺の肩をばしばしとたたいた。


「そんなバカ力でたたいたら、傷が開いちまうぞ」


 ウバルドもこちらへ歩いてきて、のっそりと滝つぼから上がった。


「だいじょうぶだって。グラートは不死身だからよ!」

「それは否定しないが、ふさがってきた傷を刺激させない方がいいだろ」


 ウバルドが全身についた水を拭き取って、シャツに腕を通す。


 ルーベンも滝つぼから上がって、のんびりと下着をはいた。


「バカなことをやってる場合じゃねぇな。グラートはやっと回復してきたし、ゴールも近ぇ。アルビオネの連中とも、そろそろ戦うことになるんだろ?」

「ああ。今はマドヴァの東の、このあたりだ。ここから南下すれば、やつらの監視がだんだんときびしくなってくる。どんなに注意しながら進んでも、いずれやつらの監視に引っかかっちまうだろうな」


 ウバルドがバッグから地図を取り出して、俺たちが腰かけていた岩にひろげる。


 彼の人差し指がしめしているのは、マドヴァの東側であった。


「暗い森をずっと歩いて、ここまで来たんだな」

「ああ。やつらとほとんど戦わずに、ここまで来れたのは奇跡だ。もう少しの辛抱だ」

「そうだな。あとは目的地に着いて、肝心の騎獣がいませんでした、つうのだけが起きないかどうかが心配だな」


 ルーベンの言う通りだ。


 ディベラたちヴァレダ・アレシアの諜報員が利用している拠点に着いたからといって、彼らが俺たちを待っている保障など、片手ですくった水よりも少ないのだ。


「まだまだ、安心はできねぇな」

「だいじょうぶだ。お前たちとならば、たとえイルムに乗れなくてもアルビオネの国境を越えられる。三人で笑ってヴァレダ・アレシアへ帰還するのだ!」



  * * *



 ディベラたちヴァレダ・アレシアの諜報員たちが隠れる拠点を目指して、アルビオネの森を南下する。


 目的地に近づくにつれて、アルビオネの警備兵たちを見かけることが多くなっていく。


 彼らはキメラやグランドホーンのような猛獣を従えて、マドヴァの近隣を警戒しているようであった。


「こっちも向こうも敵だらけだぜ。これじゃ前に進めねぇ」


 ルーベンが岩陰から森の向こうをそっと眺める。


 森の間に通された道を覆い隠すように、アルビオネの兵たちが蝟集していた。


「なぁ、ウバル。あいつら邪魔だからよ、ちゃちゃっと倒しちまおうぜ」

「それはだめだ。ルーベンの力ならあいつらは簡単に倒せるだろうが、俺たちの居場所をやつらに知らせることになっちまう」


 ウバルドもヒザをついてアルビオネの兵たちを警戒している。


「そっかぁ。めんどくせぇなぁ」

「つらいだろうが、耐えるんだ。敵から逃げる秘訣は、とにかく目立たなくすることだ。次にやつらの考えを見抜いて裏をかく。そして焦らず、じっくりと時間をかけて目的地に向かうことだ」


 ウバルドはかつて宰輔サルヴァオーネが放った追っ手から逃れて、無事に生還している。


 俺もかつて彼と行動をともにし、サルンまで生還できたのだ。


「さすがっ。逃げのプロ!」

「声を立てるな。やつらに聞こえちまうぞ」


 今の道をまっすぐ南に向かうのはできないようだ。


 東の崖を降りて、小川に沿って歩くことにした。


「アルビオネの連中がこんなに増えるとはよぅ。いちいち道を変えなきゃなんねぇから、うんざりするぜ」


 ルーベンが小川の小石をけり飛ばす。


 ウバルドは平静の白い顔をくずしていない。


「俺たちは逃げる立場だからな。まっすぐになんて歩けるわけがないさ」

「そうだけどよぉ。あんなザコ連中に対してビクビクしなきゃなんねぇっつうのが、腹に立つんだよ。ここが戦場だったら、あんなやつら、一撃でぶっ殺してやってるのによぉ」


 ルーベンの気持ちは、よくわかる。


 俺も潜伏したり、相手に見つからないように行動するのは苦手だ。


「ちょうどいい機会だ。真っ向からぶつかるだけが戦いじゃないっていうのを、ここで学んでいったらどうだ? そうすれば、もっと安全に戦えるようになるぞ」

「いやだね。そういうのは、性に合わねぇ!」


 ルーベンはやはり戦士だな!


 ウバルドは彼のとなりを歩きながら、はあとため息をついた。


 監視のゆるい渓谷や山を伝い、マドヴァの南東へと進入していく。


 敵に見つからないように、歩きにくい山道を選ぶから、普段の倍以上の時間がかかってしまう。


 ときには急斜面や断崖のそばを歩かなければならないため、命の危険がともなう道程であった。


「こんなに時間がかかってるんだから、イルムはもう王国に帰っちまってるぜ」


 山奥の洞窟のそばで火を焚く。


 捕まえた野ウサギをさばいて、近くで拾った固い枝にその肉を通す。


 中が焼けるまでじっくり待てば、旅の夕食が完成する。


「その可能性は高いだろうな。俺が諜報員の立場だったら、逃げ遅れたやつらをまっさきに見捨てるぜ」


 ルーベンたちと火をかこみ、じっくりと焼いた肉を口に入れてみる。


 表面は焦げくさいが、中は冷たさがまだ残っているか。


 野生動物特有の血の生臭い香りが鼻を突き抜けていった。


「だよなぁ。俺だって、他の連中が帰ってくるまでわざわざ待たねぇもん。もうとっくに帰ってるよなぁ」


 ルーベンが手に持つ串をおろして、深いため息をつく。


 ウバルドは目をつむり、ばちばちと音を立てる火に耳をかたむけているようであった。


「諜報員の連中がとっくに逃げてるというのであれば、しかたない。別の道を模索するだけだ」

「徒歩で王国まで帰るのか? 何日ぐらいかかるんだよ」

「さあな。下手すればひと月くらいはかかっちまうかもしれねぇな」


 ヴァレダ・アレシアまでの距離と、今の進む速さを考えれば、ウバルドの目算に近い日数がかかってしまうかもしれない。


 ルーベンが「マジかぁ」とぼやいた。


「心配するな。時間がかかってる分、グラートのけがもだいぶ回復してきている。グラートが戦線に復帰できれば、もっと大胆に進むことだってできるさ」


 応急処置ではあるが、ふたりから薬草を煎じてもらい、身体はかなり回復してきている。


 まだ無理はできない状態であるが、少しくらいであれば戦うことはできるだろう。


「グラートの体力と回復力は底なしだな! 当てにしてるぜっ」

「まかせておけ。お前たちにばかり負担はかけさせない。アルビオネの連中と鉢合わせになったら、この拳でまた撃退してやろう」

「おう! だが、油断は禁物だぜ。けがは治りかけが一番危ない時期だからな」


 ルーベンの優しい言葉に、つい笑みがこぼれてしまった。


 それからさらに二日ほどかけて、目的地である諜報員たちの拠点にたどり着いた。


 マドヴァの南東に位置し、ひらけた場所に何軒かの山小屋がひっそりとたたずんでいる。


「どうだ、グラート。イルムは待ってるか?」


 ウバルドとともに、だれもいない場所に足をふみ入れる。


 足もとの草がむしり取られた広場に、イルムらしき騎獣の姿はない。


「いないな。やはり着くのが遅すぎたようだ」

「そうか……」

「はぁ。やっと着いたのに。やっぱり、だめだったのかぁ」


 地面には、だれかが履いていたと思われるブーツの跡が残っている。


 火を焚いた形跡もある。数日ほど前のものであろう。


「ここできっと、諜報員のだれかが待っていたのであろう。もしかすると、この近くにまだいるのかもしれない」


 そっとしゃがみ込み、焚き火の跡を確認する。


 燃え残った枝が数本残っている。やはり、火を消してからそれほど日数が経っていないように感じる。


「その辺の山小屋の中も見てみるか?」

「そうだな――」


 背後から、どたどたとたくさんの足音が聞こえてきた。


「グ、グラート!」


 ウバルドが声をあげて、俺の前まで逃れてくる。


 ついに見つかってしまったか。


「こんなところにいたのか。人間っ」


 あらわれたアルビオネの兵たちは、ざっと数えて二十名くらいか。


 いずれも白銀の甲冑を着込み、鋼鉄の剣や槍をひからせている。


 彼らの中央で傲岸と腕組みをしているのは、ヘビの目の指揮官だ。


「ずいぶんと手間取らせやがって。だが、もうお前たちは逃げられん」


 ヘビの目の男の指示で、アルビオネの兵たちが左右に展開する。


 この拠点を取り囲み、俺たちを袋叩きにするつもりか。


「てっきりキメラに食われたものだと思ったが、悪運の強いやつらだ。だがお前らは、ここで終わりだ」


 ヘビの目の男が薄気味悪い声で笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ