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第199話 男たちの作戦会議、昔語りの夜

 アルビオネの追っ手が放ったキメラを撃退することはできたが、かろうじての勝利であった。


 ヴァールとの戦いによって受けた傷の深さを、むざむざと見せつけられる結果となってしまった。


「すまねぇ、グラート。結局、あんたに頼っちまって」


 ルーベンの肩を借りながらマドヴァ付近の森を進む。


 ルーベンとウバルドは深手を負っていないが、外套の裾はやぶけ、表面に土が付着していた。


「そのようなことは気にしなくていい。俺の方こそ、お前たちの足を引っぱってしまっている」

「そんなことはねぇよ! さっきだって、キメラを完璧に仕留めてたじゃねぇか。あんたは大けがしてるのに、すげぇよ」


 そんなことはない。先ほどの戦いは、キメラを仕留めるので精いっぱいであった。


「あんたがいなくなっちまったら、アルビオネを止められるやつがいなくなっちまうんだ。俺たちなんかより、あんたの方がずっと大事なんだと思うぜ」


 ふたりだって、ヴァレダ・アレシアにいなくてはならない者たちだ。


「アルビオネの追っ手は、やはり手ごわかったな。あんなのに何度も襲われたら、グラートといえども対処しきれなくなるぞ」


 ウバルドはルーベンの槌を杖にしながら歩いている。


「そうだな。できれば、彼らに遭遇せずにアルビオネを抜け出したい」

「そうなると、マドヴァを突っ切るのは無謀か。時間はかかるが、迂回して目的地を目ざした方がいいだろう」


 ウバルドの提案に、俺もルーベンもただうなずくばかりであった。


 イルムを待機させている拠点は、マドヴァの南東にある。


 俺たちはマドヴァの西側にいるため、南から迂回していくのが最善のルートとなる。


 だが、はたしてそのルートは本当に最善なのであろうか?


「アルビオネの監視をさけるのであれば、南に進むルートは危険な気がする」


 夜に月が見える丘をさがして、ウバルドが地図をひろげる。


 火を焚けば、明かりをたよりにアルビオネの追っ手があらわれてしまう。


「でもよ、俺らはこっちに行かねぇと国に還れないんだぜ。どうすんだよ」


 地図をのぞき込むルーベンがウバルドに疑問を投げかけた。


「敵の裏をかくのだから、俺たちは反対に北からマドヴァを迂回するんだ」

「北からぁ? さっさと拠点にもどりてぇのに、遠回りじゃねぇかよ。こんなの効率悪すぎだぜ!」

「だからこそだ。マドヴァの南は、おそらくアルビオネの連中が監視しまくっている。俺たちがヴァレダ・アレシアを目指すことを知っているからな。

 俺たちが深く考えずに南の進路をとれば、アルビオネの連中と何度も戦うことになる。そうなれば、戦わないルートをとるより時間がかかっちまうんだ」


 ウバルドの言う通りだ。南の進路をとるのは危険だ。


「ああっ、そういうことかぁ」

「アルビオネの連中に見つかれば、昼間に戦ったキメラみたいのに何度も襲われることになるんだぞ。あんなのと何度も戦ってたら、俺たちはヴァレダ・アレシアの土をふむ前に食われちまうぜ!」


 遠回りになるのはやむを得ない。時間をかけても安全な道を選んだ方がいい。


「時間がかかるが北の進路をとるのだな。ウバルドの意見に賛成だ」

「グラートはとくにきついだろうが、耐えてもらうしかない。お前をヴァレダ・アレシアに送り届けるのが、俺たちの役目だからな」

「まったく問題ない。このような苦難は、勇者の館にいた頃から何度も乗り越えている。お前たちと共闘できるのであれば、かならず乗り越えられると信じているぞ」

「ふ、そうだな」


 ウバルドが地図をたたみ、木の根もとに寝転がる。


 ルーベンは俺とウバルドを不思議そうに見だした。


「そういや、ウバルとグラートはおんなじギルドにいたんだったっけ?」

「そうだ。ウバルドが興したギルドに俺は、長い間在籍していた」

「ふぅん。で、いろいろあってケンカしちまったけど、結局は仲直りできたっつうわけか」

「そうだな。過去にはお互い思うところがあったが、それはもう終わったことだ。過去にいつまでもとらわれるのは、つまらない人間のする行いだ」


 俺はウバルドと決裂した挙句に罠にはめられて、かつて流刑地であったプルチアに流された。


 ウバルドも俺を追放したことでギルドの仲間からの信頼を失い、自分までギルドから追放されてしまった。


 結局は共倒れとなってしまったが、今は和解して行動をともにしているのだ。


 これでよかったのだと、俺は思う。


「つまらない人間、か」


 ウバルドが寝転がりながら言った。


 夜空に浮かぶ月をながめているのだろうか。


「今となれば、本当につまらねぇことにこだわってたんだなと思う。お前のような人気者と争ったところで、自分に何ひとつとして利益なんてなかったのにな」

「いや。お前の気持ちを汲み取れなかった俺に非があったのだ。ゆるせ」

「その言葉は、以前にも聞いている」


 ウバルドはもう、俺を敵視してはいないであろう。


「よくわかんねぇけど、お互い水に流せたんだから、もういんじゃね?」


 ルーベンもウバルドのとなりに寝転がった。


「長いこといっしょにいれば、お互いにむかついたり、うぜぇなって思ったりするだろ。その辺が悪い方向に積み重なっちまった結果なんだろ? しょうがねぇって」

「そうだな。今にして思えば、なぜあそこまでグラートを憎んでいたのか。俺にもよくわからん」

「ウバルはまじめだからよぉ。いいギルマスになろうとして、ちょびっとばかし疲れてたんだろ。またやりなおせばいいだけさ」


 ウバルドもルーベンもいろいろな苦難を経て、ここにいる。


 苦しい経験を乗り越えてきた者にしかわからないものが、たくさんあるのだと思う。


「またって、俺にまたギルドを興させる気か?」

「おお。それもいんじゃね?」

「いんじゃねって、適当に言うなよ。ギルドをあたらしく立ち上げるのはめちゃくちゃ大変なんだぞ」

「めちゃくちゃ大変でもいいじゃねぇか!」


 ルーベンが「がっはっは」と笑う。


 ウバルドは眉をひそめて、「声を立てるな」とたしなめる。


 凶悪な敵に追われているというのに、この安心感はどこから沸いてくるのか。


 キメラがまたあらわれても、この者たちと戦えるのであれば撃退できるであろう。


「ああ、無性に酒が飲みたいな」

「おおっ、そうだな! 俺も飲みてぇぜ」


 ルーベンは酒を飲むのが好きか。気が合いそうだっ。


「ウバルも、酒飲みてぇだろ」

「いや。俺は別に」


 ウバルドはむかしから、皆で酒を飲むが苦手であったな。


「なんだよ、つれねぇなぁ」

「うるさい。明日も早朝に出発するからな。早く寝ろよ」

「ええっ、なんだよ。もっとしゃべろうぜぇ」


 ルーベンがせがむ子どものようにウバルドの肩をゆする。


 ウバルドは「ええいっ、うるさい!」と声を上げたが、その直後に近くの茂みから音がして、顔をすぐに青くした。


 ふたりの様子がおかしくて、全身の痛みをつい忘れてしまった。


「ちぇっ。なんだよ。つれねぇなぁ」

「ウバルドは疲れているのだ。無理をさせてはいけない」

「そうだけどよぉ」


 ルーベンはオドアケルの一員であったが、今ではオドアケルと縁を切っている。


 カゼンツァの戦場で初めて対峙して、強大な力に苦しめられたものだ。


「ルーベンは、まだ預言石の力を行使できているのか?」

「預言石? ああ、内に秘めた力ってやつか。まだ使えてるみたいだぜ」


 預言石によって解放された力は、時間が経っても継続されるか。


「グラートみてぇに強い力は出せねぇみたいだけどな。それでも、普通のやつより腕の力はめちゃくちゃ高ぇからさ。ヒルデさまには感謝してるよ」


 ヒルデブランドがあたえた強大な力も、使い方を誤らなければ貴重なものとなるか。


「ヒルデブランドは、どこから預言石を調達してきたのか。お前は知っているか?」

「いんや。そっちの方はめんどくさそうだったから、まったく関わってなかったんだよ。だけど、一部のいかがわしいやつらが、どこかから預言石を調達してきてたぜ」

「一部の者たちしか知らないということか」

「そうだなぁ。そいつらが預言石をどっかでつくってるんだと思ってたけど、違うんかなぁ。ヒルデさまから、その辺もっとくわしく聞いときゃよかったな」

「そうだな。預言石と超文明の解明は、宮廷でも大きな関心を集めている。超文明の知恵と利器をもっと得ることができれば、ヴァレダ・アレシアは――」


 頭が不意に重くなる。


 だらだらと会話せずに、早く寝る方がよいか。


「まだ痛むか?」

「そうだな。早く寝ろと、神がおっしゃっているようだ」

「明日も朝から早ぇんだもんな。俺らも寝ようぜ」


 ヴァレダ・アレシアに俺たちは生還できるか。


 いや、なんとしても生還するのだ!


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