第198話 ルーベンたちと共闘してキメラを撃破しろ
キメラは身の毛がよだつほどの咆哮を発しながら、俺たちをしつこく攻撃してくる。
クマのような肢の力は、巨木を軽々となぎ倒してしまうほどだっ。
「おいおいおいっ。こんなやつをいきなり出すとか卑怯だぜ!」
「アルビオネのやつらを見くびってたら、とんでもねぇのが出てきやがったな……」
ルーベンは槌を盾にして、キメラの攻撃を受け止めてくれる。
ウバルドはキメラの背後にまわって斬りつけるが、キメラの尻尾になぎ倒されていた。
以前に犯罪者としてプルチアへ流されたときに、キメラと戦ったな。
そのキメラはフェンリルと同じくらいの大きさであったから、素早い敵であったがこれほど強力な魔物ではなかった。
複数の魔物や猛獣を合成し、ひとつの強力な魔物としてつくり出したのが合成獣であるが、これほど巨体で凶悪なものは今まで見たことがない!
「うあっち!」
キメラの吐いた炎がルーベンの外套の裾を焼いた。
「ルーベン、だいじょうぶか!?」
「お、おお。なんとか……」
ルーベンは手で炎をはたき、燃え上がる前に消火することができたが――。
「ルーベン!」
キメラは前面に立つルーベンを最初に倒す敵と定めて、猛攻をしかけてきた。
「ちょっと、待て――」
ルーベンは槌でキメラの噛みつく攻撃を器用にさばいているが、かみ殺されるのは時間の問題だっ。
「ウバルド!」
「わかっている!」
ウバルドが魔法をとなえて、三つの真空波を生み出した。
半透明の刃が旋回して、キメラの尻と後ろ肢を裂くが、致命傷はあたえられないか。
「くそ、なんてぶ厚い身体だ。あんな攻撃だけじゃ、とても生命力を――」
キメラが身体をゆっくりと動かして、後ろに立つウバルドにふりむいた。
「げっ」
キメラの三つの口がぎりぎりと鳴り、大きな涎を地面に落とす。
怒ったキメラが咆哮し、今度はウバルドに襲いかかった。
「ぎゃぁ! ま、待てっ」
ウバルドが剣を捨てて逃げる。
彼はとっさに木陰に隠れるが、キメラは幹に身体をぶつけて木ごとウバルドを押し倒そうとした。
「ウバルド!」
とてつもない突進力だっ。
俺の身体が万全であれば、あの攻撃を正面から受け止められるであろうが、負傷した今ではとても受け止められない。
「くそっ。けっこうやべぇな」
ルーベンが俺の前に来て、鉄の槌で地面を突いた。
「ウバルドを放っておいて問題ないのか」
「だいじょうぶだ。あいつは逃げ足だけは早ぇからな!」
ウバルドの回避能力と生存力の高さは、勇者の館でギルマスに就いていた頃から高かったな。
「けど、どうすりゃいいんだ。あんなバケモノ、俺らの手に負えねぇぜ」
あのキメラはかなり手ごわい猛獣だ。
俺の身体が万全であり、さらにヴァールアクスが手もとにあれば、一刀のもとに斬り伏せられるのだが……。
「お前らっ。そこで見てないで俺を助けろ!」
ウバルドがキメラに追われながら、顔を真っ赤にして叫んでいる。
「ルーベン、あのキメラの注意を引くことはできるか?」
「んぁ? できるっちゃあできるが、グラートが攻撃を仕掛けるのか?」
「そうだ。負傷した俺の身体では、キメラの突進を受け止めることができない。だが預言士の力を使えば、キメラの横っ腹にダメージを負わせることはできる」
ルーベンにキメラの注意を引きつけてもらい、俺が側面か背後にまわってキメラを攻撃するしかない。
「ダメージを負わせることはできるって……あんたは重傷なんだぞ。立っていられるのがやっとだっていうのに」
「つべこべ言っている時間はない。手をこまねいていたら、俺たちはここで全滅だ!」
地面をけってキメラの後を追う。
「すまねぇ。俺らがだらしねぇばっかりに!」
ルーベンもすぐに従ってくれたか。
「気にするなっ。戦場で余計な気を遣うヒマなどないっ」
「へへっ。あんたはやっぱり根っからの戦士だな。味方でいると、こんなに心強ぇやつはいねぇぜ!」
キメラは塔のようにそびえる大樹に体当たりをかましていた。
前後にはげしく揺れる大樹の上から、ウバルドの絶叫が聞こえる。
「うぎゃぁぁ! お、俺が悪かったっ。ゆるしてくれぇ!」
ウバルドよ。いつの間にそんな木の上まで上ったのだ……。
「ははっ。あいつ、あんなところにいらぁ。サルみてぇだな!」
ルーベンも、笑っている場合ではないぞっ。
木に必死にしがみつくウバルドが、下でながめている俺たちに気づいた。
「お、おいっ、ルーベン。グラート! は、はやく、俺をたすけろ!」
「いんやぁ。もうちっと、ながめていたい光景だよなぁ、グラートっ」
ふざけている場合ではないぞっ。
「いくぞ、ルーベン!」
「おうっ!」
内から湧き上がる力を右腕に集約させる。
俺の力は、こんな重傷を負っても尽きないか。
「ふっとべ!」
岩を吹き飛ばす力をキメラの右の尻にぶつける。
キメラの巨体は球のように宙を旋回した。
「すっ、すげぇ!」
「グラートぉ!」
まだまだぁ!
左に吹き飛ばされたキメラの腹を拳で打ち砕く。
お前はアルビオネの者たちに使役されただけであろうが、ここで命をもらうぞっ。
キメラは飛びはねるように起き上がると、怯えるように後退した。
致命的な攻撃を何度か浴びせたが、キメラの生命力はまだ削り取れないか。
キメラがいなないて、俺に突進してくる。
馬の肢を超える速さだ! かすっただけで、俺の肩が吹き飛ばされてしまいそうだっ。
「ルーベン!」
「おう、まかせとけ!」
ルーベンにキメラの対処をまかせて後退する。
一瞬だが、意識が途切れそうになった。
大樹の幹につかまり、遠のく意識をもとに戻す。
「グラート。お前は、どこでもやっぱり最強だなっ」
ウバルドが木から降りてきたが、俺の異変に気づいたようであった。
「グラート、お前……」
「すまない。やはり、本調子ではないようだ」
ヴァールとの戦いで血を失いすぎたせいか。
起き上がると、めまいがして意識が途切れそうになる。
「それは、仕方なかろう。こんなに重傷を負ってるんだからな」
ルーベンが「とりゃ!」と槌をふりまわして、興奮するキメラの攻撃を受け止めている。
「だが、ここで倒れているわけにはいかない。ルーベンをここで失うわけにはいかないっ」
「そ、そうだな」
「ウバルドも援護をしてくれ。遠くから魔法を放つだけでいい」
「ああ。そのくらいなら、まかせろ」
ウバルドの肩を借りて起き上がる。
アルビオネから一刻も早く脱出しなければ、俺の命運は尽きてしまうだろう。
キメラに接近して、左のわき腹を殴る。
キメラは吹き飛ばされるが、すぐに起き上がって炎をはき出してきた。
「くっ!」
紅蓮の炎が目の前を焼きつくす。
意識がまた遠のいたせいで、回避が少し遅れてしまった。
「あぶねぇ!」
炎を全身に受ける直前で、俺の身体が右に吹き飛ばされた。
俺を炎から救ってくれたのは、ルーベンか。
「なにやってるんだよ。あぶねぇじゃねぇか!」
「すまない。一瞬だが意識が途切れてしまったのだ」
「意識が……?」
ルーベンが愕然と顔色を一変させた。
「やっぱり、平気じゃねぇのかよっ。無理すんなよ!」
「すまない。だが、俺が戦わねば――」
キメラの咆哮が耳をつんざく。
まっすぐに突進してくる攻撃を、地面に転がりながらかわした。
「たのむっ、キメラの注意をお前たちで引きつけてくれ」
「おうっ、もちろんだぜ!」
ウバルドが遠くから真空波を放つ。
回転する薄い刃が、キメラのアゴと前肢を裂いた。
「あともうちょっとであいつは倒せるっ。そこまでの我慢だぜ!」
ルーベンも槌を打ちつけて、キメラの足を止める。
キメラは何度も攻撃を受けて、動きはかなり鈍くなっていた。
右手に込めたこの必殺の一撃で、お前を倒す!
「ルーベンっ、左へよけろ!」
叫びながら、俺は前へ大きく跳躍した。
キメラは地面にうずくまり、立ち上がる気力を失っていた。
「お前たちの命、俺がもらうぞ!」
預言士の力を解き放ち、真下にいるキメラを攻撃した。
絶大な力がキメラの全身を押しつぶす。
地鳴りのような音がして、遠くの山まで振動がつたわる。
隕石が炸裂したような穴が開いて、俺は穴の底に着地した。