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第196話 追っ手を振り切ってヴァレダ・アレシアをめざせ!

「じゃあさ。そのアンなんとかっていうやつに、また相談すればいいんじゃねぇの? 前の斧がこわれちった、とか言ってさ」


 ルーベンの何気ない言葉に、ウバルドと思わず目を見合わせる。


「それだ!」

「よくわかんねぇけど、俺らに武器をつくる知識とか技術がねぇんだったら、そういうのもってるやつに頼み込むしかねぇよな。国の危機なんだから、いやだとかわがままは言わねぇだろう」

「そうだな。グラートは前にアンサルディに斧をつくってもらってるのだから、今回もきっと斧をつくってくれるだろう」


 はたして、そうだろうか。


「グラート?」

「アンサルディ殿は、それほど簡単に依頼を引き受ける方ではない。何も考えずに彼に会いに行けば、下手すれば門前払いを食らってしまうだろう」

「げげっ、マジかよ。それってやばいじゃねぇか!」


 ヴァレダ・アレシアの危機であるのだから、あのアンサルディ殿でも首を横にふらないのではないか。


 はたして、そうか? 武器の製造を無事に依頼できる自信が、俺にはもてない。


「簡単に引き受けてくれねぇっつうのなら、大金でも積んでくか?」

「その大金をどこから調達するんだよ」

「どこから? 夢幻のギルド倉庫からパクるか?」

「そんなことしたら、俺たちは即刻除名されるぞ……」


 ルーベンの呑気な押し問答に、ウバルドが閉口する。


 アンサルディ殿は、そもそも金銭や利益で動く方ではない。


 たとえ大金を積んだところで、彼の気持ちを動かすことはできないであろう。


「ま、いいや。その辺の対策は、おいおい考えるっつうことで」

「いや、よくないだろ……」

「で、その野郎はどこにいるんだ? ヴァレンツァか?」

「アンサルディ殿は、カタリアの山奥の洞窟に住んでいる」


 あのけわしい道を、また登ることになるか。


「カタリアって、どこだっけ? 南の方か?」

「ルーベン、お前、今回の作戦をちゃんと聞いてなかっただろ……。カタリアはアルビオネの真下だ。俺たちも騎獣に乗って、上空からカタリアを通過してるんだぞ」

「おお、そうだったのか! それなら簡単じゃねぇか。さっさとその野郎に会いに行こうぜ!」


 呑気なルーベンの声を聞いていると、心が落ちついてくるな。


 一方のウバルドは、勇者の館でもその明晰な頭脳を遺憾なく発揮していただけあり、物事を理解するのがとても早い。


「さっさと会いに行ければいいけどな。その前に、どうやってアルビオネの国境を越えるかだ」

「あ……っ。そ、そうか……」

「ヴァールが復活し、俺たちの侵入もやつらに知られてしまった。ヴァレダ・アレシアとアルビオネの国境は、今ごろえげつない状態になってるだろう。

 グラートが健在であれば、やつらの厳重な警備でも一撃で吹き飛ばせるだろうが、今はとてもそうはいかない。敵が多い場所には、とても近づけない」

「そうだよな。俺たちだけで突っ込んでも、瀕死のグラートを敵の前にさらすことになっちまうもんな。ああっ、くそ!」


 俺の身体が回復すれば、アルビオネの魔物など何匹でも倒せただろうに……!


「アンなんとかに会う前に、そもそもここからどうやって脱出するかだよな。どうすりゃいいんだよ!」

「俺たちが会いに行く名工の名は、アンサルディだ。そろそろ、いい加減に名前をおぼえた方がいいんじゃないか?」

「おうっ。アン……サル……? 猿?」


 ルーベンの間抜けな顔を見て、ウバルドが思わず吹き出していた。


 ここからヴァレダ・アレシアに帰還するルートは、カタリアを強行突破する以外に存在するか。


 国境の山を越えればよいのかもしれないが、国境に向かう途中でアルビオネの者たちに見つかってしまうかもしれない。


「アルビオネに来るときに乗った騎獣がまだあの拠点に残っていれば、ヴァレダ・アレシアにすぐ帰れるか」


 騎獣のイルムでもどるのか!


「そうだな。それしかない」

「だが、あの騎獣がまだいるかわからん。諜報員の連中がもしヴァレンツァに還っていたら、完全に無駄足になる」


 諜報員……ディベラたちか。


 ヴァールの復活を阻止する特殊作戦が失敗したのだ。


 身の安全を最優先と考えれば、無事な者だけでもヴァレンツァに還す判断は決して間違っていない。


「でも、それしか道はねぇんだろ? だったら、行くしかねぇじゃねぇか」


 ルーベンが思いつめたように顔を上げる。


 真剣な面持ちで吐露する姿は、悲痛ですらある。


「国の諜報員の連中がいないってんなら、別の道を選ぶまでよ。ぐだぐだ考えてたって、未来はひらけねぇぜ」


 彼の言う通りだ。


 ここは敵地のど真ん中だ。


 弱い心を少しでもさらせば、たちまち凶悪な魔物どもに食われてしまうだろう。


「ルーベン、お前……。俺、今、良いこと言ったな……って思ったろ?」

「おうっ、思ったぜ!」


 ウバルドの詰問に、ルーベンが満面の笑みでこたえる。


 このふたりがいれば、どこに行っても生還できる気がするなっ。


「そんじゃ、決定だな! とりあえずグラートが回復するまで待って、例の騎獣が――」


 がたっ、と大きな物音がした。


 はっと息を押し殺すが、魔物たちはここに侵入してこなかった。


「やはり、ここから離れた方がよさそうだな」


 額から一筋の汗を垂らすウバルドの言葉に、俺とルーベンは即座にうなずいた。



  * * *



 ルーベンとウバルドが持参していた薬草で全身の傷を治療して、六日目の早朝に小屋を後にした。


 元は木こりが住んでいた家だったのだろうか。


 森の奥にひっそりと建てられた小屋で、生い茂る草木に覆われている。


 小屋の前にテーブルが置かれ、生活の跡がわずかに残っている。


 しかし、テーブルや椅子も放棄されてかなりの年月が経過しているようであった。


「隠れるにはうってつけの場所であったが、仕方ないか」


 どこかから吹きつけた風が、伸びきった雑草の葉をなびかせる。


 ウバルドが名残惜しそうに小屋へふりかえった。


「別の場所をまた探せばいいさ。その気になれば、すぐに見つかるだろ」


 俺に肩を貸してくれているルーベンは、あの小屋にあまりこだわっていないようであった。


「グラート、傷は痛むか?」

「痛むな。だが、歩くことはできる」

「わりぃな。移動なんかしたくねぇんだが、ここは敵の街から近いからよ」

「わかっている。お前たちの気遣いに感謝しよう」


 マドヴァの兵たちは、今ごろ血まなこになって俺を探しているだろう。


 彼らに捕捉されたら、俺は今度こそ助からないか。


「でもまぁ、アルビオネの連中には一回も見つかってねぇから、そんなにビビんなくても――」


 近くで聞こえたのは魔物の声……!


 息を殺して、近くの木に隠れた。


「はぁ。まったく、めんどくせぇなぁ」


 姿をあらわしたのは、三匹のオークか。


 ずんぐりと丸い身体に鉄の鎧を着込んでいる。


「そう言うなよ。この辺で適当に時間をつぶしてるだけでいいんだ。楽勝じゃねぇか」


 あのオークたちは幸いにも、俺たちに気づいていないようだ。


「人間ども、どこに逃げやがったんだよ! 逃げ足ばっかり早くて、めんどくせぇぜ」

「前の祭りで暴れてた人間どもって、ヴァール様を前に殺ったやつらなんだろ? 早く見つけねぇと、やべぇんじゃねぇか?」

「ヴァール様は復活されたみたいだけど、まだ倒れられてるみたいだしなぁ。人間どもの国に攻めるのは、もうちょい先なんだろうなぁ」


 ヴァールも倒れているのか。


 ヴァレダ・アレシアへの侵攻をまだ開始していないというのは、良い情報だ。


 ルーベンが得物である鉄の巨大な槌をそっと持ち替える。


 向こうの木陰に隠れるウバルドに合図を送って、ルーベンが木陰から飛び出した。


「な――」

「俺がその人間だよっ!」


 鉄の槌をふりあげて、先頭のオークの頭をかち割った。


「ぎゃぁ!」

「なななな、なんだよこい――」

「死ねっ!」


 ウバルドも続いて二匹目のオークを長剣で斬り捨てる。


「あわわ……っ」


 残ったオークが怖気づき、やがて背中を向けるが、


「わりぃが、逃がすわけにはいかねぇんだよっ」


 ルーベンが逃げるオークに飛びかかり、鉄の槌でオークを地面に押しつぶした。


「ふたりとも、みごとであった」


 静かになった森をそっと見まわす。


 マドヴァの兵の姿は、他にはないか。


「やはり、この辺をうろついてるやつらがいたのか」

「そうだなぁ。うわ、やべぇ。めっちゃ油断してた」


 あの小屋に潜んでいたら、そのうち取り囲まれていたであろう。


「まずは、王国に還らねぇとな」

「そうだな……」


 俺たちは、無事に帰還できるであろうか。


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