第194話 ドラスレ復活へ、仲間との再会
黒闇の世界に突然、青い光が灯った。
青い光は海のような深い色をしている。
視界の端へとみるみる広がって、暗闇を青一面に染め上げてくれる。
海に投げ出されたような感覚だ。
だが、不思議と身体は冷たくない。
体温のような暖かさが俺を守ってくれていた。
ここは死後の世界なのか?
聖書によると、死後の世界は悪魔が支配する絶望の世界であるはずだが、この青い世界に絶望感は少しも感じない。
ならば、天国か?
天国にしては生物や神の使いがいないが、これほどまでに味気ない世界なのであろうか。
――われを求めよ。
だれだっ!
どこかから声が聞こえる。
――冷たい山の中で、お前を待つ。
だれが声を発しているんだっ。お前は何者だ!
問いかけても、返答はない。
青い光の向こうから聞こえたような気がしたが、それは気のせいか。
お前は、だれだ。
お前はなぜ、俺を待つのか。
「……かなか……きねぇな……」
またお前かっ!
だが、次に聞こえてきた声は、青い光から発せられていない。
言うなれば、この青い世界の外側から発せられている。
「……カっ……なことを……」
また、青い世界の外から聞こえた。
男たちの声だ。
どこか、なつかしさが感じられる。
ここは、俺の夢の中なのか。
以前に聞いたことのある声が幻聴となって聞こえているのか……。
青い光が弱くなっていく。
何も見えない世界にもどっていくのと反比例して、四肢の感覚が少しずつよみがえっていた。
俺はまだ、死んでいないか。
暴君ヴァールを止められるのは、俺だけだ。
* * *
鳥のさえずりが聞こえる。
朝の冷たさと静けさがなんとなく感じられる。
重たいまぶたをそっと開けてみる。
俺は、やはり死んでいないようだ。
ここは、農村の小屋か?
朽ちる寸前の壁と、今にも落ちてきそうな梁。
竈は近くにあるが、埃をかぶっているな。
俺は地面に敷かれた茣蓙に横たわっているようだ。
ヴァールやアルビオネの者たちの気配は感じない。
どうなっている……?
シルヴィオとジルダは……?
右腕に力を込めてみるが、太い針で刺されたような痛みが腕と肘に走る。
俺は死んでいないが、また大けがを負ってしまったのか――。
「お前は、ほんとに狩りが苦手なんだな」
「わりぃな。ちょこまかしたことをするのは、どうも苦手でな」
男たちの声!
扉の向こうから聞こえてくるのか。
「シカとか素早いのを狩るのが苦手なら、クマとか大柄なやつを狩ればいいんじゃないか?」
「そうだなぁ」
心臓の鼓動が、みるみる早くなってくるっ。
俺の潜む小屋へと近づいてくる足音が、どんどん大きくなっていった。
「たまには酒でも飲んで、ぱあっと弾けたいもんだぜ――」
木のもろい扉が、乱雑に押し開かれた――。
「さぁて、グラートの野郎はそろそろ起きてっかなぁ?」
戸口で朝陽を背中に受けていたのは、大柄の男であった。
逆光でよく見えないが、おそらく俺と同じ程度の背丈であろう。
全身を黒の外套で隠し、緑の顔料で変装しているようだが、ヴァレダ・アレシアから潜入した者たちで間違いなさそうであった。
「グラートっ、起きたか!」
男がどたどたと小屋に入り込んできた。
少し長い前髪と、背中でゆれる長い髪。
つり上がった目と精悍な顔つきは――。
「お前はルーベンか!」
「おうっ。ひさしぶりだぜ!」
ルーベンは子どものような顔で笑った。
「なぜ、お前がここにいるのだ」
「あー、それは話せば長くなるんだが――」
「別に大した話ではないだろ」
俺の前でしゃがむルーベンの後ろで立ちつくしている男も、俺のよく知る者であった。
戦士然としたルーベンと対照的な、ひょろりと細い体格。
特徴的なおかっぱ頭の前髪は、戦場にいるにも関わらず今日もすべて均等にそろえられている。
白い顔に、切れ長の目。そして、うすい唇――。
「ウバルドも、いたのか」
「俺がいて悪かったな」
吐き捨てるように言う姿が、ウバルドらしい。
「ウバルちゃぁん、親友のグラートが無事で、めっちゃうれしいんだろぉ? もっとよろこべよぅ」
ルーベンが冷やかすように言うが、
「グラートは断じて親友などではない。くだらんことを抜かすなっ」
気むずかしいウバルドの性格は、あいかわらずか。
「んだよ、グラートが寝てたときは、片時もはなれずに看病してたのによぉ」
「片時もはなれずに看病なんてしていない!」
「んだよ、素直になっちまえよ。めんどくせぇなぁ」
ルーベンが俺の耳もとに顔を近づけてきた。
「グラート。ウバルはシャイだから、あそこで気取ってやがるけどよ。さっきまでお前が起きねぇ、起きねぇって、ずっと心配し――」
「ルーベンっ、いい加減にしろ!」
げらげらと笑うルーベンに、真っ赤な顔でつかみかかるウバルドがおかしかった。
「お前たちが俺を助けてくれたのだな。感謝する」
胸ぐらをつかまれているルーベンが、にっと笑った。
「気にすんな。今までの借りを返しただけよ!」
「俺は、助ける気なんてなかったんだがな」
赤い顔で言い放つウバルドを見やって、ルーベンが嫌らしそうな笑みをまた浮かべた。
「うそつけぇ。俺の制止をふり切ったのは、どこのだれだったっけぇ?」
「お前だろ! 隠れてろって言ったのに、アルビオネの連中がひしめくあの広場に突っ込みやがって。俺らもマジで死ぬところだったんだぞ」
「かっかっか! そん時ゃそん時よ。うだうだ考えたって仕方ねぇ。死ぬときは死ぬもんだ。なら、後悔しねぇ生き方を選択した方がいいだろうよ」
ルーベンの刹那的な考え方もあいかわらずか。
このふたりが、なぜ行動をともにしているのか。
ウバルドは勇者の館の元ギルマスで、ルーベンは地下ギルドのオドアケルに所属していた。
このふたりをつなげる要素は、ひとつもないはずであるが。
「グラート、調子はどうだぁ?」
「調子は、よいとは言えんな。全身が痛くて、とても動けない」
「だろうな。俺らが駆けつけたときにはもう、アルビオネの兵に槍で突かれてたからなぁ」
腰や背中も少し動かしただけで激痛が走る。
生きているのが不思議な状態だ。
「戦えるようになるまで、二週間以上は必要だろう。それまで、ここで潜伏するしかない」
ウバルドが右の壁のそばに置かれた木箱に座った。
「ウバルド。ここはどこなのだ? まだアルビオネの領内にいるのか」
「その通りだ。ここはマドヴァから西に逃げた郊外のどこかだ。それ以上のことは、俺たちも知らん」
ふたりが気絶する俺をつれて、ここまで運んでくれたのか。
「俺を死地から救ってくれて、お前たちには感謝の言葉も思いつかないが……お前たちが、どうしてアルビオネにいるのだ? お前たちは遠い親戚か何かなのか?」
「まだわからないのか? 俺たちは夢幻の指示で、お前の支援をしに来たのだ。俺もルーベンも、今は夢幻のギルメンだ」
夢幻だと!?
「では、オリヴィエラ殿の指示で、あの特殊作戦にお前たちも参加していたというのかっ」
「そういうことだ。マドヴァで作戦が開始される前に合流する予定だったんだがな。ルーベンが、騎獣に乗れねぇとぐずったから、到着が遅れちまったんだ」
ルーベンが左側の椅子に腰かけて、申し訳なさそうに頭の後ろをなでた。
「いやぁ。たけぇとこは、どうも苦手でよ」
「俺も高い場所は怖いが、克服するしかないだろ? 作戦にも遅れるところだったんだぞ」
「わかってるって。次からは気をつけっから、許してくれよ、な?」
素直にあやまるルーベンを見ると、怒る気も失せてしまうだろう。
ウバルドが俺に目を向けて、そっと肩をすくめた。