第193話 強敵ヴァールを打ち倒せ!
「だから、俺様の手足じゃ斬れねぇっつってるだろ」
ヴァールが左手をヴァールアクスにのばす。
刃をおもむろにつかんで、剛腕で刃をにぎりつぶした……だとっ。
ヴァールが右手を高速で突き出す。
「くっ」
俺は左肩を殴打されて、後ろへまた吹き飛ばされてしまった。
ヴァールはヴァールアクスを左手でつかんだまま、その場に立ちつくしていた。
「つまんねぇ。なんだ、このざまは」
ヴァールがヴァールアクスの柄をへし折る。
左手で粉砕した刃を、がらくたのように地面へと投げ捨てた。
「てめぇはもう、俺様のライバルでもなんでもねぇ。その辺にいるザコとおんなじだ。ザコなんざいたぶっても、なんもおもしろくねぇよ」
俺は、この男に勝てないのか……っ。
ヴァールアクスは折られ、渾身の力で放った攻撃もあの男に通じなかった。
「てめぇの顔は、もう見たくねぇ。俺の前からさっさと消えろ!」
ヴァールが炎をまとって突撃してくる!
「くっ」
巨獣をも倒してしまう怪力にくわえ、地獄の業火をまとっている。
身のこなしも早く、寸分の隙もないっ。
「ザコがっ、いっちょ前にかまえてんじゃねぇ! てめぇの澄ました顔を見てるとイライラすんだよっ」
武器はなくなり、シルヴィオやジルダも倒れてしまった。
ヴァールは強敵だ。運まかせの戦術で倒せる相手ではない。
だが、あきらめるな!
どのような苦難でも、乗り越えるための手がかりと機会をつかむことができるはずだっ。
「うおぉぉ!」
内に秘めた力を右拳に込める。
ヴァールの左の胸をねらうが、左手で受け止められてしまった。
「ほうっ。こんな力がまだ残ってやがったのか。大したもんじゃねぇか」
灼熱の鉄板のような左手が、俺の右拳を焦がす。
「くっ」
「いいぞっ、その目! この俺が憎くて、今すぐぶっ殺してやると息巻いてるその目だっ」
ヴァールが右手で殴りつけてくる。
拳をよけることはできないが、この程度の攻撃で俺は死なん!
「ヴァールよ、この身が滅びようとも、この場でお前を倒す!」
武器など不要だっ。
きたえ抜いたこの拳と肉体だけで、どのような敵も討滅させる!
「そうだっ、グラートっ。もっと来い! 俺様にもっと怒りをぶつけろ! そうでなければ、俺様がもどってきた意味がねぇ!」
右足でヴァールを蹴り飛ばす。
ヴァールはよける気がないのか、俺の蹴りをもろに受けて吹き飛ばされた。
この一撃だけでは終わらん!
大広場に倒れるヴァールの頭を目がけて拳を突き下ろす。
「くそがっ」
潜在力を解放した俺の拳が、大広場のかたい石だたみに穴を開けた。
「そうだつ、その力だ! グラート、お前はやはり――」
「だまれっ!」
耳ざわりな声を発するな。
俺は後退するヴァールを追って拳を突き出した。
荒れ狂う力を得た拳は広場の外壁を破壊し、ヴァール復活の会場を無残な姿に変えた。
俺はどこかで、敵に対して遠慮していたのかもしれない。
俺のあり余る力をぶつけたら、敵の身は滅び、二度と再生できなくなってしまう。
互いの生死をかけた戦いに臨んでいるのだから、そのように気負う必要はなかったのだ。
ビビアナのような未熟な騎士を責めることはできない。
俺が無意識的にもつこの甘さを克服しなければ、俺はヴァールを倒すことはできない。
「いいぞ、グラート! お前はやっぱりおもしれぇっ。俺が渇望していた戦いをお前が演じてくれるっ!」
ヴァールが炎の拳を地面に突き立てる。
地上が大きくふるえて、炎の柱が波のように襲いかかってくる。
「ぐっ」
炎の悪魔アレルが放つ炎と同等か、それ以上――。
「ぼさっとしてんじゃねえぇぇ!」
ヴァールが猛獣のように突進してくる!
彼の渾身の突きに吹き飛ばされる前に、俺は両腕を交差させて攻撃を防いだ。
だが、ヴァールの猛獣を超える突進力を相殺することができない。
広場と街を仕切る壁まで身体が引きずられてしまった。
「オラオラオラ! ぼさっとしてっと、てめぇの頭なんざ――」
絶えず攻撃し続けていたヴァールが突然、その場に片膝をついた。
「う……っ」
身の危険を感じて右へと退避する。
ヴァールはまとっていた炎を消失させて、左手で頭を抱えていた。
ゾルデの身体に憑依している反動なのか?
頭にはげしい痛みをかかえているようだが……。
「ヴァールさまっ!」
アルビオネの兵と思わしき者の声がひびいた。
観衆たちが倒れていた大広場は、いつの間にかアルビオネの兵が取り囲んでいた。
鉄の胸当てをつけた彼らは柵のようにひしめき、俺を見世物小屋の動物のように閉じ込めている。
一部の勇敢なる者たちが、主を守るべく俺たちの間に入ってきた。
「なんだ、お前らっ。邪魔をするな!」
ヴァールの怒りが八方へと放たれる。
遠くの山をくだくような殺気が、兵たちをふるえ上がらせた。
「し、しかしっ、ヴァール様。復活なされたばかりだというのに――」
「どけっ」
ヴァールがリザードマンの兵を蹴り飛ばす。
俺の前に立っていた兵たちも、ヴァールの怒りの形相におののいて道を開けた。
「わりぃな、グラート。俺は大勢でお前をいたぶるようなことはしねぇ」
ヴァールが強気な言葉を投げかけてくるが、額から汗が流れ落ちている。
「お前は、復活してまだ間もないから、ゾルデの身体がお前についてこれていないのではないか?」
「けっ。んなの、知るかっ」
ヴァールが闇の大斧を召喚する。
シルヴィオが使う幻影剣と同じタイプの斧であろう。
ヴァールが丸腰の俺に斧をたたきつけてくるっ。
「死ねやっ!」
山を軽々と粉砕してしまうような一撃だっ。
俺は左に飛んで攻撃を回避したが、衝撃まで相殺することはできなかった。
アルビオネの兵たちの悲鳴が聞こえる。
ヴァールは戦いとなれば、敵味方関係なく一撃で吹き飛ばす。
この男はやはり、俺が今まで戦ってきた中で最も強い男だ。
先ほどの強烈な一撃で、舞い上がった砂煙が戦場を隠した。
ヴァールの次の攻撃に備えるが、攻撃の気配を感じない。
ヴァールは、どこに消えた?
全身に張りめぐらせた神経を集中させる。
「ぐ……っ、くそが」
前方から聞こえてくるのは、ヴァールの悲鳴かっ。
舞い上がる砂煙の中で、ヴァールは頭を抱えていた。
――千載一遇のチャンスをつかめ!
俺は全身の痛みに耐えて、ヴァールに殴りかかった。
下段からヴァールの鳩尾を突き上げ、苦しむヴァールのアゴを左手で殴り飛ばす。
もう、どのような攻撃をくり出しても卑怯だとは思わない。
死闘を前にいらない甘さを消せと言ったのは、お前だ。
「ヴァールさまぁ!」
「ヴァール様をお助けするのだっ!」
鉄の槍をもったオークやリザードマンたちが、俺に槍の穂先を向けて殺到してくる。
「バカっ、やめろ!」
アルビオネの者たちが、ヴァールの悲鳴を無視して俺を攻撃してくる。
魔物の一体や二体ならばどうということはないが、見わたすかぎりの兵の海だ。
孤軍奮闘せねばならない上に、全身の疲労と痛みが限界を超えている。
兵のだれかが突いた槍が、俺の左の腹に突き刺さった。
槍の柄をつかみ、ふりしぼった力で兵を投げ飛ばしたが……後ろからも剣で斬られてしまった。
痛みすら、感じなくなってしまった。
「……て……めえら……」
意識が少しずつ遠のいていく中で、ヴァールの悲鳴に似た絶叫だけが聞こえていた。
お前は、自分を守護してくれる兵たちに怒りをぶつけているのか……。
ヴァールよ。お前こそが最強を名乗るべき戦の神だ。
俺の命も、ここで果てるか。
足の力も、感じられなくなってきた。
俺は起きているのか。それとも、倒れているのか。
いつか戦場で果ててしまうだろうと思っていたが……こんなに、早くおとずれてしまうとは……。
「……い……やくしろ……」
ヴァールが、俺の耳もとで何かをささやいている?
「……び込む……バカか……」
「……から……らをたおせ……」
ヴァールではないのか?
それなら、シルヴィオか。ジルダか。
考えることも、億劫になってきた……。
きっと、天から使者が遣わされたのだろう。
道半ばで倒れるのが、ただただ不憫でならない。
アダルジーザよ、すまない。
陛下。忠義をまっとうできずに果てる俺を、どうかお許しください。
この戦いではヴァールに敗れてしまいますが、必ず復活してヴァールを倒しますので、どうかお待ちください!