第192話 ヴァール復活! ヴァールアクスが通用しない?
お前はヴァールなのか!?
外見はゾルデそのものだが、口調や態度はまるで別人格のように変貌している。
この傲岸な態度と口調。そして自信に満ちあふれている姿は、まさにヴァールそのものだ……。
「よくわからんが、俺はまだ死んでなかったようだな」
金色の短い髪を逆立てるゾルデ……いや、ヴァールが面を上げた。
あたりを見まわし、「くく」と肩を小刻みにふるわせる。
「ここはどうやらルヴィエドの広場のようだな。なんだか、すばらしい状況になってるみたいじゃねぇか」
ルヴィエド宮殿の前の大広場は、俺たちヴァレンツァの工作員とアルビオネの観衆が暴れまわり、地獄絵図と化している。
自分が治めていたアルビオネの市民が殺されているというのに、なぜそんな嬉しそうな顔ができるのか。
「信じられないが、ヴァールよ……お前が本当に降臨してしまったようだな」
鉄のかたまりのように重くなったヴァールアクスをかまえる。
態度がゾルデとまったく異なるが、外見はゾルデそのものだ。
この状況を、どう理解すればいいのか。
大声で笑っていたヴァールは、俺にまた目を止めて、ぴたりと身体を制止させた。
目を大きく見開いて、長年探し求めていたものをついに発見したのだという顔つきにな――。
「グラートォっ!」
ヴァールが突然に大声を――速い!
「グラートさ――」
ヴァールが急接近して俺に殴りかかってくる。
ヴァールアクスを盾にして、彼の猛攻を防ぐが、
「グラートっ! グラートっ! グラートォっ!」
ヴァールは両手から血を流していることにも気づかずに殴りつけてくるっ。
「グラート、なんでお前が、こんなところにいるんだよ。ずっと会いたかったんだぜぇ」
「お前は、やはり――」
「最強の俺様を打ち負かした、唯一の男! グラートっ。てめぇをずっとぶっ殺したくて、あの暗い闇の底でくすぶってやがったんだ。なぁ!」
ヴァールに蹴り飛ばされるっ。
猛獣の突進にも匹敵する強さだが、ヴァールアクスの重さを利用して空中で態勢を――。
「死ねやぁ!」
ヴァールの連続攻撃だと!?
「ま、待てっ」
着地したばかりの俺の目の前に、ヴァールの右足が迫っていた。
「うぐっ」
「グラートさん!」
すさまじい、攻撃だ……。
この情け容赦のない連続攻撃は、ヴァール本人で間違いないっ。
吹き飛ばされる俺の前に、シルヴィオとジルダが立ちはだかっていた。
「グラート、だいじょうぶか!?」
「だめだっ、逃げろ」
このふたりでは……勝てないっ。
「おらどけ邪魔だァ!」
ヴァールが右手を夜空にかかげる。
空中から出現した闇の大斧を手に取り、片手で軽々とふりまわしてしまう。
「うわっ!」
「きゃっ!」
早く、逃げろ……。
「わけわかんねぇとこからバカみたいに沸いてくるハエどもがっ。俺の前に立つなっ」
強い……。
シルヴィオとジルダが、斧の一振りで倒されてしまうなんて。
「おら、グラート。なにのんきに寝てやがんだ。立てよ」
ヴァールが足音を立てながら近づいてくる。
「てめぇ、ひさしぶりに会えたと思ったのに、ずいぶんと弱くなっちまったんじゃねぇかぁ? 俺様をぶっ殺した、あのときの力はどこに行っちまったんだよ」
ヴァールが闇の斧を地面に突き刺し、左足で俺をふみつけてくる。
「やめろっ!」
やつの足をふりほどき、俊敏に起き上がるが、
「おせぇ!」
ヴァールのふるう闇の斧が高速で――なんという力だっ。
ヴァールアクスで受け止めるが、やつの力を相殺することができない。
「ぐっ」
空中で身体を旋回させて、地面に着地を――。
「てめぇっ、この体たらくで、俺様を倒した勇者だとか言われてやがったのか!」
この男の体力は底なしか!?
つい先ほど、ゾルデの身体に乗り移ったばかりだというのに、どうしてこんな俊敏に行動できるっ。
ヴァールの闇の斧が左から迫る。
右斜め後ろに下がり、ヴァールアクスを地面に打ちつける。
「うおっ!?」
地面から舞い上がる砂塵でやつの目をくらまし、同時に衝撃波で攻撃する。
「なんだぁ、この攻撃はっ」
ヴァールには利いていないか。
だが、連続攻撃でこの男を倒す!
地面を蹴ってヴァールに突撃し、上段から斧を打ち下ろす。
やつの身体はゾルデだが、こまかいことを考えていたら、やつに殺される!
ヴァールは斧を水平に倒し、衝撃波を受け止めていた。
頭はがら空きだ。俺の斧を降り下ろす速さであれば、ヴァールはよけられないっ。
また、倒させてもらうぞ――。
ヴァールアクスが、ヴァールを斬る直前で制止してしまった。
どうした!? なぜ、斧が動かなくなってしまったのだっ。
「これはたしか、俺の骨と鱗でつくった斧だったな」
ヴァールと斧の間に、見えない障壁が形成されているのか!?
「いい斧だ……と言ってやりたいところだが、お前はバカか? こいつは、ようするに俺様自身だということだ。俺様の手足と同じようなこの武器で、俺様が斬れると思うのか?」
ヴァールアクスが、ヴァールの魔力に感応してしまったというのか……。
「くく。てめぇのこの斧を通していたのか知らねぇが、てめぇがいろんなところで暴れまわっているのを、夢でうっすらと見たぜ。
てめぇ、人間の国のザコどもをぶっ倒して、いきがってやがっただろ。人間のザコどもにちやほやされてっから、こんなに弱っちくなっちまうんだよ」
ヴァールが斧の先端に触れる――。
だめだっ、休まずに攻撃するのだ!
「俺はちやほやなどされていない!」
後退し、態勢を立てなおして斧を斬り払う。
斧は油断し切っているヴァールの身体をとらえるが……刃がやつを斬る直前でなぜか制止してしまった。
「やめとけ。こいつじゃ、俺様は斬れねぇよ」
ヴァールが左手を俺に向ける。
火の玉が飛び出して、俺は身を逸らしてかわした。
「つまんねぇな。俺はな、お前の強さを買ってたんだぜ。この俺と唯一、真っ向から戦えるお前をな。この国にはザコしかいねぇから、この力を存分にぶつけられるやつがいて、俺は心の底から喜んだんだ」
ヴァールが闇の斧を消失させる。
両手に炎をまとって、俺に近づいてくる。
「そんなやつとなぁ、また戦えると思って、俺はわくわくしたんだ。今度こそ、てめぇをこの手でぶっ殺せるってなぁ。なのによ。……がっかりだ」
ヴァールが急接近して拳を突き出してくる!
どのような理屈で業火を腕に宿しているのか。灼熱の拳が突き出されるたびに火の粉が夜空に舞う。
「おら! 俺様をもっと苦しめてみろっ。あのとき俺を震え上がらせた、とてつもない力をもう一度出しやがれ!」
だめだっ。この猛攻を受け続けていたら、俺は敗れてしまう……。
俺は預言士の末裔だ。
俺は内に秘めた爆発的な力を解放し、どのような敵も殲滅させることができる。
預言士の祖先たちよ、俺に力を貸せ!
制御し切れない力でこの両腕が動かなくなろうとも、俺はここでヴァールを倒す!
「さぁ、こい! グラートっ」
両腕から荒れ狂う力が放出されている。
力をヴァールアクスに込めて、渾身の一振りでヴァールを吹き飛ばせ!
「ふっとべぇ!」
ヴァールに急接近して、俺はヴァールアクスを斬り払った。
ぶ厚い刃は空を裂き、轟音を発してヴァールに迫る。
ヴァールは両腕を下ろして、防御のかまえすらとっていないっ。
この強大な力をもろに受ければ、身体はばらばらに切断されてしまうはずだ。
ゾルデよ、すまぬ。俺があの世に昇ったら、この非礼をかならず詫びよう――。
心のどこかで、俺は必勝を確信していた。のだが、
「これでも、斬れない……だとっ」
城すら吹き飛ばしてしまうほどの力を宿していたヴァールアクスが、ヴァールの胴を切断する直前で斬ることを放棄してしまった。