第191話 マドヴァの激闘、戦場を妖しく照らす虹色の光
「待たせたな、お前たち!」
亜人の姿をたもつゴールドドラゴンのゾルデが祭壇に上がる。
声を張り上げると、観衆たちが荒れ狂うように叫びだした。
「前々から伝えていた通り、ヴァール様を復活……いや、この地にふたたび降臨していただく方法が発見された。ヴァール様がふたたびアルビオネの王となられれば、人間たちの国など一晩で殲滅できるだろう!」
ゾルデの高らかな宣言に、観衆が悲鳴のような歓声を上げる。
あまりの興奮に倒れてしまう者や、儀式がまだはじまっていないのに感極まってしまう者までいた。
「すげぇな、ほんと。前の王を復活させるっつうだけで、こんなに狂喜できるのかよ……」
大広場の異様な光景にジルダが言葉をなくしていた。
「気にすることはない。これから、俺たちの手でこいつら全員の顔を絶望一色に染め上げてやるんだからな」
シルヴィオは怒る気持ちを抑えて、観衆を見まわしているか。
「お前たち、そろそろ襲撃の準備にとりかかるのだ」
「はいっ」
「ディベラが会場の様子を見て火矢を空へ放つ。それが襲撃の合図だ。そうしたら、お前たちも空へ魔法を放って観衆の目を引くのだ」
「おうっ。まかせとけ!」
ふたりを散開させて、準備万端だ。
会場の上でゾルデが説明を進めている。
「ヴァール様に降臨していただくために必要なのは、預言石と亡者の監獄というふたつのアイテムだっ。それは、もう用意している!」
ゾルデが両手を夜空へかかげる。
右手にもっているのは預言石だ。
そして、左手にもつ虹色の貝殻は……あれは、亡者の監獄というのか!
「こいつらは、どうやら古い時代につくられたアイテムらしい。だが、そんなことはどうでもいい。
この紫色の石はヴァール様のお力を極限まで高めるアイテムだっ。そして! こっちの虹のようなアイテムに、ヴァール様の亡き魂が注入されている!」
ゾルデが手にしている預言石はひとつだが、亡者の監獄という虹色の貝殻は三つもある。
彼の後ろでたたずむ部下たちも、虹色の貝殻をもっているのか。
「俺たちはヴァール様に会いに行くために、南の関所を越えて人間たちの国まで潜入してきた。人間どもは案の定俺たちに刃を向けてきたが、俺たちは屈しなかった。
なぜなら、俺たちのヴァール様への忠義は絶対だからだ! わかるだろう、俺たちの同胞であるお前たちならばっ、俺たちの気持ちが!」
観衆の怒声や歓声が、すさまじいっ。
鼓膜がやぶれてしまいそうなほどの声が、会場に……いや、ヴァールにそそがれていた。
「ディベラよ、まだか……」
ゾルデが夜空をあおいで、また預言石と亡者の監獄をかかげた。
「さぁ、お前たちも願うんだ。お前たちが強く願えば、ヴァール様がこの地に降臨してくださる! ヴァール様、どうかその偉大なるお力で、みにくい人間どもを滅殺してくださいと祈るのだっ」
預言石と亡者の監獄が、淡い光を発している……?
ゾルデと観衆の強い願いに、預言士の遺物が反応しているのか?
頭上にひろがる暗黒の世界に、一筋の光が差した。
それは東から西へと一直線にのび、灼熱の尾を引いて……襲撃の合図の火矢か!
大広間のあちこちから赤い炎が立ち上った。
「なんだ!?」
観衆の狂喜が恐怖へと変貌する。
シルヴィオたちが近くの建物に火をつけたのだろう。
ヴァールアクスをかまえて会場へと上がれ!
「なっ、なんだ、お前は!」
ゾルデが立つ祭壇の前を、背後で待機していた配下の者たちが阻む。
俺は黒いフードをはずした。
「ひさしぶりだな、ゾルデよ。以前に戦ったのは、ヴァレンツァの北門であったか」
「ヴァレンツァ、だと……っ」
「この斧を見ても、わからないか? かつてお前の主を倒した、グラートだ」
ゾルデと配下の者たちの表情が、みるみる怒りの色に染まっていく。
「きさまっ。どうして、ここに……」
「お前たちが不遜にもわが国に侵入し、ヴァールの復活などというバカげた行為を行おうとしていたからだ。その預言石と虹色の貝は破壊させてもらうぞ!」
ヴァールアクスを引っさげて、突進する。
「くだけ散れ!」
力まかせに斧をふり下ろし、祭壇ごとゾルデの配下たちを斬り殺す。
「ふざけるな! この男を早くぶっ殺せっ」
配下の者たちがドラゴンの姿へと戻るが、遅い!
「お前たちを、この祭壇ごと倒させてもらう!」
強大な力を駆使し、悪鬼のごとく斧をふりまわす。
ヴァールを呼び出す祭壇は瓦礫と化し、会場が阿鼻叫喚につつまれる。
「グラートさん!」
ドラゴンたちに囲まれた俺にかけつけてくれたのは、シルヴィオとジルダか!
「何をしているっ。お前たちは早く撤退するのだ!」
「何を言ってるんですかっ。主人を置いて逃げられるわけないでしょう!」
「そうだぜっ。そいつを早く倒して、ぼくらも早く逃げようぜ!」
ふたりとも、恩に着るぞ!
「くそ……っ。ヴァール様、どうして降りてきてくださらないんだ!」
地団駄をふむゾルデの顔は、怒りと絶望でゆがんでいるか。
「こいつらを使えば、ヴァール様を呼べるんじゃなかったのか。あいつの言ってたことは、全部うそだったのか!?」
ヴァールの復活は、これで阻止できたな。
「あきらめろ。古今東西、死者をよみがえらせたためしなし。ヴァールの復活など、最初から叶わない願いだったのだ」
ゾルデが血走った目で俺をにらむ。
「おとなしく降伏するのだ。さすれば、俺たちは必要以上にアルビオネを攻撃しない。互いに手を取り合って、この地を治めていくのだ」
人間と魔族は相容れない。
だが、俺は人間と魔族が共存できる世界をつくりたい。
いがみ合わず、ともに手を取り合って暮らしていく。たったこれだけのことが、どうして何百年も実施できないのか。
この負の関係性を、俺は変えたい――。
「ヴァールさまっ。この地に、どうか降りてください!」
ゾルデは両手にもっている遺物を、自分の胸に……やめろ!
「うわっ、なにやってんだ、あいつ!」
「死ぬ気か!」
ゾルデは自分の胸に手を打ちつけている。
両手は赤く染まり、口からも血を吐き出している。
「やめろ、ゾルデっ。死ぬぞ!」
「ヴァール、さま……これ、でも……降りて、くだ……」
血だらけのゾルデの胸に、預言石と亡者の監獄が食い込んでいる。
夜空に、極光のような帯が出現していた。
なんだ、これは。
幻想的な光景とは裏腹に、凍てつくような感覚が四肢を締めつけるのは、どうしてだっ。
ヴァールアクスが、急に重くなった。
ゾンフ平原で戦っていたときと同じだ。斧にだれかが乗りかかっているような、この感覚は。
ヴァールアクスから虹色の帯が放出されている。
会場に転がった亡者の監獄からも虹色の不気味な光が放出されて、夜空にひろがる極光をつくり出していた。
ヴァールが、復活するのか……?
虹色の光はやがて一点に集約されて、宙に巨大な渦をつくり出す。
そして、祭壇の前に横臥するゾルデに吸い込まれるように、地上へと静かに降りていった。
「何が、はじまるんだよ……」
「わからない……。なんだ、これは」
シルヴィオとジルダ。そして戦っていたアルビオネのドラゴンたちも、はじめて目にする光景にただただ恐怖するばかりであった。
「う……」
やがて、ゾルデがむくりと起き出した。
彼の胸に打ちつけられていたはずの預言石は、こなごなにくだけていた。
「どこだ、ここは。俺は一体、何をしていた」
ゾルデは急に記憶を失ってしまったのか。妙な言葉をぼそぼそとつぶやいていた。
頭が痛むのか、右手でしきりに頭をさすっている。
「お前は、ゾルデなのか?」
重たい沈黙をやぶって、ゾルデに問う。
顔を上げたゾルデは「ぁあ!?」と粗暴な様子で聞き返すだけであった。
「だれに向かって口を利いている。俺様はヴァールだ、この不届き者がっ」