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第190話 ヴァール復活阻止特殊作戦発動!

 運命の一日が訪れた。


 黒の顔料を顔と腕に塗りたくり、同じ色の外套で身をすっぽりと覆う。


 ヴァールアクスを布で隠して紐でむすび、肩にしっかりとかければ準備完了だ。


「グラートさん。遅れていた夢幻の後続部隊も、すべて到着したようです」


 朝からマドヴァのそばにある洞窟へと戻り、出発のときを待つ。


 俺と同様に悪魔の変装をほどこしたシルヴィオが、俺に言った。


「そうか。ならば、後顧の憂いはないか」

「夢幻の優秀なギルメンの中でも、かなり腕利きの者たちが抜擢されてるようです。近くに来ているようなので、会っておきますか?」

「いや、いい。作戦の直前でばたばたさせたくない。作戦が完了すれば、いくらでも顔を合わせることができるだろう」


 これからアルビオネのど真ん中に飛び込むのだ。今は作戦に集中したい。


「グラート。緊張してる?」


 俺の右隣りにいるジルダも、全身を緑色で隠してゴブリンの装いをほどこしている。


「そうだな。こんなに気が張りつめるのは、ヴァールの決戦以来か」

「これからアルビオネのど真ん中に飛び込むんだもんな。グラートだって緊張するよな」

「俺はいつも態度でしめさないだけで、どのような戦いでも、その直前ではつねに緊張しているのだ。緊張しない戦いなど、これまでひとつもなかった」


 プルチアの巨獣ガレオスとの戦いや、ヒルデブランドとの激闘。


 多くの兵を率いる重責も合わせれば、どれほどの激闘を生き残ってきたのか。


「ディベラさんが前に言ってた、諜報員が敵地でいつも胃が痛むっつうのと同じなんかな」

「そうだな。戦場で死と隣り合わせとなる戦士にとって、戦う前に気が張りつめるこの独特な感覚は、どれほどの戦いを経験しても付きまとうものなのであろう」


 この感覚におそわれるからこそ、俺は戦いの場をもとめているのかもしれない。


 仲間たちにうながされて、俺は立ち上がった。


「では、これから作戦開始だ!」



  * * *



 マドヴァ市街と拠点の洞窟の間は、わずかな距離しかない。


 街の様子をわざわざ確認するまでもなく、街がある方角から陽気な音楽が聞こえてきている。


「ここにいる時点で、すげぇにぎやかだな」

「そうだな。よほど大きな祭りなのであろう」

「死んだやつが、ほんとに復活できると思ってるのかねぇ」


 ヴァールの復活を、マドヴァの市民たちもが信じて疑わないということか。


「やつらが浮かれてるのも今のうちだ。俺たちで、やつらの下らない計画をつぶしてやるんだ」


 シルヴィオが吐き捨てるように言うが、


「よいか。無抵抗の市民に手を出してはならんぞ。アルビオネの魔物とはいえ、戦う力をもたない市民も大勢いるであろう。その者たちに手を出せば、俺たちの戦う意義がうしなわれてしまう」

「わかってますよ。そんなむごいことはしません」


 俺がたしなめると、彼が即座にこたえてくれる。


 だが、ジルダがあきれるように、


「グラートってまじめだよなぁ。アルビオネの連中なんて、別にどうでもいいじゃん」


 投げやりな言葉をかけるが、魔物であろうとも弱者をねらってはいけない。


「それはだめだ。刃向かう者は倒すが、アルビオネの中にも子どもや弱者がいるのだ。その者たちを傷つけるのは、極悪非道な行為だ」

「そうかもしれないけどさ」

「魔族だからといって皆殺しにしていたら、いつまで経っても大陸は平和にならない。最終的には人間と魔族が共存できる世界を築くのが最善なのであると、俺は思うぞ」


 暗い森の視界が明るくなる。


 街道はかがり火で照らされて、夜なのに昼のように明るくなっていた。


 近くで歩いているのは、オークか。ゴブリンか。


 人間と明らかに異なる容姿の者たちが闊歩している光景は、やはり異様なものだ。


「ついに、来ちまったな……」

「ここが、アルビオネの中心地なんだな」


 シルヴィオとジルダも、緊張しているか。


「背筋をのばすのだ。おどおどしていると正体を勘繰られるぞ」

「はいっ」

「わかってるって」


 マドヴァはヴァレンツァと同様に多くの市民が暮らす街なのだろう。


 そこかしこにアルビオネの市民たちが存在し、住居もひしめき合っている。


 マドヴァの住居は黒と緑を基調とした、かなり独特なデザインであった。


 黒い屋根は角のようにとがっていて、かなり攻撃的なたたずまいである。


 塀や柱もやはり三角形のとがったデザインが採用されている。


 ヴァレンツァやサルンとあきらかに異なる街の雰囲気に、早くものまれてしまいそうであった。


 いや、それ以上に、


「しっかし、ドンドンうるせぇなぁ」

「ほんとだな。下品な音楽だ」


 ふたりが言う通り、かなりの騒音だ。


 そばで太鼓や笛の音を鳴らしている者たちがいるのか。あまりきれいではない音楽が流れている。


 どこかの楽団がここで演奏しているのか。


 この特徴的な音楽は、アルビオネの伝統的な音楽なのかもしれない。


 そして、その音楽を超える市民たちの騒ぎ声が耳をつんざく。


 ディベラの部下たちから聞いていた以上の騒ぎだ。


 これほどまでに大規模な祭りは、ヴァレンツァでもなかなか開かれないだろう。


「でも、こんだけ騒がしければ、ぼくらのことは絶対ばれねぇな」

「そうだな。作戦を実行しやすい場所にしてくれて、感謝だな!」


 ヴァール復活の儀式が行われるまで、まだ時間があるか。


 儀式の襲撃までどこかで時間をつぶしていなければならないが、どうしたものか。


「いらっしゃい。なんか食うかい?」


 考え事をしていたら、後ろから突然声をかけられた。


 俺に声をかけたのは、屋台を運営するゴブリンの店主か。


「あんたみたいなでかいやつに、そこにずっと立たれたら迷惑なんだがねぇ」

「すまない。ここはなんの店だ?」

「見りゃわかるだろ。串焼きを売る店だよ」


 屋台のカウンターにならべられているのは、トカゲを串で刺した料理だ。


 ジルダがすぐに「うげっ」とうめいた。


 トカゲは小さいものから、皿に収まり切れないほど大きいものまでいる。


 巨大なトカゲの手足やしっぽを切って、串で刺した料理もあるようだった。


「買ってくれるのかい。どうなんだい?」

「そうだな。せっかくだから、いただこ――」


 バッグに手を伸ばして、はっとする。


 アルビオネで使用している貨幣は、おそらくヴァレダ・アレシアと違う。


 俺が迂闊に貨幣を差し出せば、身元が明かされてしまうかもしれない。


「いや、やめておこう。昨日から腹の調子がよくないのでな」

「なんだよっ。だったら早くそこをどけよ! この木偶の坊がっ」


 シルヴィオの右手が動いた。彼をそっと制した。


「グラートさんっ。あんなやつにバカにされて、なんとも思わないんですか!」


 串焼きの屋台からはなれて、宮殿の前の大広場へと移動する。


「なんとも思わなくはないが、屋台の前でぼんやりと立っていた俺に非があった。あのゴブリンの店主は何も悪くない」

「そりゃ、あいつの邪魔をしたのはよくないですけど……言い方っていうのがあるでしょうっ」

「そうかもしれんが、大事の前の小事だ。あのような小言にいちいち腹を立ててはならない」


 マドヴァの住民たちがひしめく大広場の向こうに、ルヴィエド宮殿がたたずんでいる。


 ヴァレンツァの宮殿と同等の荘厳さだ。建築様式はかなり異なるが、大きさはどちらもかなりのものだ。


 そして、大広場のまんなかに大きな会場が築かれている。


 赤いマットが敷かれた会場に祭壇のようなものがあって、たくさんのかがり火が夜風に吹かれていた。


「あそこで、ヴァール復活の儀式が行われるんですね」

「そうだな。そろそろ開始されるだろう」


 ヴァール復活の儀式がはじまったら、俺が会場に乱入してあの祭壇ごと破壊する!


 ヴァールの復活を阻止したら、拠点にすぐ帰ってヴァレンツァまで引き返す。


 何度も確認したこの作戦であれば、完璧にアルビオネの企みを阻止できる。


 大広場はマドヴァの住民と、宮殿を守護する警備兵らしき者たちが大半を占めている。


 だが、俺たちと同様に黒い外套で身を隠す仲間たちが、ちらほら確認できた。


 彼らは目が合うとフードを目深にかぶり、その場をそっと後にしていた。


「グラートっ。なんかはじまったぞ!」


 ジルダが細い指で前を指す。


 ラッパのような音が急に鳴りはじめて、だれもいなかった会場にのぼる者たちの姿があった。


 ゆったりとした服に身をつつんでいるのは、宮殿の官吏たちか。


 おごそかにあらわれる彼らの背後に、若きゴールドドラゴン、ゾルデの姿があった。


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