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第189話 ヴァール復活阻止特殊作戦

 諜報活動というのは、俺が思い描いているものよりずっとシビアな任務なのかもしれない。


 ディベラはもう何年もアルビオネで諜報活動をしているだけあって、行動が機敏でむだがない。


 くわえて危機察知能力もきわめて高い。


 彼のような卓越した技術をもつ者からすれば、俺たちは鈍臭く見えてしまうのだろう。


 夜を徹して歩き続け、ルヴィエド宮殿のそばまで近づくことができた。


 俺たちはディベラの指示に従い、近くの森で彼の部下が帰還するのを待っている。


「この森のむこうに、アルビオネのえらいやつらがいるんだよな」


 崖の底にぽっかりと口を開けていた洞窟に潜みながら、ジルダが声をふるわせる。


「そうですね。ここに潜んでいると彼らに知られたら、わたしたちは即処刑でしょう」

「ううっ。すげぇとこに来ちまったよなぁ」


 アルビオネの中枢に忍び込んでいることが、今でも信じられずにいる。


 ここはサルンの裏山で、歩いてすぐにドラスレ村に帰れるのではと錯覚してしまう。


「不必要に不安がる必要はありません。アルビオネの連中には気づかれていない。まわりを常に気配って、少しの異変も見逃さないようにするのです」


 ディベラもジルダの近くで外をうかがっている。


「こんな生活、よく続けられるよなぁ。ぼくはこの国に来てから、ずっと胃が痛いよ」

「それが普通です。敵地に来たのに胃がキリキリと痛まない人は、諜報員には向かない」

「じゃあ、あんたも胃が痛いの?」

「もちろんですとも。あなたがたよりは慣れていますが、敵地に忍び込んで胃が痛くなかった日など、一日もない」


 諜報員に必要なのは技術よりも、強靭な精神力や危機を察知する力なのかもしれない。


「ディベラ。お前の部下は、いつ頃帰ってくるか」

「もうすぐです。彼らの報告を待ってから、次の行動を決めましょう」


 程なくしてディベラの部下ふたりが帰ってきた。


 ふたりとも怪我はしていなかったが、どこか釈然としない様子だった。


「宮殿の様子はどうでしたか」

「はい。宮殿に大きな異変はなかったのですが、マドヴァの街全体が異様な雰囲気につつまれているのです」


 それは、どういうことだ?


 シルヴィオと思わず顔を見合わせてしまう。


「この間の空中戦がばれて、マドヴァ全体で厳戒態勢が敷かれているというのですか?」

「いえ、そうではありません。言うなれば、その……街全体がにぎやかと言いますか、お祭りムードになっているのです」


 街全体がお祭りムードになっている……だと?


「アルビオネはこれからヴァールを復活させて、ヴァレダ・アレシアを攻めようとしているんですよ」

「ええ。ですから、ヴァールの復活を祝って、街全体で祭りを行おうとしているようなのです」


 ヴァール復活祭ということか!


 ディベラの部下ふたりも神妙に顔を見合わせていた。


「われらが情報をわざわざ盗むまでもなく、マドヴァの国民たちが大声で祭りのことをしゃべっていました。ヴァールが、これから復活すると」


 ヴァールはアルビオネで絶対的な権威をほこる国王であった。


 その影響力は、死してなお腹心たちから復活を熱望されるほど大きいものだ。


 そんな男を復活させようというのだから、大規模な祭りや式典が運営されてもなんらおかしくない。


「よその国に勝手に忍び込んでおいて、ふざけたことを……」


 憤るシルヴィオをディベラが右手で制した。


「いや、むしろ好都合だ。祭りで大々的にヴァールを復活させるというのですから。わざわざ調査する手間が省ける」

「そうだろうけど、こんなふざけた祭りを見過ごせるわけがないだろう」

「そう思う気持ちはわかりますが、今は我慢するのです。ヴァール復活の儀式がはじまったら、あなたがたが乱入して、祭りごとめちゃくちゃにすればいいんです。

 やつらの熱気が最高潮になったときに、あなたがたが祭りをぶち壊してやつらをどん底に突き落とす。こんなにぞくぞくする作戦はないでしょう!」


 ディベラがめずらしく興奮していた。


「ヴァール復活を祝う祭りは、いつに開催するのですか?」

「五日後です。宮殿の前の大広場に会場を建設しているので、そこで例の儀式を行うそうです。夜にかがり火を用意させて、儀式が終わったら盛大に花火も打ち上げるらしいと、街の者たちが話していました」


 この特殊作戦の最大の目標が、これで定まったか。


「五日後であれば、後続の特殊部隊と合流できる。彼らと入念に打ち合わせをして、任務を確実に遂行しましょう」



  * * *



 マドヴァの監視をディベラの部下たちにまかせ、俺たちはマドヴァから一旦はなれて後続部隊との合流を優先した。


 後続部隊はベルトランド殿の部下や、夢幻の聖域から派遣されたギルメンたちで構成されていた。


「われら夢幻の聖域は、宮廷の命に服します。われらギルメン一同、ヴァレダ・アレシアの平和のために戦います」


 オリヴィエラ殿の腹心だという冒険者の女が、怯える様子を見せずに宣言する。


「ありがとう。この特殊任務の成否が今後の戦局を大きく左右させる。危険であるが、どうか俺たちとともに戦ってほしい」

「は! 必ずや、皆様のご期待にこたえますっ」


 夢幻の聖域のギルメンたちは、規律が行き届いているようだ。


 シルヴィオとジルダも、彼らの凛とした姿に目をまるくしていた。


「グラート様。実はまだわれわれの部隊で到着が遅れている者がいまして、到着が任務決行の日ぎりぎりとなってしまいそうです」

「オリヴィエラ殿はかなりの人数を動員してくれているのだな。わかった。この非常時ゆえ、一部の部隊の到着が遅れてしまうのは致し方ない。懲罰などは与えないから、安心してくれ」

「お気遣い、ありがとうございます!」


 これだけの頼もしい増援があれば、アルビオネの企みは完璧に阻止できるだろう!


「グラートさん。作戦決行の当日は、どのように動かれる予定なんですか」


 マドヴァが眼下に眺望できる場所で、当日の流れを整理しよう。


「当日は俺たちがマドヴァに潜入し、ヴァール復活の儀式がはじまるまで市民たちにまぎれるのだ」

「俺たちがマドヴァに潜入したら、アルビオネの魔物たちに正体がばれてしまうんじゃないですか?」

「ディベラの目算では、ばれない想定だ。彼らはヴァールの復活と祭りの開催で浮かれているからな。俺たちが潜入していると夢にも思わないだろう」


 ディベラがとなりでうなずく。


「危険だと各自で判断したら、街からそっとはなれてください。任務遂行よりも、身の安全を確保するのが優先です」

「わかりました」


 俺たちの正体がばれれば、いずれにせよ作戦は失敗となる。


「例の儀式が宮殿前の大広場ではじまったら、皆は魔法などを駆使して場を撹乱させるのだ。アルビオネの者たちが気を取られている隙に、俺が大広場の会場に上がって会場ごと破壊する」

「グラートがっ、一番危険なところに突っ込むのか!?」


 ジルダが心配して声を上げてくれた。


「そうだ。会場に飛び込むのは危険だ。他の者には押し付けられない」

「け、けどよ。そんなことしたら、作戦が成功してもグラートがめっちゃ危険にさらされるじゃねぇか。それでもいいのかよ!」

「もちろん、よくはない。だから、俺が敵に取り囲まれないように、皆がサポートしてくれ」

「お、おう。もちろんだぜ!」


 こんなにも頼もしい面々が控えているのだ。俺が心配することは何もない。


 俺が話すのはここまでだ。次のマドヴァからの脱出方法はディベラにまかせよう。


「作戦が成功したら、マドヴァからすぐに脱出します。イルムをマドヴァの郊外に待機させますから、各々のタイミングで脱出するのです」

「イルムはどこで待機させるんだ? ここなのか?」

「ここでも待機させるが、東西南北、それぞれの地点でイルムを待機させる予定です。当日までにその場所を伝えるから、各自でしっかりと場所をおぼえてください」

「はっ!」

「たとえ作戦に成功しても、脱出に失敗した者には死が待っています。自分の身をしっかりと守るために、脱出までの流れを頭に叩き込むのですっ」


 作戦の準備は、これで整ったか。


 作戦の成否は運次第。


 だが頼もしい者たちが揃っているのだから、必ず成功する! 俺はリーダーとして皆を導くのだ。


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