第182話 ヴァレンツァの緊急軍事会議、ヴァール復活を阻止せよ
日を改めて、ベルトランド殿と宮殿で面会した。
ベルトランド殿は騎士たちを集め、外廷の奥にある大会議室を用意してくれていた。
「グラート。急な任務を嫌な顔せずに引き受けてくれて、たすかった。陛下もおよろこびであったぞ!」
会議室に入り、ベルトランド殿と固い握手を交わす。
騎士たちも盛大な拍手で俺を出迎えてくれた。
「ありがとうございます。しかし、わたしは敵をアルビオネに逃がしております。このように出迎えられる立場ではないのです」
「そう言うな。ゾンフの手強さは皆が知っている。あの地をふむことすら怖れる者が多いというのに、お前は兵を引きつれてアルビオネの者たちを捕らえたのだ。
アルビオネの特殊部隊に逃げられてしまったのは、お前だけの責任ではない。初動が遅れたわたしの責任である。だから、お前が自分を責めることはない」
ベルトランド殿は威風堂々とされた方だ。
部下にばかり責任をなすりつけず、状況を冷静に判断なされている。
「お気遣い、感謝いたします。しかし、アルビオネの特殊部隊に逃げられ、急を要する事態です。早急に対策を講じなければ、ヴァレダ・アレシアに危機が訪れてしまいます」
「そうだな。ヴァールが復活するなどというのは、やつらがわれらを撹乱するために吹いたホラでしかないだろうが、われらの地へ不当に侵入してきたやつらを許していいはずがない。やつらに大きな罰をあたえる必要がある」
部屋の隅で立ちつくしていた召使いから、ベルトランド殿が地図を受けとる。
会議テーブルのまんなかに広げられた地図には、ヴァレンツァとサルン、そしてアルビオネが描かれている。
「敵はアルビオネに逃げてしまった。やつらの作戦を阻止するためには、われらもアルビオネに侵入するしかない」
ベルトランド殿の重たい言葉が会議室にひびく。
「それでは、われらが兵を引き連れて、アルビオネに戦争を仕掛けるということですか」
騎士たちの問いに、ベルトランド殿が顔をしかめる。
「そういうことになるだろう。われらの領土に不法侵入したやつらを許すわけにはいかない」
ベルトランド殿の主張は正当なものだが、アルビオネに戦争を仕掛けるのは危険だ。
「ベルトランド様。アルビオネに戦争を仕掛けるのは時期尚早であります。わたしたちはラヴァルーサの戦いから立ち直ったばかり。
アルビオネの不遜な行いを許すことは断じてできませんが、ここは慎重を期すべきであると、わたしは考えます」
アルビオネの軍は精強だ。
兵力をととのえずに戦争を仕掛ければ、かならず返り討ちにされるだろう。
「グラート。ドラゴンスレイヤーともあろう男が、そのような弱音を吐くとはな」
「アルビオネを侮ってはいけません。彼らはドラゴンを中心とした強国なのです。ドラゴンたちの武力は、われら人間よりはるかに高い。彼らの力が弱るまで、いたずらに攻撃を仕掛けてはいけないのです」
騎士たちから、わずかにどよめきが起こった。
「アルビオネと正面衝突ができないというのであれば、お前はどうやってこの局面を切り抜けるというのだ」
「は。目には目を、歯には歯をでございます。ようするに、こちらも隠密部隊を送り込むのです」
正面から攻められないのであれば、こちらも敵に気づかれないように行動するしかない。
「こちらも少数の精鋭を送り込んで、やつらの作戦を阻止するのか」
「はい。危険ではありますが、わたしたちも攻勢に転じようというのであれば、これしか方法は考えられません」
「むぅ、そうだな。消極的であるが、大規模な軍事行動はひかえるべきか」
他の騎士たちの判断も、おおむね俺の献策から外れないものであった。
ベルトランド殿も本心では大規模な軍事行動など起こしたくないのだろうが、騎士団長として弱気な発言はできなかったのだろう。
ベルトランド殿は表情をわずかにゆるめて、
「では、だれをアルビオネに向かわせるか」
改めて俺に問われた。
「無論、わたしが行きましょう」
「お前にまた行かせるのか」
「アルビオネにもっとも対抗できるのは、わたしです。かならずや成果を上げましょう」
「だがなぁ、お前はゾンフから引き上げてきたばかりだ。少しくらいは休んだ方がよいのではないか?」
ベルトランド殿の言葉に甘えたいが、今は悠長にかまえていられないのだ。
「潜入ですから、派手な戦いには発展しません。早急にやつらの謀略を阻止してまいりましょう」
「むむぅ、そうか。いつも、お前にばかり苦労をかけて、すまない」
「およしください。ベルトランド様はヴァレンツァの守備とわれらの指揮をお願いいたします。われらが手足となりますので」
「わかった。陛下とヴァレンツァの民はわたしが守る。心配いたすな!」
これで後顧の憂いはないか。
「ですが、ベルトランド様。わたしはアルビオネの土を一度もふんだことがありません。アルビオネの地理にくわしい者を道案内にしたいのです」
「わかっている。アルビオネで諜報活動を行っている者たちがいる。彼らに支援させよう」
諜報の専門家に同行してもらえるのならば、とても心強い。
ベルトランド殿がテーブルをかこむ騎士たちを見やって、
「他にも勇士を募った方がよいだろう。だれか、よい者はいないか?」
壮烈な声で問うが、彼らからの返事はない。
「いないのか!? ヴァレダ・アレシア建国史上の危機に瀕するのかもしれないのだぞっ」
騎士は戦いのプロであるが、潜入や諜報には向かないだろう。
こういう活動は、冒険者かその経験をもつ者が適任であろう。
「ベルトランド様。わたしによい考えがこざいます」
「グラート。他によい者を知っているのか?」
「はい。夢幻の聖域という冒険者ギルドがラグサを中心に活動しております。彼らの協力をあおいでみようと思いますが、いかがでしょうか」
「むぅ、そのようなツテが、お前にはあるのか」
ベルトランド殿がうなるように言った。
「お前は冒険者の人脈までもっているのだなぁ」
「元冒険者ですから。夢幻の聖域は、危険なダンジョンを渡り歩く勇者たちの集まりです。かならずや力を貸してくれることでしょう」
「わかった。お前のツテを当てにしているぞ!」
俺の他に何名かの騎士たちを選抜して、ヴァレンツァの緊急会議は終了した。
こうしてはいられない。ヴァレンツァの邸宅へ急ぎ足でもどった。
ビビアナをすぐに呼びつけて、会議の顛末を伝えた。
「わたしたちで、これからアルビオネに潜入するんですかっ」
ビビアナは素直な子だ。任務の危険さを瞬時に理解したようだ。
「ああ。危険だが、やるしかない」
「アルビオネって、凶悪な魔物が支配してる国なんですよね。そんな国に極秘で潜入して、だいじょうぶなんでしょうか……」
「無論、ただでは済まないだろう。俺たちの正体がやつらにばれればの話だがな」
「ですよね……。わたし、他国に潜入なんてしたことないんですけど、わたしなんかがいて足手まといにならないでしょうか」
心配いたすな、とは即答できない。
この子はアゴスティのスカルピオ殿から預かっているのだ。他国に潜入させるのはリスクが大きすぎる。
「他国に潜入するのは、さすがに厳しいか」
「はい……」
潜入を得意とするのは、シルヴィオだ。
ジルダも、少数で魔物と対峙するのは慣れているだろう。
「わかった。今回の任務はさすがに危険だ。無理はしなくていい」
「申し訳ありません」
「気にするな。シルヴィオとジルダはこの任務に向いているであろう。これからサルンにもどり、すぐに準備に取り掛かろう」
「あ、あのっ、グラートさまが他国に行かれてる間、わたしは何をすればよいのですか!?」
この子は責任感が強いのだな。
「きみはアダルとともにサルンを……いや、これからラグサに行ってくれないか?」
「ラグサに、ですか?」
「そうだ。夢幻の聖域に協力をあおぎたいのだ」
ビビアナは以前にオリヴィエラ殿と会っている。会話はしやすいだろう。
「あの、凛々しいギルドマスター様と話をすればいいんですか」
「そうだ。事情を話し、宮廷からの指令だと伝えれば、オリヴィエラ殿を説得しやすいだろう」
「わかりました。なんとかしてオリヴィエラ様を説得します!」
夢幻との連携も、これで問題はないか。
「オリヴィエラ殿を説得したら、きみはサルンのドラスレ村に戻ってアダルと村を警備してくれ」
「ラグサからドラスレ村に戻って、アダルさまと警備すればいいんですね」
「そうだ。しかし、アルビオネが軍を動かせば、カタリアの関所が窮地に陥るだろう。そうなれば、サルンから援軍を出さなければいけなくなる。
俺とシルヴィオが出払えば、兵を指揮する者がいなくなってしまう。だから、きみが兵を指揮するのだ」
「わ、わたしがっ、ですかっ」
ビビアナが緊張のあまりノドをつまらせていた。
「そうだ。アダルは軍事に関わる仕事は不慣れだ。きみにまかせるしかない」
「わ、わたしでっ、だいじょうぶなんでしょうか……」
「心配いたすな! まわりの者たちがカバーしてくれる。俺がいない、わずかな間だけだと思って、気楽に対応するのだ」
彼女は不安を隠さずに、返事しようか迷っているようであった。
だが、やがて目に力をもどして、
「わかりました!」
強い言葉で返事してくれた。
「シルヴィオにも言ったが、主の留守をあずかるのは大事な役目だ。当てにしているぞ!」
「はいっ!」
後方の憂いはこれで断ったか。
急ぎサルンへ帰って、シルヴィオとジルダの協力をあおがなければ。
ビビアナはここでいったん物語から退場します。150話あたりからの長い登板でしたので、次話から登場させるキャラを変更させて新しい展開にします!