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第181話 ヴァール復活の兆し、ドラスレの苦悩

 ゾンフ平原に侵入した魔物の捜索は数日にかけて行われた。


 ここはヴァレンツァよりも広大である上に、ヴァールの呪いの影響がすさまじい。


 ヴァレンツァの兵を動員して大規模な捜索を行っているが、捜索の効率はなかなか上がらない。


 アルビオネから侵入してきた者たちをすべて捕らえるのは、現実的に不可能であった。


「ゾンフの捜索をいつまで続けるべきか」


 うす暗いテントの天井をながめながら自問する。


 先の影の魔物との戦いで俺は負傷してしまった。


 回復魔法とポーションですぐに治療が施されたが、潜在力の解放によって酷使してしまった肉体を完全に回復させることはできなかった。


「ヴァールの呪いによって生まれる魔物は強い。ヴァレンツァの兵がいかに精強であるといっても、活動には限度がある。いたずらに時をすごせば、俺のような戦闘不能者を次々と出してしまう」


 あの影の魔物の被害は日を追うごとに大きくなっている。


 負傷などの物理的な被害よりも、精神的な被害の方が大きいかもしれない。


 影たちの人智を超える攻撃力と、感情の一切も発さずに襲いかかってくる異質さに恐怖してしまう者が増え続けていた。


「ゾンフの捜索はまだ終わっていないが、ここで一度打ち切るべきか」


 サルンやカタリアの警備は強化されている。


 俺がここでアルビオネの者たちをとり逃がしても、サルンやカタリアできっと捕らえてくれるだろう。


「グラートさま。入ります」


 テントの外から俺を呼んだのは、ビビアナか。


 彼女が着込んでいる鎖帷子くさりかたびらがこすれる音か。かちゃかちゃと金属音が聞こえる。


「ごくろうだった。今日の首尾はどうか?」

「アルビオネの魔物を二組ほど捕まえました。ですが、他の部隊で逃げられてしまったという報告も受けています」


 大規模な兵を動員して、捕まえたのはたったの二組か。


「廃墟を中心に捜索を続けさせていますが、あの影の妨害が一向に引かないので、捜索がなかなか進まないのです」


 影の妨害も気にはなるが……。


 アルビオネの者たちは、ほとんどの部隊が撤退してしまったのだろう。


「わかった。今日の捜索はもう打ち切るように、皆に伝えるのだ」

「は、はいっ」


 やはり、これ以上の捜索は無意味か。


「あの、グラートさま。この捜索は明日もまた続けるのでしょうか」


 ビビアナが顔をうつむかせながら、そう尋ねてきた。


「それは、どういう意味だ?」

「あの……やっぱり、みなさんがこの場所を怖がってるので、そろそろ捜索はやめた方がいいんじゃないかなと、思うんです。アルビオネの方々も、もうほとんど見つかっていませんし」


 ビビアナが俺に意見するのは、めずらしい。よい傾向だ。


「す、すみませんっ。わたしみたいな者が、えらそうに言ってしまって」

「かまわない。俺もだれかの意見を聞きたいと思っていたところだ」


 そう告げると、彼女がほっとしたような顔つきになった。


「兵たちは、なんと言っている?」

「はい。その……こんな作業は、はやくやめたいと」

「兵たちはヴァールの呪いを怖がっているのだな」

「はい。そうだと思います」


 実害がある凶悪な呪いだ。宮廷からの命令とはいえ、近づきたくないと思うのが素直な心情だろう。


「わかった。軍をそろそろ引き上げるように検討しよう」

「よっ、よろしいのですか」

「もちろんだ。アルビオネの侵入者たちは、おそらくほとんどが本国へ撤退している。これ以上捜索しても成果は上がらないだろう。

 しかし、ベルトランド様がどう考えているかはわからない。俺もベルトランド様から兵をあずかっている身だ。上官の許可なく兵を引き上げさせることはできない」


 とはいえ、ベルトランド殿の考えも、俺たちと相違ないだろう。


「そうですよね」

「宮廷に使者を毎日送っているから、ベルトランド様もこちらの状況を把握されているはずだ。ゾンフのこれ以上の捜索は意味がないことも、わかっておられることだろう。

 ベルトランド様に使者を送り、撤退が承認されるまで数日を要すると思うが、それまで――」

「ドラスレさまっ、ご注進!」


 テントの外から若い兵の声が聞こえてきた。


 外へ出ると、三名の兵が背筋をのばし、片膝をついて俺が姿を見せるのを待っていた。


「ご苦労。お前たちは宮廷からやってきた者たちか」

「は。ドラスレさま、お役目お疲れ様でございます。騎士団長のベルトランド様から、至急、軍を引きはらうように、とのことであります!」


 先頭の男が緊張した面持ちで受け答えをする。


「わかった。ベルトランド様のご命令にしたがおう。しかし、ひとつだけ教えてほしい。なぜ、早急に軍を引きはらう必要があるのか」

「はっ。その……わたくしめは詳細を存じ上げません。書簡をあずかっておりますので、詳細はこちらにてご確認くださいっ」


 先頭の男がバッグから書簡をおそるおそるとり出し、俺に差し出してくれた。


「了解した。数日後にここを引きはらうゆえ、お前たちもいっしょにヴァレンツァへ戻るのだ。それまで、ここで休んでいくといい」

「はっ。お気遣い、感謝いたします!」


 三名の若い兵たちは、肩に力を入れたまま退出していった。


「グラートさま。わたしたちが考えている通りの指令が、その書簡に書かれているのでしょうか」


 ビビアナは俺の後ろで行儀よく待機していた。


「おそらく、そうであろう。ゾンフで捜索をしている者たちをただちに引き上げさせるのだ」

「はいっ」


 テントにもどり、ベルトランド殿から送られた書簡に目を通す。


 サルンとカタリアの関所で、アルビオネの侵入者たちが相次いで目撃されているようだ。


 彼らは北上を目指していることから、ゾンフ平原から引き上げたアルビオネの特殊部隊である可能性が高い。


 ゾンフ平原のこれ以上の捜索は不要であり、アルビオネに逃がした特殊部隊をただちに捕獲しなければならない。


 善後策を早急に講じる必要があるため、ゾンフ平原に展開している兵を引き上げてヴァレンツァへ帰還せよ、という内容であった。


「やはり、アルビオネの特殊部隊をとり逃がしていたか」


 書簡を丁寧にたたみ、封筒へそっと戻す。


 ――ヴァール様を、俺たちが復活させるのだ!


 ――ヴァール様の魂の欠片を集めれば、ヴァール様を復活させることができるのだ。


 ――ヴァール様が今度こそ、お前たちをすべて滅ぼしてくれるのだっ。ヴァール様、万歳!


「ヴァールは、本当に復活するのか?」


 あの男がよみがえれば、この地はまた炎と毒の海と化すだろう。


 腕や胸に強い痛みが走る。


 この状態で、俺はあの男を倒せるのか?


 うす暗いテントの中で、どんよりと暗い感情に押しつぶされそうになった。



  * * *



 ゾンフ平原から軍を引き上げて、ヴァレンツァへ帰還したのは一週間後のことだった。


 兵をいくつかに分けて、クレモナの関所とヴァレンツァの警備にあたらせた。


 俺は軍権を陛下へお返しすべく、休む間もなく宮殿に登庁した。


「グラート! よく戻ってきてくれたっ」


 陛下は玉座の間で俺を丁寧に出迎えてくださった。


「陛下。わたしのためにお時間をつくってくださり、ありがとうございます」

「今さら、そのような堅苦しい挨拶などいらぬっ。ゾンフの地でけがをしたと聞いたが、身体はだいじょうぶなのか!?」

「はい。斧が言うことを聞かなかったため、ゾンフで暴れていた魔物に後れを取ってしまいました。しかし、充分に休んだため、身体はもう万全であります」


 立ち上がって、陛下の前で右腕を何度か動かす。


 全身の痛みはまだ残っているのだが、陛下に弱みを見せてはならない。


「思ったより元気そうで安心した。お前はやはり不死身だな!」

「はっ。それだけが、わたしの取り柄でありますから」

「やめよ。お前の取り柄を、わたしはたくさん知っている。お前は力が単に強いだけではなく、本当の意味の強さを備えた者だ。

 お前の強さと身体の丈夫さはヴァレンツァ随一であるが、万が一が起きてはならない。無理をせず、他の者にもっと頼るように。自分の身体を大切にするのだ」


 この方は聡明だ。俺の安い演技など、すぐに見抜いてしまわれるか。


「ありがたきお言葉、しかと胸に刻みます」

「うむ。たのんだぞ」


 陛下が実の弟をお見えになるように笑われた。


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