第179話 ふたたびゾンフ平原へ、影の亡霊との死闘
影たちは動く人形のように襲いかかってくる。
「うわぁ!」
「な、なんだこいつらはっ!」
影の魔物を初めてみる者たちが多いか。
「敵の容姿にまどわされるな! あれは魔物だ。アルビオネの魔物たちが攻撃してきたと思え!」
影たちの果敢な攻撃をヴァールアクスで受け止める。
ヴァールアクスは、人の体重に匹敵するほどの重さに達している。
お前も、おのれの復活を所望しているかっ。
「グラートさま、お下がりください!」
ビビアナの強い言葉に従って後退する。
彼女が放った光の矢が影たちを射抜いていった。
「敵の隊列がみだれましたっ。今です!」
「ははっ」
「かかれぇ!」
ビビアナの指揮に兵たちが呼応する。
影たちにうろたえていたのは最初だけだったか。ベルトランド殿がきたえあげた兵は一流だ。
「すまない、ビビアナ。たすかった」
影たちの対処の兵たちにまかせ、俺は後列まで下がった。
「いえ、そんな。いつも、グラートさまにたすけられてますから」
「そんなことはないと思うのだがな。いい指揮だった。だいぶ騎士らしくなってきたぞ!」
「あ、ありがとうございますっ」
これで彼女も自信がもてるようになるか。
「わたしたちの目的は、アルビオネの方々を探し出すことですよね。いそぎましょう!」
頻繁にあらわれる影たちをしりぞけながらゾンフ平原を捜索する。
平原はヴァレンツァより広い。広大でさらに視界が悪い場所で敵を探し出す作業は、とてもむずかしい。
生物らしい本能をもたない影たちの出現が、難解な作業に拍車をかけた。
「いたぞぉ!」
村の廃墟らしき場所に進軍していると、前方から兵の怒声がひびいた。
「ドラスレさまっ。あちらでアルビオネの魔物と思わしき者たちが発見されたようです」
「うむ。至急、作業を止めさせろ。抵抗する者たちの命をうばうことも許可すると伝えろ!」
「はっ」
「やつらは虹色の貝殻のような道具を所持している。それもかならず押収するのだっ」
ヴァレンツァの地下牢で尋問した通りの状況だ。
アルビオネの者たちはどの程度ゾンフ平原に侵入しているのか。
ビビアナは俺の傍らにいて、あたりを常に警戒している。
「アルビオネの方々は捕まりそうですね」
「うむ。だが、どの程度の部隊をアルビオネが派遣しているのか、情報がつかめていない。捜索をすぐに止めるわけにはいかない」
「そっ、そうなんですね」
「捕虜を尋問した様子では、かなりの部隊をゾンフに派遣していたように思えた。数日にかけて捜索を続けた方がよいだろう」
発見されたアルビオネの者たちは、ろくに戦いもせずに逃げていった。
彼らも影たちに襲われて、俺たちと戦う余裕がないようだった。
俺とビビアナが現場に駆けつけた頃には、アルビオネの魔物たちの数匹が地面に横臥していた。
インプやオークたちは手足をもぎとられ、はらわたまで飛び出してしまっている者もいた。
「ひどい……」
「きっと、ヴァールの魔力にあやつられた影たちの仕業だ。感情をもたない彼らは、敵がどのような姿になっても殺戮をくり返せるのだろうな」
「そんな……っ。ヴァールって、この方たちの王様だった方ですよね。それなのに、こんなひどいことができるんですか!?」
ビビアナが怒りをあらわにする気持ちはよくわかる。
強権をふりかざすヴァールの影響を受けているとはいえ、自国の民に対する仕打ちとは思えない。
「ヴァールは、絶対的な力でアルビオネに君臨していた。剛情な彼は、自分に従わない者を平気で処罰していたというが――」
背後で兵たちの悲鳴が聞こえた。
「グラートさま!」
「影たちがまたあらわれたのだろうっ。加勢しに行くのだ!」
「はいっ」
ビビアナが数名の兵をつれて、俺の下からはなれていく。
ここでは俺よりも彼女の方が戦力になるだろう――。
死に絶えている魔物たちから、黒い影が太い棒のように伸びはじめた。
「まさか――」
影はオークやフェンリルのような姿を形成させていく。
彼らは俺の姿をとらえ、無言で腰を落とした。
「ヴァールよ。お前は、自国の民でさえも利用するつもりか!」
魔物の影たちが音も立てずに襲いかかってきた。
ヴァールアクスでとっさに防御するが……すさまじい力だ!
「ドラスレさま!」
「ドラスレさまを守れっ!」
この影は、死者の魂がヴァールの魔力によって強化された存在なのだ。
利用するのは人間の魂だけとは限らない。油断していたっ。
「ふっとべ!」
ヴァールアクスを両手で斬り払うが、やはり影たちを斬れない。
ヴァールの呪いによって斧の攻撃力が徹底的に封じられているかっ。
兵たちも応戦してくれているが、影たちの苛烈な攻撃に対処しきれていない。
ある者は獣の影の突撃に吹き飛ばされ、別の者は獣人の影に殴打され、隊列を切りくずされてしまった。
「させるか!」
破壊力が落ちていても、ヴァールアクスで応戦できるっ。
預言士の力よ。今こそお前たちの偉大さを見せよ!
「お前たちの好きにはさせんっ」
筋肉を限界まで使い、ヴァールアクスで影たちを斬り払う。
鋼鉄の塊と化したヴァールアクスで吹き飛ばし、地面に倒れた影たちを重量にものを言わせて圧殺する。
影たちの身体はやわらかい。ヴァールアクスで押しつぶす戦法に切り替えれば、充分に対処できるぞ!
「けがをした者は下がれ! 後列の者たちが前列と交代するのだっ」
ここの戦いは兵と装備をはげしく消耗する。長居は禁物だっ。
「グラートさまっ。だいじょうぶですか!」
ビビアナの放った矢が獣の影の頭を射抜く。
彼女が後列から兵を引きつれてくれたか。
「なんとか持ちこたえている。たすかったぞ!」
「この影は、魔物の魂が実体化したのですかっ」
「おそらくそうだ。この地で猛威をふるうのは人間たちの魂だけではないのだっ」
ビビアナたちの奮闘にたすけられ、魔物の影を半分以下にまで減らすことができた。
しかし、影たちの猛攻がここで不自然に止まった。
「ここで一気に倒しますよ!」
「待て、ビビアナ。やつらの様子がおかしい」
影たちは出現すると、攻撃することだけを指示された兵のように、自分たちが倒されるまで攻撃を絶えず続けていた。
それなのに、ここで残された影たちはなぜか足を止めていた。
「この者たちは、どうしたというのだ?」
影たちの身体が横に移動する。
ひとつの地点に集約し、粘土のように融合しはじめている……のか?
「もしかして、ひとつの巨大な影になろうと――」
「撃て、ビビアナ!」
「は、はいっ!」
ビビアナが狙いをさだめて、高速の矢を放った。
風の力を吸収した矢が巨大な影の中心部を射抜く。
影は伸びきったゴムがはじけるように、胸の部分に大きな穴を開けた。
「やりましたか!?」
「いや、待てっ。やつらの動きが止まっていない!」
胸に開いた穴がすぐ元へもどってしまう。
ビビアナに続いて兵たちが矢を放ったが、巨大な影の動きを止めることができない。
巨大な影が右と左から腕のようなものを生やした。
腕は暗闇の空へと伸びて、やがて四本の細い柱を地面に落としていく。
細い柱の間が皮膜のようにふさがって、ドラゴンの翼を形成する――。
「くるぞ!」
二枚の翼から突然、槍のような黒い柱が飛び出してきた。
柱は俺たちに襲いかかり、凶悪な力で刺し貫こうとする。
「うわぁ!」
「きゃあっ」
影の強力な攻撃が兵たちを傷つける。
地面へと落ちた柱が轟音を発して、土と石片を舞い上がらせる。
「お前たちは力を結集させることもできるのか!」
砦のように大きくなった影が二枚の翼を大きく広げる。
前に突き出した翼から数本の槍が飛び出して、防御する俺を一瞬で吹き飛ばした。