第178話 虹色の水晶の正体
「復活? ばかな。死者をよみがえらせるとでもいうのか?」
「そうだ」
ベルトランド殿が即座に問うても魔物たちは怯まなかった。
「そんなことができるわけなかろう! われわれ人間、そしてお前たち魔物も先人の英知を借りて魔法を使っているが、死者を復活させた者はひとりもいないのだ。
偉大な先人でも成しえなかったというのに、お前たちはどうやってヴァールを復活させるというのか。そのような妄言で俺たちを謀れると思ったら大間違いだぞ!」
死者を復活させるなど、俺も今まで見たことがない。
回復魔法に特化したアダルジーザでさえ、死者を復活させる魔法は使えないのだ。
だが……この魔物たちの確信に満ちた表情は、なんだ。
死者を復活させる方法を知らない俺たちが、認識や常識を誤っているとでもいうのか?
「俺たちの言うことが嘘だというのなら、勝手にそう思えばいい。気づいた頃には、ここはヴァール様によって滅ぼされてるんだからな!」
「ヴァール様は最強だっ。今度こそ、この腐った場所をすべて滅ぼしてくれる! お前らもまとめてぶっ殺してくれるのだっ。ヴァール様、万歳!」
この者たちの狂気は、常軌を逸している。
ヴァールの復活なんて、実現できるわけがない。
ベルトランド殿が、また困惑された表情を向けていた。
「ベルトランド様。お下がりください。次はわたしが彼らを尋問しましょう」
俺が前に立つと、魔物たちの表情がより険しくなった。
「きさまは……っ」
「俺のことはわざわざ紹介する必要もあるまい。手短に聞く。どうやってヴァールを復活させるというのか」
ゴブリンもインプもぎりぎりと歯を鳴らしている。
「ベルトランド様が言われた通り、古今東西、死者を復活させる魔法は存在しない。そのような常識を知らぬお前たちではあるまい」
ゴブリンたちの強い視線をまっすぐに受け止める。
この者たちはヴァールの忠臣だったのだろう。俺に対する怒りは人一倍強いか。
だが、情報を引き出すためには、この者たちの口を割らせなければならない。
この者たちが口を開くまで待ってみるか。
「そう思ってるのは、お前らだけだっ」
左のインプがうらめしそうに口を開いた。
「無念のうちに亡くなられたヴァール様の魂の欠片を集めれば、ヴァール様を復活させることができるのだ」
死者の魂の欠片を集めて、死者を復活させられるというのか?
「それではお前たちは、ヴァールの魂の欠片を集めるためにゾンフに行っていたのか」
「そうだ。あの場所は危険だが、あそこに行かなければヴァール様に会えないのだ」
支離滅裂な言葉に聞こえるが、それなりの理屈は通っている。
しかし、死者の魂の欠片をひとつの場所に集める方法なんてあるのか?
「魂は本来、われわれ生者には見えないもの。戦場へと散った魂を集めたり、操作することもできないはずだ。それなのに、お前たちはどうやって魂の欠片を集めるのだ」
ゴブリンとインプの口が、そこで止まった。
「こたえろ!」
看守が鞭をたたくが、口を割らないか。
「魂の欠片を、集める道具があるのだ。それを前に、人間からもらった」
「魂の欠片を集める道具だと?」
「虹のようにひかる水晶みたいな道具だ。それは、はるかむかしにつくられたものだと、アルビオネに来た人間が言った」
虹のようにひかる水晶……!
あの貝殻みたいな水晶は、魂の欠片を集める道具だったというのか!?
「グラート、どうしたっ」
ベルトランド殿が俺の異変を察知されたようだった。
「ベルトランド様。この者たちが主張している道具を、わたしは知っています」
「なんだと!?」
バッグに入れていた七色の水晶をとり出した。
ベルトランド殿がその鮮やかな光に愕然とした。
「これが、その道具だというのか」
「はい。これはゾンフ平原で拾ったものです。これと同じものをプルチアの超文明の遺跡でも拾ったのです。わたしがプルチアで拾ったものは、すべて侍従長のシモン殿にわたしましたが、ゾンフでもこれを発見したので不審に思ったのです」
「では、この貝のような水晶が、ヴァールの復活で使われる道具だというのか?」
――プルチアの遺跡にあったものであれば、この水晶は預言士が遺した価値のあるものじゃ。
預言士は預言石だけでなく、このように危険なものまでつくり上げていたのかっ。
「ヴァール様が無念の死を遂げたあの平原で、ヴァール様が遺された偉大なる魂とお力を集めて、本国でヴァール様復活の儀式を行うのだ。
ゴールドドラゴンのゾルデが、その生贄になる。ヴァール様が復活されるまでの束の間の平和を楽しむがいい!」
ゴブリンが目を血走らせて言い放った。
預言士の遺物を使ってヴァールを復活させる。
虚言だとうそぶいていた気持ちが、どこかへ消えていた。
「いや、待て。お前たちの計画はすでに破綻しているぞっ」
ベルトランド殿が七色の水晶を俺に手渡した。
「ヴァールの復活で使われるこの遺物は、すでに俺たちの手にあるのだ。お前たちは捕まり、この遺物を取り返すことはおろか、この地下牢から抜け出すことすらできないのだっ。
それなのに、どうやってヴァールを復活させるというのだ! この遺物を取り返す第三者が颯爽とあらわれるとでも言うのかっ」
ベルトランド殿が魔物たちの主張の矛盾を突いたが、彼らは顔色ひとつ変えなかった。
くくくとせせら笑って、
「お前ら人間は、本当にバカだな。あの場所でヴァール様の魂を収集していたのが、俺たちだけだと思ったのか?」
ベルトランド殿を小ばかにするように……なんだと!?
「偉大なるヴァール様を復活させるのだ。その妙な道具ひとつだけで足りるものか」
「よその部隊が今ごろヴァール様の魂を集めて、本国へ持ち帰っているさ。くく、俺たちに気をとられたお前らの負けだ!」
この者たちの言葉が真実であれば、一刻の猶予もない。
ただちにゾンフ平原へ戻り、アルビオネの侵入者たちを捕まえなければ。
「グラート!」
「はっ」
「ヴァレンツァの兵を募って特殊部隊を編成するのだっ。守備兵から募るのだ。人選と指揮はすべてお前に任せる!」
「承知!」
俺としたことが、大きな油断を招いてしまった。
「わたしは至急サルンとカタリアに使者を送り、アルビオネの侵入者たちをかならず捕まえさせる。お前はゾンフへ急げ!」
「おまかせくだされ!」
部屋の扉を押し開ける俺の背後で、魔物たちが薄汚い声を上げていた。
* * *
すぐに宮殿へ戻り、ゾンフ平原へ派遣する兵を募った。
アルビオネのヴァレンツァ侵攻にそなえ、兵はベルトランド殿が集めてくれている。
その中から百名程度にしぼってゾンフ平原へ再度侵入することとなった。
規模は大きくないが百名単位の出動になるため、隊をいくつか分ける必要がありそうだ。
「グラートさまっ。ゾンフ平原で一大事が起きたというのは本当なんですか!?」
ビビアナは招集するとすぐに顔を見せてくれた。
「本当だ。侵入したアルビオネの者たちをただちに捕えなければ、危殆を招いてしまうかもしれない」
「そんな……」
隊を吟味する時間はないか。
「し、しかし、ゾンフ平原にいた敵は、わたしたちがすべて倒したんじゃなかったのですか。敵は他にもいたのですか」
「後者だ。俺たちは、敵が複数の隊を編成していることを見落としていたのだ」
われながら、なんという失態をおかしてしまったのか。
敵が複数の部隊を編成することなど、常識的に想像できたはずなのだ。
「だから、またあの場所へ行かなければならないんですね」
「ビビアナ、すまないが手を貸してくれ。アルビオネの者たちを一匹たりとも逃すわけにはいかぬのだ」
「もちろんです! ヴァレダ・アレシアのために、わたしもがんばりますっ」
この子は不満の声をあげずに協力してくれる。たのもしいかぎりだ!
陽が落ちる前にヴァレンツァを発ち、広大なゾンフ平原の北と東に部隊を送り込む。
俺はビビアナたちと西からゾンフ平原へと侵入した。
「また、あの黒い方たちが出てくるんですよね……」
光の魔法に照らされたビビアナが身体をふるわせる。
ゾンフ平原はヴァールの呪いのせいか、昼間でも雨雲に視界が遮られてしまう。
この現象に対抗するため、光の魔法を使える魔道師たちに協力をあおぐことにしたのだ。
「あの者たちは、おそらくここで亡くなった村人たちだ。彼らに人間や魔物の区別はない。招かれざる侵入者を攻撃するだけだ」
「そ、そうですよね。グラートさまの斧は、今日も調子がよくないのですか?」
ヴァールアクスはこの地を支配するヴァールの気配に影響されてしまうようだ。
「そうだな。今日も鉄の大きな塊をもっているように重い」
「そ、そんな……きゃっ!」
慎重に進軍する俺たちの前で、黒い影がにゅっと樹木のように伸びはじめた。
ヴァールに殺されてしまった者たちよ。おとなしくこの道を開けるのだ!