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第177話 アルビオネの侵入者たちの目的

 この水晶は、プルチアの遺跡で発見したものだ。


 それが、どうしてこんな場所に落ちている……?


「グラートさま。敵はすべて追いはらいました!」


 ビビアナの元気な声が暗い場所でひびいた。


「あ、ああ。ご苦労」


 ビビアナと兵たちは、俺が指示した通りにアルビオネの者たちを捕縛してくれたようだ。


 ゴブリンやインプたち、小柄な者を数名捕まえられれば充分だ。


「グラートさま。どうかされたんですか?」

「ここに妙なものが落ちていたのでな」


 拾い上げた水晶をビビアナに見せる。


 彼女もすぐに「あっ!」と声を上げた。


「これはっ、プルチアで見つけた貝殻ですっ」

「そうだ。それが、ここに落ちていたのだ」

「ここに落ちてた……?」


 ビビアナが小首をかしげる。


「グラートさまがお持ちになられてたんですか?」

「いや。俺が所持していた分は、すべてシモン殿にわたしているぞ。きみが所持していたものではないのか?」

「わたしは、この貝殻をひとつも持ち帰っていません」


 ビビアナが顔を上げて即答する。


 俺と彼女の所有物ではないということか。


 それなのに、どうしてプルチアから持ち帰ったものがこんな場所に落ちているのだ?


「グラートさま。ひとまず、ここからはなれませんか。皆様、けがをされていますし」

「うむ、そうだな。助言、感謝する」


 捕虜と兵たちを引きつれてゾンフ平原を後にする。


 影たちは逃げる俺たちを追ってくるが、適当に追いはらっただけでふり切ることができた。


 ゾンフ平原からはなれて、空を覆っていた黒い雲がはれていく。


 遠くでたたずむヴァレンツァの空には、白い雲がいくつか浮いているだけだった。


「皆、無事か」

「はっ」

「一名として脱落者はおりません!」


 なんと……! あの危機を皆で乗り切ったというのか。


「見事だ。ゾンフの悪魔たちを退けたお前たちには、多大な恩賞があたえられることだろう」


 ヴァレンツァの北門は静けさをたもっている。


 数名の警備兵が常駐しているが、敵に攻撃された様子はうかがえない。


「アルビオネは、やはりここへ攻めてきていないのか。どうなっているのだ?」

「変ですよねぇ」


 アルビオネはヴァレンツァを攻める気がないのか。


「捕虜の方がいますし、聞いてみましょう」

「いや。それは捕虜を地下牢に入れてからにしよう」


 捕虜の対処を兵たちにまかせて、俺はビビアナと宮殿に登庁する。


 ベルトランド殿はすぐに面会に応じてくれた。


「グラート! ご苦労であった。首尾はどうであったか?」

「は。アルビオネの者たち数名がゾンフ平原にとどまっていましたので、撃退してまいりました。二名ほど、捕虜として連れてきております」

「そうか。さすがはグラートだ。死傷者は出ていないか?」

「皆、敵の強い攻撃を受けましたが、大事にはいたっておりません。数日休ませれば、回復するでしょう」


 ベルトランド殿は腕組みして、俺の言葉に耳をかたむけておられた。


「あいわかった。お前たちも疲れているだろう。宮殿の宿舎で休養をとるのだ」


 今の状況では、サルンにはとても帰れない。


 ビビアナに席をはずすように指示して、近くの空いている会議室の扉を開けた。


「ベルトランド様。ヴァレンツァの異変は、わたしたちがここを発ってからもなかったのですか」

「ない。幸か不幸か、ここはあれからも静かなままだ」


 ベルトランド殿が椅子に座り、頭をかかえた。


「やつらの狙いがさっぱりわからん! やつらは、我が国に侵入して何がしたいのだ!?」

「こちらに対する内部工作が目的でないとすると、いよいよもって難解ですな。わたしも長いことアルビオネの者たちと戦っていますが、このように難解な事態に遭遇するのは初めてです」

「そうだろう。われわれ人間より知能で劣る魔物たちは、通例に従えば本能の赴くままに直接的な攻撃しかしてこないのだ。内部工作などというまわりくどい作戦は、本来ならば腕力で劣るわれわれ人間が考える作戦だ」


 ベルトランド殿の考えはとても一般的なものだ。


 魔物は人間より力が強いのだから、まわりくどい作戦を立てる必要はないのだ。


「グラート。お前がサルンとヴァレンツァを守っているから、アルビオネの者たちが手出しできないというのは納得できる。だが、それを考慮しても内部工作の痕跡すら見つからないのは不自然だ。

 アルビオネ侵入の報告を受けてからヴァレンツァの警備を厚くしているが、やつらは姿すらあらわさない。それなのに、あんな危険な戦場にわざわざ出向いて、やつらは本当にヴァールの霊を鎮めに来ただけなのか?」


 俺も、ベルトランド殿が考える通りの筋書きしか思いつかない。


「ゾンフで暴れていた魔物たちを捕まえています。彼らから情報を引き出しましょう」

「そうだな。それしかあるまい」


 ベルトランド殿が顔を上げて、うらめしそうに言った。



  * * *



 日を改めて、俺はベルトランド殿とともにヴァレンツァの地下牢へと向かった。


 地下牢はヴァレンツァの北東部に建設されている。


 地上のうるわしい街並みが夢や幻想だと錯覚してしまうような、血と埃のにおいが充満した劣悪な場所だ。


 ヴァレンツァの大小さまざまな罪を犯した者がここに収監される。


 だが、環境のあまりの悪さに耐えきれずに死んでしまう者が後を絶たないという。


「ここに来るのは、いつ以来か」


 地下へと続く石の階段をふみしめる。


 燭台を手にしていても一寸先は暗くて見えない。


「そうか。グラートは前にサルヴァオーネの謀略にかかっていたのだったな」

「はい。彼の盗んだ国の宝が俺の家に運ばれて、無実の罪を着せられました」

「お前をよく知っている者であれば、お前が宝など盗まないことはすぐに看破できるであろう。今にして考えると、おかしな謀略だ」


 ベルトランド殿の失笑する声が暗闇にひびいた。


 案内に従って、地下牢の奥へと進んでいく。


 アルビオネの者たちは端の牢へつないでいたようだ。


 空気のうすい牢屋の隅で、ゴブリンが壁にもたれるように座っていた。


 息をしていないように見えるが、死んではいないだろう。


 ベルトランド殿の指示に従い、看守が牢を開ける。


 がちゃんという金属音がひびいて、ゴブリンが目を覚ました。


「起きろ。これより、お前たちから聞き込みを開始する」


 ゴブリンはすっくと立ち上がって、意外と素直に手枷をはめさせている。


 となりの牢に収監されているインプも、やはり抵抗しなかった。


 アルビオネの者たちは、なぜこのように大人しくなってしまったのか。


 ベルトランド殿が困惑した様子で俺に目を向けていた。


 罪人を尋問する部屋は奥に用意されている。


 その部屋の壁に罪人は縛り付けられて拷問されるのだ。


「まず先に言っておく。われわれの問いに素直に応じなければ、ひどい目に遭うと思え」


 看守たちに拘束される魔物たちに、ベルトランド殿が冷たく言い放つ。


 魔物たちは壁の手錠に結び付けられても悲鳴ひとつ上げなかった。


「お前たちは、なぜヴァレンツァへ侵入してきたのだ。ゾンフで死んだヴァールの霊をしずめることが目的だったのか?」


 魔物たちは、こたえない。


 しかし、するどい眼光を俺たちに発していた。


「こたえないか。それとも、お前たちがアルビオネの工作員で、ヴァレンツァに内部工作を仕掛けてきたのか?」


 このどちらかしか答えがないように思えるが……なぜだ。


 どちらも違うと、内にいる俺が意思を発している。


「こたえろ!」


 ベルトランド殿の後ろにいる看守が鞭で地面をたたいた。


 魔物たちが身震いした。そして、


「お前たちは……おわりだ」


 右のゴブリンが、つぶやくように言った。


「おわりだと」

「お前たちは全員、ヴァール様に殺される。強気でいられるのも、今のうちだ」


 俺たちがヴァールに殺されるだとっ。


「やっと口を開いたかと思えば……お前の主であったヴァールは、ここにいるグラートが処断したのだ。その亡骸までしっかりと葬られたことは、お前たちも知っているだろう?」


 ゴブリンはするどい眼光をベルトランド殿に向けたままだ。


 左のインプもつり上げた目で俺たちをにらみつけていた。


「ヴァール様は、復活なされるのだっ。いや、俺たちがあのお方を復活させるのだ!」


 ゴブリンが目を大きく見開いて、腹の底から声を出した。


 ヴァールを、復活させるだと……?


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