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第175話 ヴァールとかつて戦った呪いの地へ

 アルビオネの者たちは、俺がサルンを発つ前から不穏な動きを見せていた。


 謎のルートをたどってカタリアとサルンの関所を越え、ヴァレンツァの近くまで侵入していた。


 しかし、侵入していたのは少数であり、彼らが得意とする大規模な進軍ではなかったから、大きな戦いに発展しないだろうと、俺は高を括っていた。


「グラートさまっ。敵はここまで攻めてくるのでしょうか」


 馬を走らせながらビビアナが叫ぶ。


「わからない。だが、大軍が一挙に押し寄せることはないだろう」

「そっ、そうなんですかっ」

「ヴァレダ・アレシアとアルビオネの境にカタリアの関所がある。あの関所のそばには建てられたばかりの要塞があるのだ。

 アルビオネの大軍がいかに精強といえども、音も立てずにカタリアを抜けられるはずがない!」


 以前からのアルビオネ侵入の報せにより、カタリアやサルンの警備は強化されている。アルビオネの者たちがすぐに通過することはできない。


「それなら、安心ですねっ」

「だが、アルビオネの者たちがどの程度侵入してきたのか、それが気がかりだ。やつらは得意とする大規模進軍を取りやめて、隠密行動に切り替えてきたのか。そうなると事情は変わってくるかもしれない」


 巨体のドラゴンたちが隠密行動に適合しているとは思えないが、そういう行動に長けた者たちを新たに雇ったのかもしれない。


 俺の心が警鐘を何度も鳴らしている。サルンへ早くもどるのだ!



  * * *



 宮殿にもどるとベルトランド殿が出迎えてくれた。


「来たか、グラート」

「ベルトランド様。アルビオネの者たちが、この近くにまで侵入していたというのは本当ですか」

「うむ。やつらはアルビオネの国章を身につけていたようだ。なんらかの方法でカタリアとサルンを越え、ヴァレンツァの近くまで侵入してきたのは明らかだ」


 やはりアルビオネの隠密部隊か。


「だが、やつらの動きが妙だ。やつらはヴァレンツァ郊外の戦場跡になぜか留まったままで、ここまで攻めてこないのだ」


 なんだと!?


 アルビオネの者たちが危険を冒してヴァレダ・アレシアに侵入してきたのに、ヴァレンツァを攻撃してこないとは。


「それは、どういうことでございましょう」

「わからぬ。それゆえに、わたしも対処に苦慮しているところだ。念のためにヴァレンツァの四つの門を固く閉ざしているが、やつらは一兵たりとも攻撃してこないのだ」


 どうなっているのだ?


 アルビオネの者たちは隠密行動に切り替えて、ヴァレンツァを秘密裏に攻撃しようという算段ではないのか?


「その者たちは後の大規模進軍にそなえて、ヴァレンツァ近隣の門や関所を破壊することを目的にしているのかもしれません」

「むむ。わたしもお前の考えと同じなのだが、やはりヴァレンツァに侵入された形跡がないのだ。やつらが目的としているのは、クレモナの破壊なのか?」


 ヴァレンツァとサルンの間にクレモナの関所がある。


 この門を死守することが俺たちの使命であり、アルビオネにとっても目指すべき拠点であるのだが……。


「クレモナも、攻撃されていないのですか」

「そうだな。サルンとカタリアからも、これといった報せは受けていない」


 今回のアルビオネの動きは不気味だ。


 彼らはヴァレンツァに侵入して、何がしたいのか。


「彼らが留まっているという戦場跡というのは、どこですか」

「わからぬか? お前がかつてヴァールと戦ったゾンフ平原だ」


 ゾンフ、か。


 聞くことはもうないと思っていた名前だ。


「あの、グラートさま。ゾンフ平原というのは、この近くにあるのですか?」


 ビビアナはヴァレンツァ近隣の地理にくわしくないか。


「そうだ。ゾンフはここから北東にある。パダナ平原のように広い場所だ」

「そんな場所があったんですね」

「ああ。ゾンフはかつて、俺がヴァールと死闘をくりひろげた場所だ。ヴァールの攻撃であの近隣にあった村はすべて滅ぼされ、ヴァールが去った今も彼の強い影響によって人が一切住めない場所になってしまったのだ」


 ゾンフ平原はヴァレンツァに近く、麦などの作物も育つ温暖な場所だったという。


「ヴァールって、グラートさまが倒された方ですよね。その方はもう亡くなってるのに、どんな影響があるのですか?」

「まず、彼の撒いた毒が土地を汚染してしまったこと。次に、彼の強烈な魔力の残滓ざんしが悪霊となって、おとずれた人間たちを攻撃しているというのだ」

「強烈な、魔力の残滓……?」

「くわしいことは俺も知らないが、強大な魔力をもつ者は死してなお、魔力を場に保ち続けるのだという。四方に散った魔力が霊魂とむすびつき、レイスなどの悪霊たちを生み出すのだ」


 ヴァールは死んでも、ヴァレダ・アレシアの人間たちを苦しめ続けている。


「だから、むかしの戦場とかって、レイスとか悪霊が出るんですね……」

「そういうことになるな。戦場で散ったものたちも魔力をまき散らすようだから、怨念となった霊魂とむすびつきやすいようだ」

「そんな怖い場所に、アルビオネの方々は行かれてるんですね……」


 ますます彼らの行動は難解だ。


「危険を冒してわれらの国に侵入し、自分たちの主が呪いをまき散らした場所に留まるなど、自殺行為と同然だ。やつらは気でも触れたのか?」


 聡明なベルトランド殿がこれほどまでに頭を悩ますのは、初めてお目にかかる。


「いや、やつらにしかわからない何かが、あの呪われた地にはあるのだ」

「そうですね。もしかしたら、亡きヴァールを慰霊するためだけに国境を侵したのかもしれません」

「そんなばかな。死した主の霊をしずめるためだけに、こんな危険を冒すなど無謀にもほどがある!」


 ゾンフに出向かねば、この騒動のこたえは出ないか。


「ひとまず、わたしがゾンフへ向かいましょう。ベルトランド様は引き続き、ヴァレンツァの防衛をお願いいたします」

「ヴァレンツァの防衛はもちろん担当するが……いいのか? お前でも、あの呪われた地をふむのは危険なのだぞ」


 俺があの地へ行けば、ヴァールの魂は俺を攻撃してくるだろう。


「アルビオネの者たちを野放しにするわけにはいきません。ヴァールとアルビオネとの戦いは、わたしが決着をつけるべきなのです」

「そうか……。だが、無理はするな。今さら言う必要はないが、お前はわれらに絶対的な勝利をもたらす存在なのだ。

 陛下のために、そしてこの国のすべての民のために、必ず帰ってくるのだ!」


 ベルトランド殿の強い言葉に、まわりの兵や官吏たちもうなずいていた。


「もちろんであります。信じてお待ちください!」


 どのような場所でも俺は負けん。ヴァールの魂もろとも敵を駆逐するのみ!


「ビビアナ。きみはどうする。ここで待つか?」

「そう、ですね……」


 ゾンフに行くのは危険だ。同行を強要させることはできない。


 しかし、彼女は両手をしっかりとにぎりしめて、


「わたしも、グラートさまと同行します!」


 力強く言ってくれた。だが、


「危険だぞ。生きて帰れないかもしれないのだぞ」

「危険なところなら、今まで何度も行ってきました。ラヴァルーサの戦いだって、プルチアの調査だって危険だったじゃないですか。

 わたしだって、グラートさまの下でたくさん修練にはげんできたんですっ。グラートさまみたいに、皆様のたよりにされるような騎士になりたいんです!」


 ビビアナ。きみのこころざしの強さを俺は見くびっていたぞ!


「わかった。なら同行をゆるそう。絶対に命を落とすな!」

「はい!」



  * * *



 ビビアナと数名の精鋭を選抜し、俺たちはヴァレンツァを発った。


 ゾンフ平原はヴァレンツァの北東部にひろがっている。


 牧草が一帯を占める緩やかな土地だったのだが、今は生き物の姿がない。


「ここがゾンフ平原なんですね。なんだか、思っていたより怖くないかも」


 俺の後ろを歩くビビアナは、あたりを注意深く観察しているようだ。


「危険地帯はこの先だ。ここはまだヴァールの呪いが及んでいないのだ」

「そうなのですね」

「だが、よく見ればわかるが、ここには生物が一匹もいない。ヴァールの力がはたらいている証拠なのだ」


 晴れていたはずなのに、空が急にくもりはじめた。


 冷たい風が肩と頬をなでる。


「きゃっ!」

「もうヴァールの亡霊があらわれたのかっ」


 黒い雨が空から降りそそぐ。


 雨は黒い霧を発生させて、視界をさえぎってくる。


 地面から黒い影のようなものが不自然に立ちのぼっていた。


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