第173話 預言石を渡しに、シモン殿の下へ
治療のためエルコに十日ほど滞在して、ヴァレンツァに帰還した。
宮殿のベルトランド殿にすみやかに報告して、シモン殿の屋敷へと向かった。
「よく来たドラスレくん! きみが戻ってくるのを心待ちにしておったぞっ」
屋敷を訪問することを事前につたえていたせいか、シモン殿はみずから門を開けて出迎えてくれた。
「おひさしぶりです。プルチアの調査が難航したため、予定よりもかなり時間がかかってしまいました」
「うむ、うむ。預言士の調査はきみが思っているほど簡単ではない。時間がかかるのは仕方なかろう。そんなことより、きみがわしの下をたずねてくるということは、よい報告があると思ってよいのじゃな!?」
「はい、もちろんであります」
言下にこたえると、シモン殿が子どものように飛びはねた。
「茶と菓子はもう用意しとる。さ、早く!」
ここに初めて訪問したときと、待遇がまったく違うな。
素直すぎるシモン殿の反応に、ビビアナも苦笑していた。
一階の客室に案内されて、プルチアの調査結果を簡潔につたえた。
エルコの近くに超文明時代の遺跡があったこと、遺跡の地下で預言石を見つけたこと。
遺跡をまもるガーディアンたちの存在や、地下から地上へもどる装置のことまで、シモン殿は絵本の話を聞く幼児のように耳をかたむけていた。
「前からわかっていたことじゃが、超文明の遺跡はやはりわれわれの想像をはるかに超えておるな……」
話を一通り終えると、シモン殿が感慨深く言った。
「そうですね。わたしも騎士になる前は冒険者として数々の遺跡やダンジョンに行きましたが、あのような遺跡に行ったことはありませんでした」
「そうじゃろう、そうじゃろう。預言士が遺した場所は、高度な技術で部外者を寄せつけないようなつくりになっているのだろう。だから調べたくても調査が進まんのだ」
遺跡をまもるガーディアンたちが、その代表か。
「ガーディアンたちは魔物を凌駕するほどの強敵でした。あのような者たちに守られていたら、並の戦士や冒険者では太刀打ちできないでしょう」
「そうじゃろうな。だからわしも、超文明の遺跡に行きたくても行けんのだ。きみのような戦士があやうく命を落とす場所に、わしなどが足をふみ入れられるわけがない」
「ヴァレンツァの精鋭を引きつれても、あの遺跡を完全に攻略することは難しいでしょう。ガーディアンたちの強さもそうですが、せまい地下に多くの者たちを送り込むことが何よりも困難なのです」
「むむ。きみのその言葉は大いにうなずけるな。地下を調べねばならんというのは、わしの考慮からも漏れておった。遺跡の調査を陛下にあらためて奏上するのは、もう少し待った方がよいか……」
遺跡の調査に多くの者を動員するのは危険だろう。
「ガーディアンと、きみが使ったという地上へもどる装置の調査は後まわしじゃな。どちらも大いに気になるが、実物を見ないことには調査などできん」
「はい。ガーディアンは鎧のような身体で構成された存在でした。意思をもっていないようでしたが、どのような原理で動いていたのか気になるところです」
「そうじゃな。そのガーディアンたちを王国でつくり出すことができれば、戦争の在り方も大きく変わることになるじゃろう。
アルビオネとの国境に屈強なガーディアンたちを配置できれば、多くの者たちを危険にさらさなくて済むのじゃ」
兵の代わりにガーディアンたちを動員するのは、とてもいい考えだ。
「調査できんことをここで話しても仕方あるまい。きみが発見したという預言石を早く見せてくれたまえ」
バッグに入れていたいくつかの預言石をテーブルに置いた。
紫色のあやしい光を見て、シモン殿の顔が恍惚と赤くなった。
「これは、まさしく……」
「はい。遺跡の地下にいくつか落ちていました。たくさん持って帰ることはできませんでしたが、あそこにはまだたくさん落ちていることでしょう」
「そうじゃな。ガーディアンさえいなければ、持ち帰り放題だったのに、まったく恨めしいやつらじゃ」
シモン殿が預言石におそるおそる手をのばす。
しわくしゃな人差し指で表面を何度かたたいて、預言石をむんずとつかんだ。
「けっこう、重いんじゃな」
「そうですね。普通の石と同じ程度の重さではないかと」
「むむ、そうじゃな……」
シモン殿が預言石を顔に近づける。
預言石の表面をなめまわすように見やって、テーブルにそっと戻した。
「何かわかりますか?」
「うーむ、さっぱりじゃな。表面を見るだけでは、何もわからん」
シモン殿でも預言石を即座に解明することはできないか。
「傍から見た感じでは、装飾品に使われる結晶と大差はない。だが、力のようなものを感じるのはたしかだ」
「そうですね。並の石や水晶などではないというのは、わたしも感じます」
「もったいないが、中を開けてみないことには調査が進みそうにないな。この預言石を、王国にあずけてくれんか?」
「かまいません。わたしが持っていても無用の長物になるだけです。すべてシモン殿におわたししましょう」
言下にこたえると、シモン殿がなぜか目をまるくした。
「いや、だめ元で言ってみたんじゃが……きみはなぜ、そんなあっさりしてるんじゃ」
「なぜと言われましても。わたし自身にとって、預言石はさほど価値がないからでしょう」
よかれと思ってシモン殿に預言石を差し出そうというのに、シモン殿がなぜか顔を険しくしていた。
「危険を冒して発見してきたというのに、きみには欲というものはないのか? 元冒険者とは思えない発言だな」
「欲にとぼしいとは、いろんな方から言われます。しかし、わたしは預言石がなくとも自分の潜在力を引き出すことができます。
わたしが預言石を独占するより、シモン殿や宮廷の有識者に預言石を解析していただいた方がヴァレダ・アレシアの発展につながるのです。それなのに、どうしてわたしが預言石を独占しなければいけないのでしょうか」
俺自身にとって、預言石は必要のないものだ。
シモン殿や宮廷の知識人に預言石をわたすのが最適解だ。この考えは、まちがっていないと思う。
「きみは預言士を先祖にもつのだろう。それなのに、先祖が遺したものを平気で手ばなすという思想はけしからんな」
シモン殿は、なかなかするどいことを言う。
「その通りかもしれません。失礼しました」
「きみがこれらをあっさり手ばなしてくれるのは、わしらにとって都合がよいのだがな。きみはもう少し欲をもった方がよいと思うぞ」
「わかりました。反省します」
この忠告を、前にもだれかから言われたような気がするな。
「よし、ではこうしよう。ひとつはきみが持っているのだ。残りは王国で管理する。これならお互い文句はあるまい」
「はい。その対処で問題ありません」
「きみがすべてわしらにくれると言っても、本当にすべてをもらうのは気が引けるからな。きみの先祖にも顔が立たん。それでは、わしの矜持が納得せん」
シモン殿は超文明や考古学に目がない人だと思っていたが、かなり分別がある方のようだ。
「ビビアナは、預言石を持って帰るか?」
ビビアナは話がふられると思っていなかったのか、ぽかんと口を開けていた。
やがて、かぶりをふって、
「いっ、いりません! その石は、怖いですからっ」
テオフィロ殿と同じようなことを言った。
「怖くはなかろう。使い方をあやまらなければ、きみに大きな力をあたえてくれるんだぞ」
「だって、その石で前に幽霊とかゾンビが出てきたじゃないですか。あんなのが起きたら怖いですっ」
ヒルデブランドがラヴァルーサでレイスたちを呼び出したことをおぼえていたのか。
「あのような使い方もできるが、あれは限定的だ。預言石は本来、レイスやゾンビたちを呼び出すものではない」
「そうかもしれないですけど……わたしは、いいですっ」
預言石は意外と現代人に不人気なのか。
「ドラスレくんがせっかく便宜を図ってくれたのだから、もらっておけばよかろう。つまらんことを気にする娘じゃな」
シモン殿が呆れながら言った。