第172話 プルチアの調査の成果は
俺が意識をうしなっている間に、はずれてしまった肩を治療してくれたようだった。
血まみれだった服も着替えられ、満身創痍ではあるが身体の状態はかなりよくなっている。
「脱臼してた肩はつなげたが、完全に回復するまで何日かかかるからな。それまで、ここでじっとしてろ」
陽が落ちて、テオフィロ殿が夕食を手配してくれていた。
俺の看護を担当してくれているビビアナとともに、夕食をいただく。
「了解した。恩に着る」
「お前の戦いはいつもそうだが、今回の戦いもすごかったんだなぁ。いったいどんな戦いをすれば、肩があんなにきれいにはずれるんだかな」
左肩は包帯がしっかりと巻かれている。
痛みはもう感じないが、左腕が思うように動かせなくなってしまった。
「強敵と対峙しているのだから、けがをするのは避けられないのだ。負傷するのは戦士の宿命だ」
「そうかもしれんけどなぁ。お前はむかしっから、無茶しすぎだったからな」
「そうですっ。グラートさまは、もっとご自分を大切にしてください」
静かに食事をとっていたビビアナにまた窘められてしまった。
「わかった。留意しよう」
「グラートさまは大切な方なんですから。サルンの方々もかなしんじゃいますよぅ」
俺のことを皆が大切に思ってくれる。俺は幸せものだな。
「ふ。グラートはいい助手をもったな!」
「助手じゃないですっ。アゴスティのスカルピオ様に仕える騎士です!」
向きになるビビアナの態度がおかしかった。
「お嬢ちゃんって、騎士なのか? そんなふうには見えないが……」
「うう……っ。がんばってるのに、ひどいですっ」
「騎士っていうと、ついグラートみたいな巨人を想像しちまうもんでな。ゆるしてくれ」
俺は巨人と呼ばれるほど大きくはないっ。
ビビアナやテオフィロ殿とゆっくり歓談できる場所にいられて、よかった。
今回こそ死を覚悟しなければいけない状況にまで追い込まれていた。
「それにしても、お前は地下に閉じ込められてたのに、どうやって帰還できたんだ?」
「そうですよ。あの階段はなくなっちゃいましたし、ロープとかもなかったんですよ」
ビビアナとテオフィロ殿が不思議そうに言う。
「俺もよくわからないのだが、遺跡の地上に瞬間移動できる装置を発見したのだ」
「遺跡の地上に、瞬間移動できる……?」
「預言士がつくった装置のようだったが、手を触れたら地上に戻れたのだ。あのような装置は生まれて初めて見たな」
とても不思議な装置だった。
手を触れただけで、指定された場所に移動できてしまうなんて、現代の魔法でも考えられない技術だ。
「よくわからんが、古代の魔法か何かなのか?」
「わからない。だが、そうかもしれない」
「ほぇぇ。そんなすげぇ装置が、こんな近くにあったんだなぁ」
あの装置を解明できれば、ヴァレダ・アレシアの移動手段に大きな変革がもたらされるだろう。
――預言士が築いた文明を調べることで、この国はさらに大きく発展することができる。
――超文明を調べ上げることが、われわれ現代人に課せられた使命だといえる。
シモン殿の強い言葉が鮮明によみがえってくるのを感じる。
「グラートさまは、その装置を地下で発見されて、地上まで帰還できたのですか?」
「そうだな。あれを発見できなければ俺はたすからなかったのだろうが、地上へ続く別の出口があるだろうというのは、なんとなく予測できていた」
「ひとりで取り残されちゃったのに、そんなふうに考えられるのがすごいですっ」
すごくはないが、精神力は並の者より高いのかもしれない。
「それでなんとか地上にもどってきて、それからはエルコの周辺をさまよってたっつうことか」
「そうだな。地上に戻れたのはよかったのだが、エルコへの帰路がわからなかったのだ。地図も目印もなかったからな」
「まぁ、そうだろうな。嬢ちゃんから、お前と地下ではぐれたって言われて、めちゃくちゃ驚いたぜ。わりとすぐに見つかったから、よかったけどなぁ」
エルコの者たちにすぐ発見されたのは、実に幸運だった。
「で、危険な調査の成果はあったのか?」
「ああ。あそこで預言石を見つけた」
ビビアナに指示して、机に置いてあった俺のバッグから預言石を出してもらった。
彼女が預言石をおそるおそる出して、テオフィロ殿にわたす。
「これが、お前たちが探してた石なのか?」
テオフィロ殿もおびえながら預言石を受けとる。
紫色の禍々しい光が暗い部屋を妖しく照らす。
「そうだ。預言士たちが現代に残した、人や物の力を引き出す遺物だ」
「俺たちの体内には、おそろしい力が秘められてるっつう話だったな。そんな力があるなんて、とても信じられないが」
「空想だと思うかもしれんが、ヴァレダ・アレシアの東で起きた戦いで、その預言石が利用されたのだ。
人や物に大きな力が潜在していて、その預言石で顕在化するのは事実だ。そして、顕在化した力がヴァレダ・アレシアを混乱させることもまた事実なのだ」
ビビアナが力強くうなずく。
「わたしの故郷のアゴスティも、先の戦いで大きな被害を受けました。あんな戦いは、もう起こしてほしくないです」
「そうだな。無用な戦いを避けるためにも、俺たちは預言石と預言士がかつて築いた文明を調べる必要がある。ヴァレダ・アレシアと多くの市民たちを守るために、この調査は必要なのだ」
預言石を別のだれかが見つければ、新たな混乱をもたらすことになるかもしれない。
超文明の遺跡がどんなに危険であっても、調べるべきであるのだろう。
「この紫色の石が、俺たちに大きな災いをもたらすっつうことなんだな。こんなもんに、俺は関わりたくないぜ」
テオフィロ殿が預言石をビビアナに返した。
「それをヴァレンツァに持ち帰って詳しく調べるのか?」
「そうだな。体調が回復したら、ヴァレンツァにもどるつもりだ」
「そうか。また寂しくなるなぁ」
俺もここでのんびり暮らしたいが、アルビオネや諸外国の情勢が気がかりだ。
「次はアダルやジルダを連れてくる。楽しみに待っていてくれ」
「ジルダは別にどうでもいいが、アダルさんには会いたいなぁ。きれいになってるんだろ?」
「さぁな。俺にはわからないな」
ヴァレンツァにもどったら、アダルジーザに送るプレゼントを買おう。
「グラートさま。もうひとつ、あの遺跡で見つけたものがありましたよね」
テオフィロ殿との会話が途切れた頃に、ビビアナがうかがうように言った。
「そうだな。虹色にひかる水晶みたいな飾りのことだな」
「あれって飾りだったんですか?」
「いや、俺の想像だ。預言士たちが身につけていたんじゃないかと思ってな」
ビビアナが俺のバッグから虹色の水晶をとり出してくれた。
虹色の水晶は預言石と違い、うつくしい色を部屋に放っている。
「きれいですよね、これ……」
「そうだな。飾りのようにしか見えんが、それも大切な手がかりになるかもしれない」
「きれいですけど、飾りにしては大きいですよね」
虹色の水晶は預言石と同じくらいで、ビビアナの右手におさまる程度の大きさだ。
首から下げるペンダントにしては大きすぎるか。
「なんだぁ。そんなもんまで持って帰ってきたのか?」
テオフィロ殿がビビアナの後ろから虹色の水晶を覗き込んだ。
「なんか、貝殻みたいだな」
「貝殻?」
「あるだろ。こういうの。その辺の海にいっぱい転がってるぜ」
その水晶は、海から引き上げたただの貝殻なのか?
「かっ、貝殻……」
「なんだ、違うのか? かなり似てると思うんだがな」
テオフィロ殿の言う通りなのか?
プルチアのあの遺跡には地下水が入り込んでいた。
あの水が海とつながっていたのなら、海でつくられた貝が遺跡に侵入することは考えられる。
ビビアナは俺と同様に言葉をうしなっているようだ。
「グラートさま。これって、ただの貝だったんですか」
「わからないが、その可能性はあるかもしれない」
「そっ、そうなんですか」
これも預言石と同様に預言士たちが遺した貴重な資料だと思ったんだがな。
「なんだ、お前ら、ショックを受けてるのか? 遺跡の調査で失敗はつきものだ。気にすんなって!」
テオフィロ殿がビビアナの肩をたたいて、豪快に笑った。